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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
117/234

十六

†††

 夏樹は突き破った壁を抜けて逃げた。後を追い、外に向けて跳躍する。斜め下にはグラウンドが広がっていた。こうして空から見下ろすと、四つの校舎に囲われていると言うのが、よく分かる。グラウンドの中央に夏樹がいた。その周りにいるのは黒い甲冑に身を包んだ鬼のようだ。物の怪とは違う。人によって使役されている式神だろう。恐らくは元ある霊獣を核にしたのではなく、術者の霊気を込めた人造式と思われる。

 碧が地に降りると同時に襲い掛かって来たのは、夏樹でも式神達でもない。異変は足元からだった。泥にでもはまったかのように、足元が沈み始め、碧は慌てて後ろへと下がった。地面がうねる。ぐるぐると蟻地獄が、それも地中で竜巻でも発生したのかと思う程の規模で巨大化していく。禍々しい負の気だ。穢れた土の気。


 碧は式神の蛟を召喚。数は五。だがそのいずれも動かさない。


「急々如律令――霜を()みて堅氷至る。霜を履みて生まれし、堅氷は陰のはじめにて、たちまち、地を凍てつかせん!」


 たんと足を踏みしめる。途端、彼女の足元から前方に向かい、氷が張られていく。それはやがて、蟻地獄をも呑み込み、碧の宣言通り、凍りつき動かなくなった。


「うわ、すごーい」


 術の射程外から、夏樹がぱちぱちと手を叩いていた。まだ余裕はあるらしい。彼女が土の気を使った呪術で攻撃してきたのは、五行の上で有利と判断しての事だろう。

 碧が得意とし、馴染んでいるのは水気の呪術。土の気は水を堰き止める事が出来るので、有利とされる。


「でも、変だなぁ。土なら水に勝てるって教えて貰ったのに」

「教えて貰った? 誰にです?」


 碧が驚いて聞き返すものの、夏樹はそれには答えない。聞こえていないかのようだ。或いは、聞かせるだけの価値はないと判断しての事か。それは、大分舐められたものだ。何しろ、“呪術”はまだ掛け終っていないのだから。


「――その道、侮れば、たちまち、汝まで至るなり」


 パキっと、氷が再び侵攻を開始する。扇状に、グラウンド全体へ、そして夏樹達のいるところへと。氷の波となって押し寄せる。

 式神の鬼が、夏樹の前へと出た。手に持ったのは杖のように見える。それを地面に突き立てる。たちまち、杖が根を張り、広がっていく。地面を這い突き進む。氷の波に向かって。

 そして、二つの霊力がぶつかり合った。木気が氷を突き破り水気を吸い上げ、氷の呪術が根っこを凍てつかせ、バラバラに砕く。拮抗しているかに見えたが、更に碧は宙に九字を切り、その手を地面へと押し当てる。

 堅氷けんぴょうが盛り上がり、氷壁となって、二体の式神に押し寄せる。異変に気が付いた二体は、杖を手放したが遅い。氷壁と激突し、夏樹がいる位置よりも遥か後方へと吹き飛ばされる。

 夏樹は哀れな式神には一瞥も与えなかった。瞬きすらしないその瞳でじっと碧を見続ける。足元を氷漬けにしたのだが、なおも反応を示さない。


「なんで、龍を使わないの?」


 すっと指を差し、夏樹は訊ねた。五匹の蛟は碧の後ろで漂っている。だが、未だその力は使われないままだ。碧は蛟の首をそっと撫でる。不敵に、うっすらと笑みを浮かべて答えた。


「使うまでもないもの」


 対して夏樹はふーんと、小馬鹿にしたように答える。さて、どうしたものかと碧は考える。夏樹の靴は凍り付いた地面とくっついてしまい、動かない。今の彼女なら裸足で戦いを続行しかねないが、脱ごうとするならばそれまで。少々強引だが、足ごと凍結させてしまおうと碧は決意する。


――一体、誰から呪術を、その知識を受け継いだのか


 今の夏樹が素の夏樹であるとは、碧は考えない。いわば、自分が行使する霊力そのものに精神が呑み込まれてしまっている状態と言っていい。だが、たとえ精神が不安定になっているといっても、あくまでも術を制御しているのは本人。ここが厄介でややこしい所でもある。何はともあれ、捕えようと一歩を踏み出し、


「碧さんは、どう思っているの? 自分の“役割”について」


 ふと出た夏樹の言葉に、止まる。夏樹の口元からは笑みが消えていた。俯く彼女の顔を髪が簾のように覆い隠してしまう。


「私、知ってるんですよ? 吉備家は陰陽道を初めて日本に伝えた人の家なんだってこと。そして、あなた達はその分家の末裔だってことも」


「よく、調べたわね……それとも誰かさんに聞きでもしたの?」


 碧は挑発するように問う。内心では、かなり衝撃を受けているもののなんとか顔には出さずに済んでいる。

 夏樹が言った事は全て本当だ。碧達吉備家は、吉備真備――日本に初めて陰陽道を持ち込み、自身も相当な呪術の使い手だったとされる――の末裔。ただし、碧達の家は本家ではなく分家の筋であり、先祖は日本各地を転々と旅し、今の栃煌市に落ち着いたとされる。尤も、本家の方は安倍晴明、その子孫である土御門の家や賀茂家の台頭によって、次第に陰陽師の業界からは消えて行ってしまった為、今では分家である碧達の方が本家のような扱いを受ける事が多い。

 そして、勿論多くの陰陽師と同様、吉備家にも“役割”がある。仕来りに定められた“役割”が。


「その“役割”手放してしまえば、あなたも舞香ちゃんもずっと楽なのにね」


 あぁ、そうかと碧はいっそ笑い出してしまいたい衝動に駆られた。友人を利用し、敵として突きつけて、それでどんな大層な物を要求するかと思えば、やはり“それ”か。


「私達が何を守っているのか。あなたは知っているわけね。で、あなたの後ろには誰がついているのかしら?」


 どうせ、陳腐で下衆な力のみを求めるそういう連中だろう。碧は氷の上に足を降ろし、すっと、軽やかに滑る。夏樹に向かって。彼女の身体は震えていた。


「何のために? 何のために、そんなものを守って……、自分の全てを捧げて……」


 碧の足が再び止まる。震える少女の姿が、舞香と重なって見える。最後に喧嘩別れした妹と。あの時、舞香は真っ向から碧を彼女の行動を非難した。

 碧が舞香を叩いたのは、姉としての責任から? いや、違う。そんな大層なものではない。あの時の自分は、ただ黙らせようとしただけだ。舞香が必死に友達を助けようとしているそれを、見て見ぬ振りをした。その事実から目を背ける為に。


――最低だ


 自分の醜さに、碧は反吐が出そうになり、そして、またそこからも逃げ出したくなる。

――だけど、逃げたりしない


 向き合う。仕来り、役割を守る為ではなく、舞香や舞香の想いと向き合う。その為に、彼女と再び会わなければならない。逃げる事を終わらせる。


「舞香の所に案内してもらうわよ」

「ダメ!! また、また、そうやって舞香ちゃんを苦しめるんでしょ!?」


 夏樹の叫びは、悲痛に満ちていた。知ってしまったが故の、友達を想うが故の拒否なのだと、碧は分かっていた。彼女の禍々しい霊気、その根源を為す部分でもある。だが、それはどれ程強く想えども、強く思うがゆえに、歪む。


「確かに、私達はこれから何度も苦しむんでしょうね」


 それは、確かに事実だ。紛れもなく。


「だけどね」


 だが、しかしだ。


「それが私達の目指した道なのよ」


 仕来りは確かに定められたものだ。役割は上から与えられたものだ。だけど、この意志は紛れもなく自分で選んだものなのだ。そして、その意志の根にあるのは、傍にいてくれる人達の存在。


「夏樹さん。あなたは、どうしてそんなに舞香や佐保さんを“役割”から解放したいの?」


 夏樹の意志はその根にあるのは、自分と全く同じ物なのか。或いは、何かが違うのか。碧の真摯な問いに対して、夏樹は小刻みに体を震わせていた。


「私は……私は、嫌いなの“生まれた時から決まっているもの”というのが」


 顔を上げた彼女の頬に呪詛の文字が浮かぶ。


――憎い


 夏樹の手には一冊のノートがあった。ページから溢れるように、インクが漏れ出、氷へと染み込んでいく。文字が浮かび上がるのを見て、碧は戦慄した。

 突如、氷が割れた。いや、これは氷の下、地面そのものが引き裂かれたかのような衝撃。己の立つその場所の崩壊。霊力、五行、その法則が根底から崩れさる。

 あるのは絶え間なく溢れる怨嗟、それを捻じ込んで膨らました積怨が、決壊し、黒い激流となって流れ込む。碧が張った氷の結界を内側から吹き散らし、そして術者である碧、式神の蛟達をも、避ける隙すら与えずに呑み込んだ。


 そして、世界は何事も無かったかのように元に戻――


「成程……だから、あなたは決まったものを“崩そう”とするのね」


 黒い川の中から碧の声が響いた。正確には、碧も蛟も呑み込まれてはいない。夏樹はその様子を見ても驚かなかった。その表情は、今か今かとヒーローの真の力の開花を待ち望んだ幼児のよう。だが、勿論、単に“真の力”を見たいというわけではないだろう。彼女が望んでいるのは、その高みから引きずりおろすこと。全力で戦う碧を完膚なきまでに叩き潰し、足元に跪かせる事。


「それが、五龍珠。神泉苑の霊気を使い、五龍の力を封じ込めた珠」


 呪いの奔流は、碧の手の先で押し止められていた。その手、指の合間には珠が黒・白・赤・青・黄の五つ。それらを通した紙縒りが掌から腕にまで巻き付けられている。


「本当、よく知ってるわね。もしかしたら、私よりも詳しいんじゃないの?」


 そんな軽口を叩いて見せると、夏樹は謙遜した様子も無く得意げに笑う。


「調べたもの。貴女の事も。舞香ちゃんの事も」


 調べた。一体、どんな手品トリックを使ったのだろう。この“五龍珠”は門外不出の霊具。陰陽寮の陰陽師の中でさえ、これを碧が所持していると知っている者は僅かだ。碧が使用する霊術の中でも奥の手の一つだが、“単に強力な霊術”とも違う。ここまで、夏樹が知っているかどうかは分からない。或いは、彼女の後ろにいる存在が知っているのかどうかは。


「ねぇ」


 夏樹がうずうずとした表情で、碧が五龍珠で張った結界を揺さぶる。黒い怨嗟が波のように緩急をつけて押し寄せる。その度に碧の手が震え、ゆっくりと後ろに押し下げられる。


「まさか、それが全力なわけじゃないでしょう?」


 夏樹が何かを宙へと放った。咄嗟に碧はそれを目で追う。それは珠のように見えた。五龍珠と同じ位の大きさだ。空に弧を描き、重力に逆らって落ち始めたその瞬間。


 爆発した。


 黒い怨嗟を内側から更に加速させるように爆風が広がり、結界を叩き揺さぶった。碧は歯ぎしりしながら踏ん張るが、足が地面へと沈み込んだまま、後ろへと徐々に下がっていく。にやっと夏樹が笑い、新たに三つの珠をノートの真っ黒に満ちたインクの中から取り出し、見せつける。


「碧よ、これ以上出し惜しんでも仕方あるまい」


 蛟――黒――が落ち着き払った声で主へと進言した。碧の式神ではあるが、同時に彼は歴戦の猛者でもある。単なる人間の戦士よりも、遥かに豊富な戦いの経験から導き出された答えだ。

 奥の手を使わないまま勝てるかどうかは、はっきり言えば分からない。そもそも夏樹の力は未知数。“世の理を突き崩したい”という負の感情が根底にあることは分かるのだが、単なる物の怪とも気配が違う。迂闊に踏み込めばこちらの身が危うい。

 元々碧は、時間を出来るだけ稼ぎ、岡見で密かに動いている筈の月や、神楽達、或いは鬼一や祖父が援護に来るのを待つつもりだったのだが、今の所誰かが駆けつける気配はない。碧は一瞬考え、それから即座に決断した。


「分かったわ」


 すっと腕を降ろす。途端、黒い負の気の激流が流れ込んでくる。碧はさっと後ろ宙返りを取り、大きく間を取る。数秒、迫る危機を先延ばしにしたに過ぎないが、その僅かにして貴重な時間を無駄にはしない。

 五頭の蛟が主の前へと出ると同時に、咆哮を解き放ち、負の気を払う。吹き荒れる風と珠より放出される五色の霊気に髪を靡かせ、輝かせ、碧は手刀で印を結ぶ。


「急々如律令――柱固真、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得ん力、謹んで五龍神へと願い奉る。蛟、千の時を超えてたちまち龍と成りませ、五の身体、五の霊気、宿し、魂は一つ」


 五龍珠より放たれた霊気が五頭の蛟に流れ込んだその時、蛟達の躯から光が溢れた。黒に、白に、赤に、青に、黄に。


――そが名は五頭龍ごずりゅう


 長く雄々しい角と、豊かな鬣、知性を宿した瞳、そして見る者を圧倒する、美しくも猛々しい存在感を放つ躯。蛟より変じて龍となった五頭は、五行それぞれの霊力を表わす色に染まっていた。


 五頭は陣を組んだ。先頭に立つのは、水の気――黒に染まった龍。その頭に碧は降り立った。


「これで、満足かしら? まぁ、満足じゃなかったとしても勘弁してね。これでも命懸けなの」


 碧は、夏樹を見下しつつ訊ねた。膨大な霊気は五龍珠から供給されるが、行使するのは碧自身でもある。「命懸け」という言葉は決して誇張されたものではない。強大な霊力は操る者の器が試される。器が小さければ当然ながら制御を失い、術者自身が自分の行使する力によって呑み込まれる事となる。


「わは、すごいね」


 相変わらず、夏樹は無邪気そのもの。だが、その瞳は虚ろだった。碧には分からない。何が、彼女をそこまで追い込むのか。これ程の負の気、とても人間一人が放てるとも思えない。少なくとも制御仕切れてはいない筈だ。彼女の情緒が不安定になっている事がその証拠だ。力に呑み込まれ、力に翻弄されている。少なくとも碧の目からはそう見えた。

 だが、だからこそ早々に決着をつける必要がある。

「五行相生、青より赤へ、赤より黄へ、黄より白へ、白より黒へ!」


 青龍の持つ木の霊気が淡い光となって身体から放出され、赤龍へと流れ込む。

 赤龍の身体の中で火の気が轟々と煌めいた。

 赤龍の持つ火の霊気が淡い光となって身体から放出され、黄龍へと流れ込む。

 黄龍の身体の中で土の気が煌々と輝いた。

 黄龍の持つ土の霊気が淡い光となって身体から放出され、白龍へと流れ込む。

 白龍の身体の中で金の気が光輝を発する。

 白龍の持つ水の霊気が淡い光となって身体から放出され、黒龍へと流れ込む。


 そして、黒龍の身体の中で水の気が、臨界寸前まで高められる。


「五頭龍之咆哮――黒ノ水砲、放て」


 黒龍の咆哮、それは荒れ狂う大河の流れそのものの具現だ。それは押し寄せる負の気の波とぶつかり、圧して散らした。

 大地が吹き飛び、夏樹の周りを囲んでいた邪気が水柱によって打ち砕かれ、弾ける。

 まさしく、圧倒的。それは決して驕りではなく、目の前の状況を見た上での最も適した言葉として碧の頭に浮かんだ。


「舞香はどこ?」


 五頭龍の変化を解かないまま、碧は訊ねた。式神の力の解放に、強大な術の行使で、碧自身の顔には疲労困憊が見えたが、その意志の強さは微塵も揺らいでいない。夏樹が少しでも妙な真似をするのであれば、容赦はしない。術を使うまでも無く五頭龍達を突っ込ませる。


「佐保ちゃん……」


 唐突に口にしたその言葉に、碧は夏樹がとうとう完全に狂ってしまったのかと思った。

「何を」言っているの、と言いかけ碧は口を開いたまま固まった。夏樹の手元にまだ一つ珠が残っていた。だが、それは今までの物よりも幾分か大きい。真珠のように透きとおった珠は夏樹の手の中で転がり、光が当たる角度によってその色を変える。

 その珠から漂う霊気は、碧の知る誰かによく似ていた。香りとも肌触りとも似て異なる個人個人によって違う、独特の“気配”。すっと自分の肌から熱が消えるのを碧は感じた。


「あなたは、いやお前は――一体、何をしたの?」


 何か、決定的な物が壊れてしまった少女は愛おしそうに珠を撫でた。

「力は、もっと、上手に使えるひとが使うの。佐保ちゃんはもう苦しまない」


「お前ぇえええええええええええええ――!!」


 碧の叫びに、感情の高まりが、式神の黒龍へと乗り移る。大顎がかっと開かれ、“黒の水砲”の二射目が放たれた。水気の奔流が夏樹目掛けて穿たれる。

 大気がのた打ち回ったかのような衝撃が黒龍と碧にも伝わる。


「フ、フフフ――」


 防いだのは大木だった。地面より突き出た大木が三本。互いに腕のように絡み合い“黒の水砲”を受け止め弾く。その能力は碧のよく知る者の術だった。


「四季色取り取りの草花木を操れるなんて、すごく素敵だよね」


 夏樹が恍惚とした表情で囁きかける。それは榊の木だった。白く可愛らしい花が枝の先で咲いていた。だが、見とれているだけの心の余裕があろう筈もない。花を咲かせた枝が碧、そして五頭龍を包み込もうと迫る。眼前に迫った木の幹が杭打ちよろしく落ちてくる。

 黒竜は碧を乗せたまま、身を捻りそれを避けた。残り四つの頭が皆、碧の方を見た。体は五つだが、その霊魂は一つだ。従ってその声もまた、一つの意思からなるものだ。


「何を」「している」「呆けるな!!」「やられるぞ!」


「くっ、分かってる。分かってる。けど!!」


 怒りを通り越し、碧は自分で自分が制御出来ない。頭は真っ白で次に何をすれば良いのか、どうすればこの状況を打開出来るのかが。

 鞭のようにしなった枝が、横から碧の身体を打つよりも早く、黄龍が割り込み自身の体で主を守る。地上から少女の哄笑が這い上がってくる。


「アハハ! もう、碧さんも手放してしまえばいいのよ」


 一瞬、本当に一瞬、碧の思考が、その表情が固まる。作り物の人形のように。


「舞香ちゃんみたいに」


 右手が勝手に跳ね上がる。その手に結ばれた五龍珠がたちまち、黒色に染まる。その黒に青の色が交じり合う。


「刻め!! “水刃之舞”!!」


 手刀が素早く印を結び、繰り出されたのは霊気で形取った霊獣。そのいたちの体は水のように透明だが、鎌となる両手の爪が、水とは違った透明さを放っていた。

 金気つまりは刃の煌めきだ。水気には強い榊の木だが、あっさりと鎌によって切り裂かれる。その幹が地面に倒れるよりも早く、夏樹は手を翳した。

 地面が沈み込む。榊の木から剥がれ落ちた樹皮や枝、花が宙を舞う。

 それは竜巻だった。木が持つ霊気によって風が、引き寄せられているのだ。回転が速度を増し、やがてそれは刃と化した。

 風の刃――それこそ鎌鼬とでも言うべきか。ただし刃となっているのは風そのものではなく、吹き荒れる花、葉、そして樹皮、木の破片だ。今しがた碧が切り裂いた榊の残骸が、碧の繰り出した鎌鼬を八つ裂きにし、術者である彼女をも引き裂かんと迫る。

 碧は素早く黒龍の角を引き、その脅威の範囲外へと逃れる。すぐ下に白龍、赤龍が続く。結界では防げない。碧はその事実を認識すると同時に身を宙へと投げた。黒の龍から白の龍へと、乙女が舞うように降り立つ。


「白龍!! 五龍頭之咆哮――白ノ光芒しろのこうぼう!!」


 着地するや否や碧は叫んだ。白龍と黒龍に違いはない。別々個々のものではなく、五つの龍でもって、一つの存在なのだから。あえて名前で呼び分けているのは単なる能力分けに過ぎない。相手は木気。白龍には金気が使える。


金克木


 金気は木気を切り裂き、薙ぎ払うことが出来る。更に碧は赤の龍にも支持を飛ばす。


「赤龍!! 五龍頭之咆哮――焔ノ極閃ほむらのごくせん!!」


 火気は迫りくる刃をも溶かす。

 白と赤の極光が限界まで引き絞られる。笛の音を高く高く高く伸ばしたかのように鳴り響いた。餓えた虎のように竜巻が迫る。空気を切り刻み、噛み砕き、ぱっくりと見えない大口を開きながら。大気中の水気を唾液のように飛ばしながら。


「放て」


 二つの光が化け物目がけて伸びた。それはもはや人の耳では感じられない程の高音。白と赤の二つの線が風の怪物を、大地を貫く。

 直後、竜巻が内側からゆらりと膨張、膨大な量の霊気に耐え切れなくなったか、破裂した。

 空気を入れすぎた風船が爆発するかのように。

 時の流れが緩やかになったのかと思うほどの膨らみの後は、一瞬だった。赤と白の閃光が視界を焼き尽くす。焔が球状に広がり、その場にあるもの全てを包み込んだ。

 周りの木々を、夏樹を、そして五龍と碧自身を。

 咄嗟に張った結界が揺さぶられ、亀裂が生じた。爆風によって五龍達はバランスを失い、だがそれでも懸命に空中で身を捩り地面へと不時着した。碧が捕まっていた白龍は頭から地面へと突っ込む形に。碧はその体に必死にしがみついていたが、投げ出される。勢いに抗わず、碧は宙で身を捩った。

 そして着地……したものの予想外に衝撃が強い。左の膝をつき、右足で制動を掛けるように、土へと沈み込め線を引き、ようやく止まる。

 幸い身固めを施していたが、足の骨がどうにかなってしまいそうだった。


「久々に死ぬかと思ったわ……」


 ガタガタと震える膝を叱咤し、どうにか立ち上がったものの足元がおぼつかない。霊気が残り僅かしかない。その事に、碧は違和感を抱く。確かに、大技を連発しすぎた。並の術者なら、最初の水砲だけで大半の霊気が持って行かれるだろう。


――だけど、ここは五龍の地


 五龍がかつて住んだといわれる岡見の地。そこに流れる霊気の流れ、霊脈は五龍の力となる筈だが、今はどうしたわけか霊脈そのものの流れが乏しい。誰かが流れを塞き止めているかのように……。


――まさか、狙いは最初から私たち……?

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