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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
115/234

十四

「貴様は、鬼一ではない……」


 義覚が仮面の中でボソリと呟いた。鬼一眼徹。咄嗟に、月の頭に浮かんだのはここで剣道の講師をしている男の名前だ。勿論、その裏の顔まで浮かべた上で、月ははたと気が付く。


「まさか、あなた達の狙いは」


「破ぁ!」


 裂帛のそれは、斧による一撃。後ろ宙返りを打ち、躱す。

 轟音、半瞬置いて、地が割れた。

 足を地につけるなり、月は走り出す。態勢を低く保ち、豹のように駆ける。


「はぁっ!」


 溜めた息を吐き出すと同時、太刀を繰り出した。


 義覚は尋常ではない反射神経でもって、体を反らし、突き出される刃に斧を合わせ角度を付けて受け流す。だが、それも月は予測していた。

 力を抜き、刃を引き、再び突こうとするも、強い衝撃。斧による横薙ぎにより、太刀を持った腕ごと撥ね返される。腕が痺れ、太刀をもぎ取られそうになり、月は咄嗟に両手で柄を抑える。


「くっ」


 苦々しく舌打ちし、宙返りを打って逃れる。


「はははははははは!! どうです? 敵わないでしょう? 巧妙な霊術を使うような陰陽師連中なんざよりも遥かに強いでしょう!?」


 鵺が加勢する。しかも、それは単なる野次ではない。明確な意図を持った言霊による援護だ。

 鵺の言う事は確かだ。陰陽師の多くは切った張ったよりも、呪術や奇抜な戦術で以て戦う事が多い。丁度、今鵺がやって見せているように。

 それは厄介な反面、抜け道も多く存在する。ある種の弱点を突けば、脆くも崩れる側面を持つ戦い方であるのも事実。

 義覚は単純だ。有り余る霊力と痛恨の一撃、極めに極めた武術でもって、叩きに来る。今も、義覚は斧を片手のみで持ち上げ、頭上でゆらりと回している。次に来る攻撃が何であるにせよ、月の命運を決する物である事は確かだ。

 月は意を決し、太刀を上段に構える。義覚が感心したように目を細めた。


「月影」


「おうよ」

 

 呼びかけに、相棒は軽く応じる。


「明月之刃、此の手に授けん、火の太刀――紅焔鏡月」


 途端、夜の帳を映したかのような刀身が灼熱を帯びる。刀身を覆う霊気が白銀から真紅に。月の顔を照らしだし、黒髪が熱風に煽られて宙へと浮かび靡いては闇に溶け込む。


「焼き尽くせ!!」


 焔を宿した太刀を掴み、月は霊気を解き放つ。


「フハハハハハハハハ!! いいぞ、来い!!」


 義覚が笑う。迫りくる焔に、自らの斧を裂帛と共に繰り出す。

 上から下へと金気から成る刃が、最大まで高められた気魄と共に叩き落とされる。


 まさに神速。


 月は気配だけで動きを察し、紅焔鏡月の霊力を帯びた太刀を、その表面に叩きつけ、狙いを逸らす。が、斧は地面に落ちない。義覚の手の中で柄が風車のように回り、再び落とされる。

 今度は、斜めから。対して、月は瞬時に角度を合わせるように太刀を構え、下から上へと掬い上げるように振るう。同時に身体を捻り、その一撃を絶妙なタイミングで逸らした。

 斧が遠心力のままに、明後日の方向へと飛んで行く。と、それがピタリと止まる。義覚が腕の力のみで抑えたのだ。

 何と言う剛力。そのまま、辿った軌跡をなぞるように返す。月は飛んだ。危うく、上半身と下半身を泣き別れさせられる所だったが、安堵する間も無く、反撃に出る。真上に飛ぶと同時に、振り上げた月影。火の気を宿した霊力、紅焔鏡月を纏ったまま、打ち下ろす。対して義覚は受け止めない。突き上げるように、斧を振り上げた。

 両者の得物がぶつかる。痺れるような衝撃が腕を伝い、全身の骨が軋んだが、月はどうにか勢いを止めなかった。


刃と刃が鎬を削り、


月影の焔が、義覚の闘志と鬩ぎ合い、


月の信念と鬼の快楽がぶつかる。


 そして、両者は同時に、背後へと飛び退った。

 月が宙で華麗に、舞うように、宙返りを打って下りる。

 義覚が武骨に、踏み込むのと同じ強さで後ろに跳躍し腰を沈める。

 月は正眼に、義覚は斧を肩に担ぎ上げるように構える。躯から吹き上げる霊気を練り、霊力と為して、己の刃に注ぎ込む。

 あまりの霊気に、風が唸りを発し、地が割れたその刹那、両者は交差した。



 熱と熱のぶつかり合いに、漆黒の右の袖が宙を舞い、灰塵に帰した。

 霊気と霊気の激突に、籠手が剥がれ砕け散り、地に突き刺さった。



「つまらぬ……」



 最初に、口を開いたのは義覚だった。抜き切った斧は地面を抉り、刃は大地へとめり込んでいる。良く見ると表面が飴細工のように溶けていた。義覚は背後を振り返ることもしなかった。


「真剣勝負を捨てるか、貴様」


 月は答えなかった。血が、露わになった真っ白な二の腕を伝い、掴んでいた柄へと流れる。

 月影の切っ先は、鵺に向けられている。衣を斜めに切り裂き、その素顔を、覆われていた頭と油っぽい髪を、未だ焔を灯す刃の光に晒していた。


「舞香はどこ?」


 月は鵺に訊ねた。鵺はやはり笑っていた。だが、その演技的でヒステリックな笑みには、本物の恐怖も混じり始めている。


「ぎ、ぎ義覚との戦いをににに、二の次にするなんて、ヒヒヒぃっ、ああななた、わわわ私のよよよ予測を超える愚か者でですね?」

「貴様ぁ!! 我を侮辱するかぁっ!!」


 義覚が斧を抜き放ち、怒鳴る。月は、義覚のその言葉には答えない。侮辱するわけではない。戦いを捨てたわけでもない。ただ、それよりも大切な事があったまでで。それを一から順に説明するつもりはない。


「舞香はどこ?」

「はははは、いいいくら、あああなたがつつつよくとも、アアアのかたには、敵うまいいい!!」

「そんなこと、あなたが、心配する必要ない」


 決して取り合わない。何しろ、主導権を握っているのは此方なのだ。少なくとも、そうだと、思い込ませる。

 妙な霊術を使うような陰陽師。それは鵺自身にも言えることだ。或いは、自嘲も含めてそう言ったのかもしれない。“妙な霊術”言霊の呪術を破るのは簡単だ。それは、決して言霊を受け取らない事。


 言霊の呪術の神髄は虚だ。虚を真に変える事。絶対的な信念をも突き崩し、事実を虚実に変える。しかし、虚は誰かが受け取らない限り、虚のまま。


「あの方って誰? そいつの所に舞香もいるの? どうなの?」


 月影を鵺の喉元に当てつつ、月は鵺に迫った。決して油断はしない。この男の得意とするのは欺きだろう。上下左右、いずれから奇襲されてもおかしくはない。袖の中か、服の裏に暗器でも仕込んでいるかもしれない。密着はせず、しかし引けばすぐにでも斬れる体勢で鵺の反応を待つ。


「どこ?」


 四度目。鵺はクククと笑い続けている。こちらを挑発しているのだという事はすぐに分かった。少しでも揺らげば、鵺のペースに再び持って行かれる。無言の中ですら呪術の戦いは続いている。が、均衡は唐突に崩れた。


「斬んんんんんんんんんんんんんんんんっ!!」


 義覚が斧を振り上げつつ、迫る。月影の刃を返すや否や、その刃を小器用に擦り上げる。すれ違い様に胴を打つが、浅い。“紅焔鏡月”は、鬼の鎧の表面を焼き、焦げ跡を残しただけだった。


「ふほほほ、人は殺せませんと顔に書いてあるかのようですな!」


 鵺が笑いながら、飛び退り、符を抜いた。言霊以外の術で初めて反撃を試みるつもりか。或いはそれすらもハッタリなのか。どちらにせよ、義覚と言霊の呪術のみでは勝てないと明言しているようなものだ。


「殺したら、案内してもらえないもの」


 月は気丈にそう答え、左の袖を落とす。隠し持っていた護符五枚。手に取るや否や、義覚目掛けて投擲する。金気を込めたそれらは、護符の形をした刃物となり、襲い掛かる。義覚は斧の柄を目にも留まらない速さで回し、その全てを叩き落とした。

 だが、それは予測済み。目的は少しでも義覚の動きを止める事だった。義覚に背を向け月は、鵺目掛けて跳んだ。今度こそ逃がすまじという勢いで。


「ちぃい!!」


 鵺は形振り構わず、護符を投げた。二枚。

 紅ノ前鬼、蒼ノ後鬼と描かれているのを見てとり、月は歯ぎしりした。舞香が何度も何度も、ここで倒して来た式神。たとえすぐ後ろに“本物”がいなかったとしても分かる。それは贋物だった。

 符から解き放たれ具現化した紅鬼と蒼鬼二つの鬼は、殺気こそ凄まじいものの、霊気自体は高くも低くも無いと言った所。


 正面に立った蒼鬼の方が、手に持った壺から水気を含んだ塊を放つ。横に身体を逸らして躱す。ほぼ同時に襲い掛かってきた紅鬼の斧、その柄を月影で以て叩き折る。返す刀“紅焔鏡月”で、両の腕を斬り飛ばした。


「うがあああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 傷口から焔が迸り凄まじい悲鳴が上がるが、その喉もやがて身体ごと焼き尽くされて沈黙する。灰の塊が地面に倒れ、崩れ去った。だが、月は息を吐く間もない。


「こちらを向けェえええええええええええええええ!!」


“本物”の方が遮二無二に、突撃してくる。繰りだされる斧を月は紙一重で避けた。後ろへ更に一歩退いた時、義覚は斧を大きく振りかぶり、足を沈めた。確実に逃がさないつもりらしい。

 ふと“紅焔鏡月”の効果が切れ、月影の刀身が赤から冷えた黒へと戻る。火剋金。紅鬼が扱うあの斧に対して、一番有効と考えての戦法だったが、霊気の消費も激しい。そして、敵はもう一度術を張る余裕は与えてくれそうもない。

 弓を構えるように、月影を持つ右手を引き、左手を添える。


――次の一撃で仕留める


 鵺が言葉を投げかけてくるのも、この鬼の圧迫的な殺気も頭から押しやる。見るのは敵の動作、手や足の捌きのみだ。そして、だからこそ気が付けたのだろう。不意に義覚が何かに気を取られたように、視線を横へ走らせた。

 次の瞬間、義覚の斧が撥ね上がった。意図してのものではない。続いて、義覚の頭目掛けて霊力による攻撃が襲い掛かる。野性的な反射神経でもって、義覚は斧を構えそれを受け止めた。斧の表面に焔が広がる。

 火気の込められた霊術。が、金気を剋するまでには至らない。鬼の持つ霊気の総量の方が上回っているのだ。続け様に放たれたのは金気――鉛玉だった。これも斧によって弾かれる。放った者の“計画通り”に。



「旋!!」


 飛翔してきたのは八枚の円盤。直径二メートル程で、縁には無数の刃が刻まれている。それぞれが、縦横無尽に軌道を描き義覚に襲い掛かった。並の術者であれば、読み切れずに切り刻まれていたところだが、義覚は骨格が無いのかと思う程に、柔軟に身体を曲げ、円盤と円盤の合間を飛び、紙一重の所で躱しきる。

 最後の一枚は、斧で弾き返した。意趣返しのつもりだろうか。仮面の奥で瞳がギラギラと楽しそうに輝いていた。心の底から生と死の合間を楽しんでいる。


「とんだ化け物ですね」


 瑠璃色の狩衣に身を包んだ少女が不敵にそう言って、月の傍に降り立った。小さな体に活気を溢れさせているものの、敵の凄まじい力に緊張を隠せないでいる。

 両手に持つのは、拳銃のように見えた。ただ、とてもアンティークなデザインだ。印象としては戦国時代に使われていた馬上筒だろうか。

 やや大きめの銃口と銃身、リボルバーに当たる部分には陰陽を現す太極図が描かれていた。

 右に持つのは黒、左に持つのは白。月はそれがすぐに霊具だと分かった。名前だけは聞いている。黒は“昴”白は“天狼”

 銃弾の代わりに霊力を込めて放つ事が出来る物で、恐らくは五行の気を自動的に付加する機能もついているのだろう。先程の援護は彼女によるものか。


「あなたは確か、高砂歌乃」

「あれ、僕の名前をご存知なんですか?」


 歌乃が月の顔を見上げ、驚いたように聞き返した。月は当然、と頷いた。岡見学園にいる陰陽師や術者の事は碧に聞き、把握した上で来ている。それに、中には京都にいた頃に知り合った仲間もいる。先程の円盤による攻撃は見慣れたものだ。


「月さん!!」


 その円盤の上に乗った――軸は回転していないらしい――ツインテールの少女が凛とした声で呼びかける。あちらこちら傷だらけの蘇芳の色の狩衣を着込んでいた。宙に浮いた円盤の上にいるせいで分かりにくいが、身長は歌乃よりも更に低い。


「神楽!」


 久方ぶりに会う友達に、月の口が少しだけ綻ぶ。無論、目の前の敵への警戒は怠らずに。

 数だけで言えば三対二。すっと義覚は斧を引いた。まさか、敵わぬと思ったわけでもないだろうが、見る見るうちに殺気が消えていく。


「どどどどうなさった、義覚殿」

「興醒めだ。ここが、矛の納め時であろう」


 本当に驚いているのかいまいち分からない鵺に対して、義覚はフンと鼻を鳴らした。


「戦いとはサシでやるもの。本当ならば、貴様等もいない方が面白かったのだがな」

「わわわたしのごごえいをつとめるのがあああなたの役目じゃないのですかかか?」


 鵺の言葉に義覚は耳を貸さなかった。じっと月達を見、惜しいとでも言いたげな顔で、告げる。


「このまま、戦い続けたいところだが、これも主命だ。悪く思うな――鵺」


 相手も自分と当然同じ気持ちだろうと思っての言葉、そして義覚はじろりと鵺を睨んだ。

 鵺は神経質そうな手つきで、護符を抜き、何やら小声で囁いた。


「逃がすか!!」


 歌乃が叫び、昴と天狼の銃口を向けや否や、水気の霊力が込められた弾丸を放った。狙いは鵺。だが、それは目標に到達することはなかった。月達を囲うように、周りの地面が爆発。煙に紛れ、義覚と鵺の気配がどこかへと飛んで行く。

「ぐっ!! 待て!! 舞香を、舞香を返せぇええええええええええええええええ!!」


 月があらん限りの声で叫んだ。今すぐにでも飛び出し、追いかけたいところだったが、ここでの戦いは終わっていない。煙が晴れると同時に彼女らを出迎えたのは、泥で出来た人形だった。ざっと二十程。


「こいつら、どこから……!?」


 何の前触れも無かった。鵺が出したのだろうか。それにしては数が多い。見る限り、一体一体の霊気も高めだ。これだけの数が潜んでいながら、誰も気が付かなかったという事に驚かされる。


 彼女らを囲んでいた泥人形達が拳を握り、殴り掛かってくる。


「伏せて!!」


 神楽が叫ぶや否や、円盤を四方八方に飛ばす。彼女専用の霊具“太極旋盤”が屈んだ月達の頭上を飛び越え、泥人形達の身体を吹き飛ばした。


 正に一騎当千。だが、泥人形の多くは、手や足、首を失っても未だ動けるようだった。中々に厄介だが、義覚との戦いに比べればこんなのは朝飯前だ。


「邪魔、さっさと道を空けて」


 月の決意に呼応するように、月影の刀身を覆う光が輝きを増す。月の言葉を聞き入れなかった泥人形達は全員、十秒も経たない内に土へと還ることになった。

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