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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
114/234

十三

†††

 霊脈が撥ね上がるように、乱れた。月はその前兆から、察していたものの、そちらに行こうとはしなかった。すぐ真下に、求めていた者がいた。頭をすっぽりと覆い隠す紫色の衣、背中には大きな壺を背負い、手には趣味の悪い、髑髏や妖しく光る装飾の施された指輪が輝いていた。土気色の肌の顔で神経質そうに、辺りに気を配っている。僧ではない。

 胡散臭い占い師のように見える。尤も、世間一般の認識からして、「占い師」の恰好も「陰陽師」の恰好も胡散臭い部類に入るのかもしれないが、と月は少しだけ忌々しさを感じたが、その雑念をすぐに払った。

 どちらにせよ、不審な事この上ない。いや、たとえまともな恰好をしていても、この陰之界にいることそれだけでも月にとっては戦う理由になりうる。月は樹を蹴り、男の上を取る。


「見つけた」


 頭上から掛けられる声に、似非占い師はびくりと肩を震わせた。だが、その小心者の典型みたいな反応に反して、動きは素早かった。パッと横へ、月が飛ぶその進路に直角になるように跳んだ。

 月が音も無く地へと舞い降りる。烏羽のように艶やかな髪が揺られ、夜空を切り取ってはめ込んだかのような黒紫の色彩を放つ瞳で、占い師を見つめる。周りは林だが、学園の外ではない。こんな如何にも何か怪しげな所に、怪異を起こした呪術者が潜んでいるかどうかは賭けに近かったが、どうやら当たりのようだ。

 考えてみれば、校舎は碧や舞香達が何度も何度も調べていた。そこにわざわざ身を潜める筈もない。


「お、御嬢さん。あ、あなたは、も、もしかして、お、陰陽少女じゃ、ありません、かか?」


 どもっている。見た目だけでなく、口調もかなり神経質だった。怯えているようにも見えるが、月は油断無く、月影を構える。先程の動きは本物だ。何度も戦いを経験していると見えた。


「ここで何をしているの、あなた」


 月は静かに問うた。敵意も殺気も込めていないにも関わらず、男はヒっとしゃくり上げる。


「つ、つれななない、おおおじょうさんですねねね」


 言う筈もないかと、月は心中で溜息をつく。ゆっくりと仰々しく占い師の男は手を伸ばした。


「耳を澄まし、聞いてごらんなさい」


 役者が演じるように、素の表情が消えていた。


「感覚を研ぎ澄ませばあなたにも分かるでしょう? この学園は大いなる負の気に覆われている」


 空は灰色に染まり、闇を抜ける風に得体の知れない声が混じり始める。この土地全体を覆う怪異の闇。感覚を研ぎ澄ますまでもなく、月はそれを感じ取っていた。


土公祟どごうたたりを起こしたのね、あなた」

「そそそそう。流石でです」


 衣の中で男がヒステリックに笑う。


――土公祟。ある一定の空間で起こる怪異の事だ。


 より正確に言うならば、人が集団として集まる場所、ある種の考えが一つの方向へと進む事で生まれる怪異と言うべきか。だが、ある意味これは自然と発生するような類の怪異ではない。

 一つの思考を一つの方向へとまとめ上げる、呪術に通じた指導者がいてこそ成功する。一昔前までは、稀に意図せずして呪術を行い、怪異を引き起こしてしまうという事例もあったのだが、今ではそうした事態はほぼ皆無、呪術者が意図的に引き起こさない限りは起きない怪異である。


「しししかし、わわ私が大っぴらに動いて、この怪異をひひひきおこしたわけではごございませぬですすよ? こここのせせせいとたちのののおおおかげですすす。こここはななななにやら、奇妙な境遇の者がおおおいようですからねぇ」


 その罪悪感が無いどころか、楽しんでいる風ですらある。月はぎりっと怒りで美しい顔を歪めた。地を蹴りざま、護身之太刀が閃く。が、男はさっと振り向き、背を見せた。背中の壺が割れ、中身が飛び出す。月は素早く下がった。


「いしししし、“蠱毒”はまだまだ調整中でしたがが、ああなたからから逃れるためならば、惜しみまませんん」


 飛び出したのは巨大な蜘蛛、百足、蟷螂等。だが、どれも身体のどこかしらが欠け或いは溶け合っていた。

“蠱毒”一般には、壺の中に虫を入れ共食いさせた果てに、残った最後の一匹を使役する術の事を言うが、実際に壺の中に入れるのは邪気と具現の呪術だ。疑似的に陰の界を壺の中に展開し、その中で蠱を具現化させる。陰の界の仕組みを研究する為に編み出された術であり、陰陽寮においては禁忌とされている。

 蠱は、どれも物の怪となんら変わる事がない。人を襲い、心を喰らって陰の界――この場合は壺の中だが――へと引き込む。


 ただ、違うのは彼らには主人がいることだ。


「さささ、ににくを喰らい、血を啜り、壺の中にふふふふふ封じてしまいなさいいいっひひひ!!」


 蜘蛛が牙を剥き、百足と蟷螂が左右から迫る。月はぐっと身を沈め、護身之太刀を逆袈裟に撥ね上げる。振り上げられた鎌が根本から断ち切られ宙で回る。それが落ちるよりも先に、懐へと踏込み、頭を斬り落とす。一丁上がりだ。

 蜘蛛と百足の方は蟷螂がやられた事に何の感情も――そもそも、蠱同士にそのような感情があるかどうかも定かではないが――抱かないどころか、その腹へと喰らいついた。

 皮を引き裂き、霊気で形作られた血肉を喰らう。悍ましい光景だ。

 が、その食事を最後まで見届ける程、月も甘くはない。太刀を構えなおすと同時、蜘蛛の背に突き立てる。


「オォォオォオオオ」


 人間とも化け物ともつかぬ悲鳴が上がる。この蟲を産みだす為に、何を犠牲にしたのか。それは考えたくもないが、同時に考えるまでも無かった。


「急々如律令、清風明月」


 春日月が最も得意とする、そして陰陽少女である事の証明となる術、清風明月。

 蜘蛛の身体を構成する邪気が剥がれ、光へと還元され太刀へと吸い込まれて行く。蜘蛛が喰らっていた蟷螂の残骸諸共、浄化。熱湯に触れたかのように、百足が反射的に、身を引いた。

 月は太刀を翳した。刃に溜めた光は、銀色の風となり、揺らめく。


「なななななな、なにをしておる! さささっと、喰らええええ!!」


 主が叫び、百足がハッと気が付いたかのように飛び掛かる。が、身体を半分程伸ばした所で、百足の身体は宙に浮いていた。牙を無力に開閉させ、百足は怒りの声を漏らす。


 月は終わらせる事にした。


「急々如律令、晃らかにせよ、光は風となり、夜空に、霽月は閃け」


 光風霽月。浄化の光が風となり、刃を離れ、駆け抜ける。百足の身体が浄化され、灰となり、やがてその灰すらも光風に運ばれ空彼方へと飛ばされる。

 一分にも満たない戦闘。似非占い師はパンパンと、手を叩いた。


「流石は、陰陽寮が誇るだけの事はあると言うべき、か。無様に逃げ出さなくて良かった良かった。あなたの脚でなら、すぐに追いつかれてしまっていたことでしょう」


 逃げなかった。あの戦いの間にも、逃げる隙はあった筈だが、逃げられないと分かっていたから敢えて逃げなかったというのか。全く、不気味で得体が知れない。

 

「あなた、一体何者?」


「たたた単刀直入に聞きますね、あああなたも。しししかし、まぁ、よよよ呼び名がが、なな無いというのももも、不便であることととはたたしか」


 と、男はヒヒっと恐怖で引き攣ったかのような笑みを漏らした。或いは、楽しすぎて上擦ったか。顔色と表情に誤魔化されそうになるが、この男、実はまるで恐怖を感じてはいないのではないかと、月は推察する。


「“鵺”とそうお呼びくだされ」


 鵺。頭は猿,胴はたぬき,手足は虎,尾は蛇に似るという伝説上の動物。或いは虎鶫が怪鳥化した姿を指す事もある。どちらにせよ、得体の知れない怪物として恐れられてきたことは確かだ。


「鵺……、何の為に土公祟りを起こしたの?」

「そそそれそれをお訊ねになりますすか」


 言わねば、力づくで聞き出す。言外に滲ませた殺気に、鵺はひひっと笑う。

 面白がっている。こちらが必死に戦っている事を。焦っている事を。そんな気がして、月は柄を握る力を僅かに強める。

 舞香が消えた。この男は何か知っている。校庭で見た男とは気配からして違うが、何の関わりも無いとは思えなかった。

 この鵺の恐ろしい所は、戦闘の面においては特別、強いというわけでもないのに、迂闊に踏込めないと思わせる所だ。一つには、この男の喋り方のせいだろう。言霊を駆使した呪術にも通じるものを月は感じる。


「そう。話してもらう」


 月が先程から単刀直入に要求を述べているのは、この男の呪術に嵌らない為でもある。回りくどい言葉はこの男に隙を与える。剣術において妙な小技が却って、無駄な隙になるのと同じだ。踏込、踏込、叩きつける。

 慎重になりつつも、決して躊躇う事もなく、逃がさない。

 いよいよ、鵺も逃げ場が無くなりつつある事に気が付いたのだろうか。神経質な笑みが変わる。心の底からこの戦いを楽しむ物へと。


「ククク、知りたいですか? 知っても遅いですよ? この学園は既に、己が生み出した負の気に呑み込まれている。そして、あなたのお友達もね」


 刃が閃いた。それは脅しだった。見かけだけの、相手に自分の力量を見せつけ、言霊を用いた嘲りの言葉を撥ね返す為の強硬手段。怒りのままにではなく、自らの怒りすらも制御下においての剣戟。


 それが、受け止められた。


「そして、あなたもお終いですよぉ」


 受け止めたのは鵺ではない。月の瞳が大きく見開かれる。こちらの動揺は鵺にとって格好の餌になる。それが分かってなお、月は驚愕せざるを得ない。


「ご紹介致しましょう」


 二本の角、憤怒に満ちた朱色の顔。背丈は二メートルはあるだろうか。引き締まった筋肉それを包むというよりも、同化してしまったかのように古めかしい甲冑、具足が覆っている。顔を覆うのは仮面。

 二つの眼光が、その奥で炯々と輝き、長い銀髪を風に靡かせている。


「紅ノ前鬼、妙童之義覚殿にございます」


 そう、それは紛れもなく鬼だった。

 獲物は斧。柄は長く、短槍のよう。刃の表面は真っ赤。護身之太刀を受け止めていた。だけではない。


「轟ぉおおおおおおああああっ!!」

 

 義覚が放つ気合、斧が打ち落とされると同時に、月の身体が後方へと吹き飛ぶ。


「くっ」


 霊気を集中させ、衝撃を和らげ、地面へと降りる。月影を突き立て、はぁと息を吐く。生か死か、その緊迫を味わったのはこれまででも、片手で数える程だが、今、この瞬間両手が必要になった。

 今のは遠方に霊力を放つ“遠隔力場”、それに“言霊”術を組み合わせた呪術。恐らく、この鬼自身が生み出した物だろう。


「まさか、本物……?」


 月は前に、紅ノ前鬼を見た。舞香が倒した式神だ。だが、あれは紛れも無く偽物だった。これもまた、式神なのだろう。恐らく。だが、


「あの小娘が倒したのとは比較にもならぬでしょう?」


 クククと、鵺が笑ったが、彼は主ではない。義覚はオォォォっと、霊気を含んだ息を吐いた。躯、その全身から負から成る霊気を放出している。

 鬼もまた、多くの場合において物の怪の一種とされる。ただ、物の怪の多くが、生物の穢れた負の気の集合によって成り立つのに対し、鬼は一人の人間が媒体となる。

 例えば、戦に敗れ一人生き残ってしまった将軍。例えば、焼き討ちに遭って一人生き残ってしまった僧、例えば、疫病で全滅した村の中で一人生き残ってしまった子ども。

 鬼は、凄惨な事件の後に生ずる事が多い。それは、鬼がどこからともなく湧いて出たというわけではない。

 生き残りが鬼と成ったのである。

 かつて戦った沙夜。彼女もある意味ではそれに近い。内から生じる凄まじい負の気、そして多くの物の怪――人間達の負の感情――を取り込んだ結果。それが鬼だ。


 だが、完全な物の怪とは違い、鬼はあくまでも根本が人間である。


――人の心が存在する。


 陰陽師等の呪術者が、しばしば、彼らの心を呪術で以て掴み、改心させ、式神とする事が出来たのもその為だ。勿論、それは並大抵の事ではなく、鬼を改心させようとして逆に殺され取り込まれる事の方が多い。

「鬼まで持ち出して、一体、あなた達はここに何の用があると言うの?」


 月の頭はいよいよ、混乱極まった。土公祟り、鬼、岡見学園。一見すれば、まるで関連性が無い。わざわざ怪異を起こすだけの価値がこの地にあると言うのか。


「岡見がどんな地なのか、聡明なあなたでしたらよぉくご存知のはずですよぉ?」


 鵺が挑発する。ただし、ゆっくりと考える間も与えはしなかった。

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