十
公園を出て、真っ直ぐに突っ切るとそのまま家に戻ることになるそこを左へと曲がり、傾斜の激しい坂を一真は上った。過去の記憶に頼るまでもなく、一真はその場所を知っていたが、足を一歩踏み出すその度に、幼少期の思い出が次から次へと噴き出していった。
通りには今は閉まっているが駄菓子屋、蕎麦屋、畳屋に花屋、そろばん教室が並んでいる。閑散としているように見えるが、町の祭りの時は、大都市でやるような物にもひけを取らない活気の良さがある。それに月を連れ出してきて、案内した事があったが、途中から月に引っ張りまわされ、どっちが案内役なのかもわからなくなった。
心だけがその時間で止まったかのような感覚が駆け巡ったが、一真はそれを振り切った。過去にいつまでも執着するな。自分にそう言い聞かせ、石段に足を踏み入れた。鳥居をくぐり、その先にあるのは栃煌神社。かつて月が住んでいた場所であり、今、彼女はここに戻ってきている筈の場所でもある。
「おっ?」
神社が見えた瞬間、そんな間の抜けた声に出迎えられた。黒い髪を左右に二つ橙色の布きれで結い、白の胴着と緋袴を身に着けた巫女。月ではないその少女が一真の顔を見て驚いたように近づいてくる。
――吉備舞香
「なー。どうしたんだよ? 珍しい顔だな。賽銭だな? 賽銭箱ならそこにあるぞ」
「舞香、神社に滅多に来ないやつが、賽銭の為に参拝するなんてことはまずもってありえないから」
一真は鋭くそう言ってから、ふと周りを見た。正月になるとアルバイトで来るその場限りの巫女が多くいるのだが、今は正規の巫女、つまりは舞香しかいない。一真の視線はどこかに月の影が見えないかとあちらこちらに忙しく移っていく。
「しょうがねぇやつだ。ほれ、賽銭箱持ってきたぞ」
そう言いながら、舞香はばっと一真の鼻先に賽銭箱を突き付けた。体の大きさが一真の半分しかなく、箱に隠れて顔が見えない。
「人の話を聞けよ、チビ助。人を探しに来たんだ」
一真は呆れながらも賽銭箱に入れた。ポケットに偶々入っていたビー玉を。駄菓子屋で一週間前に買ったソーダ―のビンの奥にあったものだ。
「人~? 神主なら今留守だよ。どこほっつき歩いているか知らないけど、うぉい、これはごみ箱じゃないよ、賽銭箱だよ! 何、入れてんだ!!」
賽銭を強要するのが悪い。一真は構わず、ボケを挟む余地もないくらいの早口で質問を続ける。
「春日月だ。今日帰ってきてるだろ?」




