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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
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†††

 吉備真二きびしんじは陰陽師として見れば、決して出来た人間では無かった。若い頃から親も含めた親戚達に反発し、家を飛び出し国をも飛び出した経歴を持っているという点で。

 家に戻り、こうして栃煌神社の神主代理を務めてはいるが、今でも現陰陽寮の重鎮とは、度々衝突する。春日刀真や蒼が取り持ってくれなければ、今頃は、追放か下仕事をさせられていたかもしれない。


――舞香も俺に似たのかね


 碧、彩弓、月、そして一真が何やらどんよりとしたオーラを漂わせながら、帰ってきた時、真二は全てを悟ると同時に、そう思った。気楽そうな性格に見えて、我が強いし、自分が正しいと思った時に見せる反骨精神は見上げた物だと、真二自身は思っている。


――単に反抗期ってだけの可能性もあるが


 高校一年にも成ればそろそろ落ち着いてくるものだと思っていたが、考えてみれば自分が家を飛び出したのも高校一年の頃。一番の理由は、長男に反発しての事だったが…。まさか、国を飛び出したりはしないだろうが、どこかへ飛び出してしまわない内に、連れ戻してやりたい。


「あ、真二おじさま……舞香は、その」と月が言い淀むのを手で制する。

「お姉ちゃんと喧嘩したんだろ。しばらくは戻って来ないだろうよ。探すのも骨折れるしな」


 十年前の事を思い出し、真二は目を細めた。あの頃から二人とも大分成長はした。だが、まだもうひと押し必要のようだ。

 昔、舞香を池に突き落としてしまった以上のショックを、碧は受けているように見えた。顔は青ざめ、目の焦点が怪しい。月に支えて貰わなければ、まともに歩くことも出来ないようだった。

 硬いが、脆い。心の芯を厳格さだけで固めた結果だ。勿論、碧の強さは厳格さだけではないしそれが一番というわけではないが、ウェイトとしては大半を占めていると言ってもいい。一か月程前に、怪異の一端を担わされた陰陽寮の橘花等は実直過ぎ、厳格過ぎるが故に、目が曇った。あの巫女達は、現陰陽寮そのものの具現と言ってもいい。


――いや、今は碧と舞香の事だ


 真二は、頭の思いを振り払う。全体に目を向けすぎれば、個へ向ける目が無くなる。


「そろそろ帰ってくる頃だと思ってな。料理は出来てるぞ。今夜はパスタだ」


 月と彩弓は少しだけ笑顔になったが、碧は何の反応も示さない。一真はどこか不思議そうな顔だった。まぁ、そうだろう。何をどうしたら、神社とイタリア料理が結びつくのかなんて分かりはすまい。その反応が実に愉快だった。


「一真君、君も食べていくといい。吉備家の料理、とくと味わうといい」


 藍色の狩衣を翻し、皆を引っ張っていく。ふと後ろから月が訊ねた。


「そういえば、父様は?」

「あぁ、刀真ならまだ京都にいるよ。主に一真君の霊具の事について、揉めている」


 えっと少年は突然、自分の事が話題に上がって驚いている。自分がどれだけの事をしてきたかも、この少年はあまり分かってはいないのではないかと、真二は思う。

“巫女殺しの怪”、“魂呼ばいの怪”真二は間接的にしか、関わっていないが、それでも解決に導けたのは、一真の力に依る所が大きいと評価している。

 勿論、陰陽寮に属している陰陽師の大半の意見は真逆だ。あれは、力ある陰陽師であれば、誰でも解決出来たと。そう主張する者が多い。だが、一真が――力ある陰陽師でなかったからこそ、あの怪異を解決に導けたのだと、真二はそう信じている。


 月も彩弓も、“力”で助けられたのではない。


「破敵之剣を陰陽寮に返すか、それとも一真君がずっと持っていて良いか……ってことで揉めてるのさ」

「あ、そうか……こいつは」


 そう、元はと言えば春日家の物、もっと正確に言えば陰陽寮の所有物である。陰陽師の家系でもなく、叔父は陰陽寮の敵、そんな少年に貴重な霊具は預けられない、と言うのが現陰陽寮の重鎮達の意見だ。

 偏狭としか言いようがない見方だが、それを当人達に向けて投げかけても馬の耳に念仏。交渉が平行線を辿るだけである。


「栃煌神社や一部の陰陽師達の間では、君が持っているべきという意見なんだがね。どうも、重鎮の大半は反対意見のようだ」


 因みに「一部の」とは曽我海馬や藤原霧乃も含まれる。一真はあまり良くは知らないだろうが、どちらも陰陽寮の中ではかなりの地位にいると言っていい。この二人と刀真ら春日神社の者達が抑えてきた故に、一真は破敵之剣をこれまで返さずに済んできたと言える。


「知りませんでした……なんか、俺皆に迷惑掛けてばかりな気が……」


 言うだろうと思ってきた答えがそのまま返ってきて、真二は豪快に笑った。


「ま、それでだ。刀真の奴、重鎮が引かないもんだから、更に別の要求をしたんだ――一真君に、霊装防具を与えて欲しいとね」


 ぽかんと、一真は口を開けた。もしかしたら霊装防具が何なのか分かってないのかもしれない。が、一真はどうにか隣にいた月を指さして、聞いた。


「えっと、月がいつも着ているような狩衣ですか?」

「狩衣である必要はないんだけどな。俺達が狩衣の形としているのは、単に陰陽師だからというのが理由だ」


 尤も、防具向けかどうかという精査は必要ではあるのだが。要は霊力があるかどうか、霊的な防具としての使用に耐えうるかどうかが重要となる。


「ただまぁ、予想通りだが、却下された。それは刀真も予想していた筈だ。より大きな要求を出して、本当に手に入れたい物を出させる。それが狙いなんだ」

「……その、霊具というのは陰陽寮から支給されるんですか?」


 一真の問いに、真二は頷いた。


「あぁ。今は多くが、陰陽寮だとか、色々な組織が独占しあっている感じだな。あ、組織ってのはだな、でかいのだと陰陽寮、あとは神社や寺の連合団体が殆どだ。で、あとはーそうだな。個人や家で所有している所もあるが、ともかく一真君みたいな一般人の手にはまず渡らないし、渡さないようにと、皆気を使う」


 だからこそ、沖博人の手に破敵之剣が渡っているという情報が流れた時、陰陽寮は騒然となった。普段ならば慎重に動くところを、陰陽師を送って実力で奪おうとしたのだ。


「確かに、色々と騒がしいが俺自身は別に迷惑だとは思ってないな。むしろ、面白い奴が来てくれたんで、退屈しない」


 それを聞いて一真はホッとはしなかった。むしろ萎縮してしまっている。

「けどな。一真君の場合は、一般人とはとても呼べないからなぁ。怪異二つの解決に関わり、これからも、なにかと巻き込まれるであろう事は確かなんだ。その時に武器の一つも無しでは、自分の身も守れん……てな事をもっと、大人な言い方で刀真は、陰陽寮を説き伏せている最中だ」


 刀真は従順だが、それでも譲れない物がある時は徹底的に戦う性格だ。真二が刀真と何故か気が合うのも、その為だ。刀真自身は腐れ縁だと、言ってはいるが……。


「ま、そんなゴタゴタがあるわけだが、これからもよろしく頼むぜ、一真君よ」

「はい」


 しっかりとした返事に、真二は満足の笑みを浮かべた。そして、ちらっと碧を見る。少しは落ち着いただろうか。目の焦点も定まり、しかし未だその表情はどんよりとしている。


――月の御嬢さんがいなければなー……家の息子になって貰うのに


 娘が聞いたら、一瞬で正気に戻りそうな事を密かに考えつつ、豊かな髭を撫でた。宿坊の食卓の方からは、ミートソースのまったりとした香りが漂い、皆の食欲を誘う。一真の胃が唸った。それを両耳でしっかりと捉えつつ、料理で釣ればなんとかなるかなと適当な事を考える。

 なにはともあれ、腹が減っては戦は出来ない。そこは、外の世界もここも共通の理であった。



†††

 月と一真が姉妹喧嘩の内容をかいつまんで、説明したその後、夕食はすぐに運ばれてきた。 

 夕食はミートソースのスパゲッティとサラダだった。別に神社関係の人が、パスタを食べてはいけない等というルールがあるわけでもなし、そこは気にならない。気になるのは作った人の腕だ。

 率直に言えば、どこのコックが作ったのだろうと思わせる出来だった。見た目の雰囲気からして普段食べている物と違うのがわかる。普段慣れ親しんでいるミートソーススパゲッティと言えば、甘いトマトケチャップ味のソースにミンチが混じったモノで、タバスコと粉チーズを「これでもかっ!」という程まぶして、食べる。

 今、目の前にあるのは、大量の肉の旨みを閉じ込めて、水煮トマトと、ワインの風味で包み込んだボロネーソース――ケチャップの味で誤魔化したモノ(それはそれで一真は大好きだが)とは違った――はまさに“本場”という感じがした。その肉もまた、炒めたというよりも焼いたのだろう。ステーキのような香りすらする。


「はっはは、遠慮はいらん。食べてくれ」


 作ったのは真二であるらしい。豪快に笑って勧めてくる。たかがスパゲッティを食べるだけでもこんなに緊張するものかと、一真は思いつつフォークとスプーンに手を付けた。碧、舞香の父――真二、恰幅もいいし口や顎に蓄えた髭といい、狩衣よりもコックの服の方が似合う気がする。

 口にすると、肉とパスタの麺が舌に染み込んだ。思わず、感動の声が漏れてしまうほどに。隣に座った月が、どこか恨めしそうにしかし、この美味しさには抗えないというようにスパゲッティを口にしている。

 碧はと言うと、席には座りはしたが、皿の中に食事が入っている事にも気が付いていないかのように、フォークでひたすら皿の底を突いていた。


――なんて声掛ければいいんだ……


 多分どんなことを言っても、聞かないだろう。だが、何か言わなければいけない気がした。

 悶々としていると、台所の方から二人の女性が入ってきた。一人は、月の母、蒼。もう一人は、碧、舞香の母、氷雨ひさめだ。

 二人とも小袖に袴を着込んでいた。蒼が黒く長い髪を流しているだけなのに対して、氷雨は髪を結い上げ、淡い青色の簪を挿していた。親子なのだから当然だが、月や碧、舞香達が大人になったらこんな感じになるのだろうかと思う。氷雨の瞳は碧と同じように、一見すると見くびってしまう程に淑やかだ。だが、目の奥には芯の通った強さを感じさせる意志がある。


「全く、いつまで落ち込んでいるの? 碧」

「……母様」


 どんよりと濁った池のように暗い瞳を碧は向ける。一真は心が痛んだが、氷雨は叱り飛ばすように語気を強くした。


「傷ついたのは分かるわ。だけど、今頃舞香は、今頃外の寒い中で一人泣いてるかもしれないわよ……あぁ、かわいそうに」


 最後の言葉は本気なのか、おどけているのか分からない。碧は恥じ入るように目を伏せた。真二は自分も食事に手を付けつつ、ちらっと碧を見る。


「ま……、喧嘩の原因は俺たちの方にも責任がある。舞香が焦っていたのを知っていながら、何もせずにいたんだからな。それに、失踪した生徒が友達だったんだ。考えてみれば、焦るなという方が無理だよな」


 それは初耳だった。舞香の様子がどこか殺気めいた苛立ちを放っていたのは、その為だったのだろう。「さようなら」と碧に投げかけた時のあの顔。

 一番信頼して欲しかった相手に、突き放された悲しみと怒りに満ちていた。見せつけるように顕にしたあの感情は、呪詛のように碧を蝕んでいる。元の関係に戻さない限りは、永遠に解けないだろう。



「……碧」


 一真はフォークを置き、碧の目を見た。内側から湧いてきたのは行動を促す炎だ。その活気に身を委ねつつ、一真は告げた。既にすると決めたことを。碧と舞香の仲を再び、取り戻すために。


「明日、岡見学園に行こう。怪異を解決すれば、また舞香と仲直り出来るチャンスは出来る」


 碧は驚いたように、一真を見ている。真二が一真の肩が外れそうなくらいに、思いっきり叩く。よく言ったというように。氷雨もにこりと微笑み、碧の肩に手を置いた。


「“話”は通してあるから、行きなさい」


 それがどういう意味なのか、一真には一瞬わからなかった。一真が岡見学園を見学するという話だろうか。簡単に通るとは思っていなかっただけに、驚くと共に氷雨の交渉力の高さが窺い知れた。


「舞香の方は私と日向が探す」すかさず言ったのは、月だ。

「明日は学校だろ、月?」一真がにやっと悪戯っぽく笑むと、月はしれっと答えた。


「休めば……いいよ」


 友人の姉妹の絆の危機とあれば、容易い。元々、月は成績も良く、教師からの(英語と情報の先生は除く)評価も高い方だ。

 一日風邪で休むと言っても、深く問い質しはしないだろう。問題は、一真の方だが――多少うるさく言われても我慢しようと、心に決める。

 碧は上げた顔をまた下げた。長い髪に沈み込むように。声も出せず、その肩が小さく震えていた。


 締め付け、堰き止めていた物が噴き出すのを、抑え込むように胸に手を当てて押すが、無駄だった。じわっと流れ出るように涙が零れ落ちる。


 彩弓がその背中をさすり、「ほらほら」と、氷雨がハンカチを差し出す。拭っても拭っても、涙は止まらなかったが、それでも碧は顔を上げた。


「ありがとう、みんな」


 それだけ、その一言で、一真も月も皆、彼女を助けようと思える。蛟の言っていた信頼とは、この何気ないやり取りで生まれるものなのかもしれない。碧はようやく、料理に手を付け始めた。その様子をコックもとい真二が何やら考え込むように見つめている。その思考の一部が口から洩れた。


「ふーむ、やっぱし、うちの娘の婿として迎えたいな」

「へ?」


 一真の思考が止まる。直後、月と碧とそして何故か蒼の握っていたフォークが、グシャと言う音ともに砕けた。

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