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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
116/234

十五

私が――してあげるんだ。舞香ちゃんも、佐保ちゃんも。だって、――だから。二人を――から――する。普通の――として、何かに――事を、何かを――事を――事の無い――を送れるように。



†††

 額に当てられた手の温もりに、一真の意識は完全に戻った。薄らとしていた景色が、輪郭を取り戻す。天井に空いた穴、その暗い空間を霊術が飛び交うのが見えた。


「碧!!」


 起き上がると同時に、日向の顔が正面に迫った。あっと思う間もなく、頭の中で星が爆発する。


「痛い―!!」

「それはこっちの台詞だ……」


 頭を抑えながら涙目になっている日向に、一真は苦々しく答えた。まだ、頭がずきずきする。しかし、日向は一真を追ってあの穴から落ちてきたというのだろうか。今、上であの少女と戦っているのは碧一人というわけか。


「なんで、ついて来たんだ」

「ひどいなー、私は一真君の事を思ってだね」


 こんな時でさえおちゃらける日向に、一真はふうっと溜息を吐く。同時に何故ついて来たのかは、想像がついた。それが月の命じた事だからだ。

 ふざけていて、まるで掴み所が無いような式神だが、主の命には忠実であることを一真は知っている。だが、同時にただ考え無しに従っているようなタイプでもない。


「大体、その防護装備を発動させたのも私なんだからね」


 防護装備? と一真はふと下を見て、自分が狩衣に身を包んでいる事に気が付いた。あまりに身体に馴染むので、装着した事すら分からなかった。考えてみれば、あの高さから落ちて怪我一つ無い方がおかしい。


「あぁ……、ゴメン日向」


 いいよーと、これまた軽く日向は許した。一真は身体を起こして、辺りを見回した。古い倉庫のようなところだった。あちらこちらに埃を被った大きな木箱や本棚が散在している。全体的に暗く、上の穴から覗く光だけが頼りだ。


「くそ、早く戻らないと、碧が……」

「心配ないない、碧はそう簡単にやられるような女の子じゃないから」


 日向がぶんぶんと手を振り、一真の不安を払おうとする。一真は怪訝に眉を寄せた。助けに行かずとも大丈夫だと言われても、加勢に行かない理由にはならない。

 すると、日向はすっと細い指を一真の肩の向こうにやった。振り向くとそこには、机が置かれていた。学校で使う学習机のようだ。傷だらけではあるが、よく見ると埃は被っていない。蛍光灯とノートが一冊置かれていた。


「一真君がここに突き落とされたのって単なる偶然じゃないかもねー」


 意味ありげに日向が囁く。一体何を仄めかしているのか、一真には分からなかった。机の方に歩み寄り、ノートに目を落とす。頭上で時折、轟音が鳴り響き、天井から土埃が落ちる。日向の言う通り、碧が大丈夫なのかどうか、一真には自信が持てない。

 勿論、本人にそんな事を言ったら怒るかもしれないが。そんな彼の心情を読み取ってか、日向が幾分か真面目な顔つきになった。いつもの無邪気な笑みが無くなると、無機質で冷徹にすら見える。


「怪異は既に、この学園全体を覆っているんだよ。目の前の敵を倒したところで解決しない程の、ね。まずは、原因を探らないと。そのノートの中にあるかもしれない」


 言葉は更に冷徹だった。学園全体を覆っている、それは嘘偽りは無い事実だろう。だからこそ、余計に心が冷え切るような気がした。


 彼女自身が冷徹なわけでは無い。現実が冷徹なのだと、骨身にまで伝わる。


「どういうことなんだ?」

「学園全体を負の気が覆っているとでも言えばいいかな。この岡見っていう土地自体が怪異の温床となっているみたいなの。ほら、前に行った常社神社の事を覚えてる?」


 一真は頷いた。一人の陰陽師の亡霊、そして、それを呼び出した陰陽師との戦いは記憶に新しい。常社神社は、中原常社を閉じ込めておく為だけに建てられた神社だった。何百年も前に神社内で死んだ彼だが、その子孫である中原影夜が蘇らせ、怪異を引き起こした。


 栃煌神社の陰陽師――春日月――を誘き寄せる為に。


「あの時は、結界内……神社の中という仕切りの中で怪異が起こっていたわけだけど、今回の怪異も似たような感じのものだよ。ただ、あの時と一つ大きく違うのは、怪異を起こしているのが、力のある陰陽師一人であるか、なんの霊力も持っていない筈の女の子達か、だけどね」


 相手が力のある陰陽師なのであれば、事はむしろ単純だったかもしれない。上で見た光景を思い出しつつ、一真は考える。夏樹という少女は勿論だが、綿橋杏子達は……。


「あ!? そう言えば杏子達はどうなったんだ!?」

「うーむ、一真君。そこに気が付くの遅すぎ……、いや私も彼女達がどこに行ったのかは知らないよ」


 あの黒い液体に呑まれ、彼女らはどうなってしまったのか、いや、日向は今なんと言った?


「え、どこかに行った……のか?」

「うん。憶測だけど。あれはどこか別の場所に空間転移させたんだと思うよ。あの夏樹って娘が唐突に現れたのと同じ手法でね」


 壁を打ち破って侵入してきた筈だが、日向には彼女がどうやって現れたのかまで分かるようだ。考えてみれば、あれだけの禍々しい霊気を放ちながら、一真はともかく、碧にまで気が付かれなかったのは不思議だ。


 日向は痺れが切れたのか、びしっとノートを指さした。


「心配したってしょうがないんだって、ひとまず読め! 何か手がかりがあるかもしれない!」


 その時、一際大きな衝撃が校舎全体を揺さぶり、再び静かになった。碧、夏樹のどちらかが、どちらかを打ち負かしたのか。一瞬、一真も日向も黙り込んだ。

 唐突に鳴り響いたのは、一真の懐からだった。驚いて、狩衣の中に手を突っ込む。胸元にポケットのような仕切りがある。そこに携帯はしまわれていた。陰陽師の狩衣というのは、服の更に上に重ね着させられるのではなく、服そのものも狩衣の一部に変化させられるらしい。

 着信は碧からだった。朝のうちに交換し登録しておいた番号。迷わず、通話を押す。


「碧か?」

『そうよ。夏樹には逃げられたわ。そっちは大丈夫なの?』


 息が上がっているが、それは確かに碧の声のようだった。そう聞こえる。大丈夫だ、と答えかけて、一真はふと声を落とした。


「いや、待てよ。お前、碧の振りした夏樹とかじゃないだろうな?」


 通話が一方的に切られたかのような沈黙が流れた。


『月特製黄身返しゆで卵』

「よし、本物だ」


 我ながら、何をくだらないやり取りをしているんだと思うが、ひとまず安心。溜息が電話の向こうから聞こえたが、気にしない。

『夏樹は、外に逃げたわ。追いかけてみる。多分、待ち構えているだろうから』


 先程の夏樹の言葉を思い返し、一真は暗雲めいた気持ちになる。いや、碧自身が一番辛い筈だ。今すぐにでも傍に行ってやりたいが。


「碧! 敵は夏樹って娘だけじゃない筈だよ! 黒幕が必ずどこかにいる。月や他の皆と合流すべきだよ!!」


 日向が横から叫んだが、既に通話は切れていた。一真がどうするのかという事すら、聞かなかった。一人でも夏樹を追うつもりなのだ。舞香を助ける為に。


「ま、月達も外にいるわけだし。大丈夫、だと思うけど」


 少し自信無さげの日向の言葉に、一真は焦燥を抑えられなくなりそうになる。


「ま、どうするかは、一真君次第。私はついていくだけだよ」


 日向は嘯くように、告げた。一真は碧の後を追わなかった。目の前のノートに手を掛ける。それは、夏樹が抱えていた物と同じ柄だ。コンビニ等に何百何千と売られている何の変哲も無い日記だ。名前の所には三人分の名前が小さく、敷き詰められるように綴られている。表紙は落書きで覆い尽くされていた。


 式部佐保、吉備舞香、吉田夏樹


 交換日記だろうか。ページを捲り最初の日付を見る。


――五月十日 吉田夏樹


 日記初日とあってか、行の最初から最後にまで、文字が羅列されている。書かれているのは、一日の出来事。自分の好きな歌手がテレビで何をしたとか、学校で舞香や佐保と話した事等がまとめられている。

 夏樹が舞香の友達である事は聞いていたが、まさか佐保とも友達であるとは知らなかった。佐保もまた、舞香と同じような術者であり、怪異を調査している内に行方が分からなくなった。これが単なる偶然である筈はない。

 ページを捲る。佐保や舞香が思い思いに私生活を綴っているのが分かる。

 何日か飛ばし、最近書かれた日付のページの文章を指でなぞり辿る。そして、見つけた。


――五月三十一日 吉田夏樹


 佐保ちゃん今日、様子がおかしかったね。何かあったのかな。

 目に留まったのはその日では、その一文のみだが、ページを捲るごとに、夏樹の怪訝が深まっていくのが分かる。対して、舞香も佐保も、文面からは不審な事は何も読み取れなかった。しかし、それこそが夏樹の疑念を深めることになっている。


――六月六日

 やっぱりおかしい、二人共。なんで、私には相談してくれないの? 友達なのに。


 ページの表面には爪でつけたような跡があった。不安と不信が、荒々しい文面から伝わってくる。そして次に続くある文章が目に留まる。



 最近、変な遊びが流行ってるみたい。占いとか陰陽師のお祓いとか。舞香ちゃんと佐保ちゃんは、そういえば陰陽師に縁あるお家なんだよね。愛穂さんから聞いたよ。   別に隠してたってわけじゃないと思うけど、教えてくれても良かったのに。



 途中、修正液で消されたような痕跡があった。勢いのままに何か書きなぐって、後で消したのだろうか。その後も、夏樹達は交換日記を続けていたようだが、日を重ねるごとに、関係が崩れていくのが分かった。


 そして四日前の日記。


――六月二一日

 全部調べた。



 その先は破かれていた。果たして、破ったのは誰だろう。そして、その先は何も書かれていない。ここで途切れたままだ。だが、一つ分かった事がある。舞香も佐保も、今回の怪異に夏樹が何らかの形で関わっていた事を知っていた、或いは察していたに違いない。

 昨日、舞香があれ程切羽詰まった様子だったのはこの日記にあった出来事の為か。恐らく、この日記に書いてあるのは事実の一部に過ぎない。

「一真君、これ」と周りを調べていたらしい日向が、何やら大きなノートのようなものを持ってきた。一真は日記から顔を上げた。うっすらとしか見えないが、日向は日記の方に視線を落としているようだった。


「佐保……」と日向は肩を落とした。ハッと一真は日向を見る。

「知ってんのか?」

「うーん、顔見知り程度。でも、最後に会った四日前は、なんだか、悩みがあるみたいだった。とりあえず『考え過ぎ』ってアドバイスしといたんだけど……」


「考え無しに言ったわけじゃないよな?」


 今はともかく、普段の日向はお茶らけたところがある。同時に、そのふざけた言動の中に、真実が含まれていたりもする。話していても雲か霞のように掴み所がない。


「失礼だなー、ちゃんと考えたもん」

「もんって……子どもか、お前は」


 呆れる一真だが、日向の表情に微塵の洒落も無い事を見てとり、黙った。


「式部の巫女はね、季節を司る神の加護を受けるんだ。役目は四季ごとの霊気の乱れを正すこと。佐保は、“四季の巫女”の姉妹、その片割れとして、“染霞神社”を受け継がなきゃいけないんだってさ」


 ふとその言葉に違和感を感じ、一真は反論した。


「ま、待てよ。佐保の姉さんは常盤先輩だ。あの人は、どうなるんだ? 鬼一先生の弟子で、霊剣使いだとかなんとか言ってたけど」

「“四季の巫女”の片割れ、姉の方は諸国を歩き回って、季節の訪れを“告げる”役目を持つんだってさ。“霊剣術”は単に自分の身を自分で守る為に身に付けた技でしかないと思う」


 知らなかった。一真は思わず視線を日記に落とす。佐保が書いたページに改めて目を通すと、新たな発見があった。例えば、夏樹に神社の人間だとばれた後の日記。



――ごめん、あんまり話したくない事だったから



 更に遡り、夏樹が佐保に疑問を持ち始める少し前。内容は旅行についてだ。


――大人になる前に、世界一周旅行とか出来るかな?



 その一文自体は別に大した事は無い。だが、次の一文にはこうある。



――大人になったら、自由がなくなるから



 一見、どうとでも取れそうな言葉だ。大人になったら仕事があるから、旅行なんて簡単に行けないという意味なのかもしれないと。だが、夏樹はこの文から、佐保の抱える悩みを感じ取ったのかもしれない。

 一真は、幼児期から中学生になるまで、一緒にあの道場で一緒に鍛えられたにも関わらず、彼女の抱えるものには、一度も気が付けなかった。それを夏樹は一か月弱で気が付いたのだ。

 佐保は、活発で、明るく、だがどこか気取った感じのある少女だった。何の悩みも無く生きているように一真の目には見えたのだが。


「その“役目”に悩む事も多かったみたいだね、佐保……て、まぁ、今はそればっかり気にしてるわけに行かないよ。ほら」


 と、日向はノートを一真の目の前に広げて見せた。ひとまず、佐保の事は頭の隅に押しやり一真はそこに描かれている物を見た。何かの見取り図のようだと思いつつ、よく見るとそれは岡見学園の内部図だった。夏樹が描いたものではなく、PCか何かで打ち出したようだった。何故、こんなものが。


 ふと表紙を見る。



――淤加美



 見慣れない言葉だ。振り仮名でオカミとある。

 岡見学園、オカミ、御加美。同じ読みだ。だが、それが何を意味するのかは、一真には分からなかった。すかさず、日向を見ると、彼女は得意げに教えた。


「オカミってのは、古語で“龍”のことだよ、一真君」

「説明どーも……て、岡見学園の“オカミ”って、龍のことなのか?」


 さぁ? と日向は意味ありげに肩を竦めた。とりあえず、ノートを再び開き直し、地図を見る。そこで、その地図には書き込みがある事に気が付いた。

 東に位置する校舎には蒼、南には赤、西には白、北には黒と。そして、中央の辺り、四つの塔の中央には黄色。


 地図の下にはこう書かれていた。



  東が低く西が高いのは 青龍の地

  南が低く北が高いのは 赤龍の地

  西が低く東が高いのは 白龍の地

  北が低く南が高いのは 黒龍の地


  中央が低く周囲が高いのは 黄龍の地

  周囲が低く中央が高いのは 四龍の地

  しかし、ここは五龍の地


 こことは、岡見の事だろう。再び、日向の方を向くと彼女は肩を竦めた。


「私に聞くより、そこに纏められたものを見る方が早いよ?」

「マジ……? これ、相当な量があるぜ?」

 読むしかない! 日向はびしっと親指を立てた。

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