三
†††
「心肺しないで「
それが月から一真に着たメールだった。変換機能を上手く使えていないらしい。タッチ式のスマートフォンじゃあるまいし、何をどうしたらそこまで間違えられるのか、分からないが、とりあえずは彼女を信じる事にした。教室に戻ると、月のロッカーに置かれていた荷物が無くなっており、担任の秋原からは、具合が悪くなったから早退したという事だけが伝えられた。
――また、なにか事件か?
と一真は思う。学校を早退してまでの用事となると、その類だろう。一真を呼ばなかったのは、メール通り大したことじゃないのか、或いはその逆が全くないとも言えないが……。
帰りのHRが終わるまで、気が散って仕方が無かったが、終わると同時に、携帯が鳴った。着信の画面にはヨウと表示されていた。五月の頃に偶然知り合ったはぐれ陰陽師の青年で、何かと色々な事を教えてくれる兄貴的存在だ。が、出ると同時に聞こえたのは青年の成熟した男の声ではなく、鈴を鳴らしたかのような綺麗な、しかし何故か戸惑った声だった。
『き、聞こえる?』
「えっと……はい」
第一声が「聞こえる?」は失礼じゃあるまいかと思いつつも、答える。電話の向こうで一瞬咳払い。ヨウの笑い声が電話向こうで聞こえた。
『失礼、碧です』
「あ、碧か。なんだ? どうした? ヨウさんの携帯なんか借りて」
『こんなの携帯と言えないわ――て、そうじゃなくて。今日暇よね』
なんだか、月の機械音痴に通じるような言葉が聞こえたが、そこにはあえて突っ込まない。
「なんで、俺の予定を知っているんだよ。暇だけどさ。部活ないし」
『栃煌高校の近くにある喫茶店は知ってる?――うん、そうそこに来て頂戴。ちょっと相談したい事があるから』
そして、今に至る。碧が指定した喫茶店はドーナッツが売りの小さな店だ。店の奥の方に碧はいた。いつもの巫女装束ではなく、私服。ワンピースに薄めの上着を羽織っている。
その隣には何故か、彩弓の姿もあった。桃色のランドセルをソファの上において足をぶらぶらさせ、すっかり小学生ですといった感じだ。
一真の姿を認めると、彩弓はぶんぶんと手を振り、輪っかに結ばれた髪をもパタパタと振り乱して、招いた。碧の方はというと、背を向けたままだ。変にプライドの高いところがあるその少女の姿に苦笑しつつ、一真は席に向かった。
「よ、今日はまたどうしたんだ?」
「とりあえず、座って」と碧は彩弓の隣の席を指差した。腰を落ち着けるや否や、隣の彩弓がじゃれついてくる。
「ねー、おにいちゃん。今日はうち家で夕食食べてってよー!」
「あー、ごめん。今日はちょっと……」と、一真は無邪気かつ無防備な少女の体をさりげなく引き剥がしながら断る。どぎまぎとする心を見透かしたように、碧がため息をついた。
「このろりこんめ」
「えぇ!? い、いや、違うだろ!」
「ろりこんって何?」
彩弓がすかさず聞くと、二人とも黙り込んでしまった。流石に今のやり取りは小学生の教育上よろしくないと思ったか、碧は咳払いを一つ。そして、話題を変える。
「何か頼む? 奢るわよ」
「いや、いい。それよりも本題に入ってくれないか」
一真の緊迫した面持ちに、碧は一瞬戸惑い、それから何かに気が付いたように聞いた。
「もしかして、月辺りから何か聞いた?」
「いんや、何も。ただ、“何も言わないから、何かある”なと思っただけだ」
月の携帯に掛かった舞香からの着信、月の突然の早退、そして碧から呼び出された。いかに察しが悪い自分でも、気が付くと一真は内心で苦笑した。
彩弓は、話の雰囲気から何か悪い事が起きようとしていることを察してか、不安そうな表情で二人の顔を見比べている。その頭を優しく撫でる。
「成程ね。月は優秀だけど、そこらへんどこか抜けているからね」
確かに、と一真は笑う。表情に乏しいように見えて、実際にはかなり豊かだ。彼女の感情を押し隠しているのは、主に彼女自身が持つ、生まれながらにしての特性によるところが大きい。
「何か、あったのか? 舞香に」
「舞香には何も起きていないわ。私がわかる範囲ではね……でも、ただいま家出中」
「……え?」
一真は驚いて思わず聞き返した。
――あの舞香が?
あのマイペースで、いつものんびりとした顔が浮かび、一真は何かの間違いではないかと表情で問う。すると、碧は懐から一枚の紙切れを出して、テーブルの上に置いた。
『ちょっと、雨の散歩に出ます。探さないでね――まいか』
可愛い筆跡でそう書いてあった。なんだ、家出ではないじゃないか。一真は少し安堵して、それから碧の顔を見て硬直した。
「……その書置きが朝。そして未だに帰ってこない」
真冬の川にでも飛び込んだかのように、碧の顔からは血の気が引いていた。ただでさえ白い肌が青白い。唇がわなわなと震えていた。一見して怒っているのか、心配のあまり泣き出しそうになっているのか判別がつかない。もしかしたら、その二つを内包しているのかもしれない。実に厄介な類の感情であることは確かだ。
「い、いや、でも、ただの散歩なんだろ?」
「朝の五時から夕方の四時までかかる散歩なんて考えられる? ただの散歩に書置きを残す?」
「あ……」
その言葉は確かに正論だった。もしも、花音が同じことをしたら同じことを思うだろう。どこか他人行儀だった自分を反省し、一真は改めて書き残しのメモを見た。ふと体勢を変えたら、彩弓のランドセルが肘に当たる。そこで、一真は思い出したように聞いた。
「なぁ、お前、今日学校は?」
舞香が心配で休んだのだろうかとも思ったが、碧からの返答は違った。
「今日はお休みなのよ。ちょっと事件があってね……」
含みのあるその言葉は、それが本題だということを示していた。一真が表情を引き締めるのを見て取って、碧は話し始めた。
「まずは、そこから話した方が良さそうね?」
「あぁ、頼む」
碧は辺りに視線をやった。店は混み合っているわけでもないが、この雨を避けて入店する客も決して少なくない。彼女は懐から四枚の護符を取り出すと、机の隅の角にそれを置いた。口の中で何やら小さく呟き、九字を切る。
すると、急に雨の音が大きくなった――いや、逆だ。店の喧騒が、テレビのボリュームをミュートにしたかのように消えたのだ。
「たったいま、この席は外の世界から隔離されたわ。話が終わるまで出ないでね。これ簡易式だから、ちょっとしたことで破れるの」
他人に聞かれない為の措置。少し過剰な気もするが、誰かに聞かれたい話でもない。彩弓は、別段この現象に驚きも疑問も感じてはいないようで、コップの中のジュースをストローで吸いつくしてやろうと躍起になっていた。
「碧お姉ちゃん、そんなに一真おにーちゃんと一緒にいるのを見られたくないの?」
氷についたジュースの水滴をストローでズルズルと吸いつつ、彩弓が口を挟んだ。ポカンとわけがわからずに、一真が碧の方を見ると、碧は小さな声で彩弓を咎めた。
「しっ! 余計な事、言わないのよ」
「え、おい?」と一真は少し不安になりながら、訊ねた。
碧は厳しい性格だとは思っていたが、一緒にいるのを見られるのが嫌なくらいに、嫌われているのかと思うと複雑な気持ちだ。
「その……、別にあなたを憎んでいるとか、一緒にいると反吐が出そうとかってわけじゃないのよ?」
「……あのさ、実は俺相当嫌われてない?」
柔らかなソファの底に埋まりたくなるくらいに、沈む。碧は流石に言いすぎたというような戸惑った声で、付け加えた。
「その……、カップルだと思われたくないの」
「あ、あぁ……それで彩弓を連れてきたのか」
これなら、三姉弟(ある意味両手に花)位にしか見えないだろう。
――しかし、これは単に俺が鈍感なのか? ちょっと、意識しすぎじゃねぇか?
「私は、吉備家の長女、どこぞの誰かが見て、あらぬ疑いを掛けられるわけにはいかないの。…………それに友達にも見られたくないし」
最後の言葉はごにょごにょとしていて、よく聞きとれなかった。奥手というよりは、家の責任が重く圧し掛かっているようで、息苦しくはないかと一真は思う。
だが、それを指摘するのは無粋過ぎる。一真の沈黙を嫌悪と取ってか、碧は気まずそうに顔を背けた。
「……ま、そりゃそうだよな。男とか、周りにいるやつってのは、変に期待するようなところがあるからな」
――男は馬鹿みたいに期待する。実に苦々しく、記憶を掘り返すだけで耳から湯気が出そうな話ではあるのだが一真にも経験がある。そして周りというのは、碧と舞香への皮肉でもある。
この姉妹、一真と一緒にいる時は意識的に距離を取ろうとするのだが、月を積極的に一真に近づけようとしたり、二人きりにしようとする。いつもは清楚で大和撫子然としている碧も、このことに関してはどこか熱っぽい。一真は確かに月のことが好きだ。ただ、過去の痛々しい思い出も手伝って、一歩引いた形で普段は月と接するように、自分で加減を心掛けていた――つもりだ。
「で、話を戻そうか」
頭から振り払うように、一真は首を振る。ようやく上がった碧の顔にも、真剣にも似た鋭さが戻っていた。彩弓だけが、まだ何か言いたそうに体を揺すっていたが、二人とも気が付いていないふりをした。
「私と舞香が通っている岡見女子学園については知ってる?」
「え、あぁーあんまし……あ、もしかして剣道が強いとこ?」
「あら、どこで知ったの?」
単なる勘。さっき愛沙の言っていた女子校が、岡見女子学園なのかと連想しただけだ。
「詳しくはないけど」
「確かに強いわよ。あの先生がとてつもなく強くて――それはさておき、その学園でね」
どこか含みのある言葉が気になったが、それを深く聞ける雰囲気ではない。
「怪異が起きているかもしれない」
「かもしれない?」
表情に反して、その言葉は、かなり曖昧だ。思わず聞き返す一真に、碧はこくりと頷いた。冗談を言っている風ではない。そもそも、彼女が冗談を言う姿なんて想像はできないが。碧は横を向いて何やら、自分の鞄の中に手を伸ばした。ちらっと見えた中身は一真のそれと違い、整然と本やファイルが並んでおり、中に入ってる資料やらは折り目ひとつなく、一真は少し恥ずかしくなった。
「これがなんだか知ってるわよね?」
取り出したのはカードケースのようだった。中から出てきたのは、何やら漢字が色々と書き込まれたカード類。一瞬、護符の類かとも思ったが、それらは印刷品、更に言えば使われている紙の材質は和紙の類ではなく、一般の画用紙のようだった。
小学生の頃、同級生と一緒に作ったオリジナルのカードゲームが、思い浮かぶ。あれに比べれば、幾分か小綺麗だがそれに近い。一真は手渡されるままに、カードに書かれた漢字を読み上げていく。
「なんだ? 大陰とかこれは白虎て書いてある……あっ」
白虎。浮かんだのは海馬。数週間前に共闘した四神の陰陽師。ほかにも朱雀だの青竜だの玄武だのと書かれている。裏には東西南北の方角が書かれていた。文字の色がカードによって違う事にも一真は気が付いたが、それが何を意味するのかまでは分からない。
「いわゆる占い用グッズ。ちょっと前から、うちでブームになっていたのよ」
「なっていた」つまり今は違うのだろうかと思っていると、今度は何やら将棋の盤のような物を取り出した。が、違う。
それは六壬式盤と呼ばれる卜部に必要とされる盤だ。盤の周りに書かれた文字の幾つかは読めたが、全部は無理だ。そもそも、これで何をどう占うのか等の専門的な事は一真にもわからない。
「二十八宿、十干、十二支、四隅の八卦も堪の十二月将も書かれてる……けど、それを全部きちんと理解して使ってた子は一人もいなかったわね。中にはコックリさん始める人もいたし」
「て……まさか、このちんぷんかんぷんな式盤も流行ったのか?」
思わずというように口に出してしまってから、しまったと思う。案の定、碧は見る見るうちに表情を冷ややかにさせた。
「ちんぷんかんぷんね……一応一通り教えたつもりだったのに」
「その、スミマセン」
二十八宿だとか、干支だとか、八卦だとか、覚えてみようとはしたが、覚えられたのは名称位なもので、それを使って占術をしてみろと言われると、もう無理だ。
未来からは陰陽師オタクだなんだと言われてきたが、これはただ知識があれば出来るという程、容易くは無い。
「式磐は皆すぐに飽きて、カードの方に戻る人が殆どだったわね。で、今一番ブームはこれ」
式磐の上に放り出されたのは、人の形に切られた和紙だった。一真はそれが何なのか、直感的に感じ取った。
――形代
自らに憑いた邪気――穢れを祓い清める為の霊具。だが、これは使い方次第では呪詛の道具にも成りうる。一番有名なのは『亥の刻参り』
人間の身体の一部を使って作った形代を傷つけると、呪いたい対象の人間に全く同じ傷をつける事が出来る。釘を頭に穿てば、頭蓋が割れるような頭痛を与えられ、湯釜に落とせば、全身に火傷を負わせる事も出来る。
果たして、岡見学園の乙女達の間で流行ったのは、どちらだろう。
「これにある人の髪の毛を巻きつけるの」
「おいおい、呪詛の掛け合いが流行りなのかよ……」
背筋が凍りつきそうになるが、碧は最後まで聞きなさいというように、首を振った。
「ここから先がなんというか……、我が校の女子流に変えられているというか……、まったくよく思いつくものと思うのだけどね。巻き付けた髪に口づけすると、恋が叶うんだそうよ」
「……は?」
目が点になる一真に、彩弓が無邪気に教える。
「恋が叶うってつまり、好きな人と結ばれるってことだよ」
「いや、それは分かってる……そうじゃなくてだな、本来の用途は呪詛だろ……?」
こくりと碧は頷く。そんなことは彼女は分かり切っている。知識云々以前の問題として、霊能力者達にとっての常識、前提。女子高生達はそれを、突拍子も無い発想でもって崩したと言っていいだろう。ちょっと考え付きそうにない。
「ま、形代の身に起きた事は呪詛対象である人間にも起こるわけだから、まるっきりの頓珍漢な術ではないわね」
それの何が面白いんだかはさっぱりだけど、と碧は身も蓋もなく切り捨てるように呟き、窓の外へ視線を移す。確かに、と一真も心内で同意した。
付け加えるなら、不気味ですらある。その本人にではなく、人形を相手に恋のままごととは。だが、同時に何故そんな行為に及ぶかは、なんとなく想像が出来た。
――恋が叶う、ね
本来であれば、自力で或いは他人の力を借りるという者もいるだろうが、本人の意志でどうにかしようとするのが普通だろう。けれども、人の世と言うのは儘ならない事も多々ある。
相手に既に恋人がいるとか、相手が自分をどうしても好きにはなれない等々、恋一つを取っても千差万別な事情があり、奇跡でも起きない限り結ばれないのではと、恋する本人は思うもの。ならば、超常的な現象でもって、願いを叶えればいいという思考に辿りついてしまうのは、ある意味で自然なのかもしれない。
「けど、まだ話がみえないな……それがどう『事件』に繋がるんだ?」
「そうね、それがまだ分からないところ」
あっさりと認めた。なんだかそれが無性に、むず痒い。怪異が起きているかもしれないという先程の言い方もそうだが、これまでの出来事に関しても怪異が起きているという断定には至らない。大体、怪しげな占い等であれば、岡見学園の女子に限らず、日本中いや、世界中のどこかでされている筈で、それがそのまま怪異に繋がってしまうのであれば、陰陽師がいくらいても足りないだろう。
――そういや、日本以外の国では怪異ってあるのか?
ふと、浮かんだ疑問は碧の言葉によって断ち切られた。
「――で、三日前。一人の女子生徒が消えた」
「……………」
絶句――、何か言葉を返そうとする口は、パクパクと空気を出し入れするだけで、何も紡がなかった。
突拍子が無さ過ぎて、恐ろしいとか怖いとか言った感情が出てこない。小説のページを飛ばして読んだ時の違和感に似ている。この話には何かが欠けていて、恐らくそれこそが鍵なのだろう。そして、碧はその鍵をまだ見つけられずにいる。
「消えた理由が分からないが、怪異の可能性が高い……という話か?」
「中々、勘が鋭いわね。つまりはそういうことよ」
貴重な褒め言葉だったが、その表情はどこか上の空だった。ガラスに映る自分のどこか沈んだ顔すらも見えていないようだ。
「舞香は、これが怪異だと確信しているみたいだけどね」
「それで、今日の家出か……確かに、お前が取り乱す気持ちも分かるな」
えっ、と碧は意表を突かれてか、慌てて窓から視線を戻した。そこにいつもの毅然とした態度は何処にも無かった。
素の表情を、不覚にも可愛いと思ってしまった一真は顔をさりげなく逸らして、無言の問いに答える。
「いつもとどこか調子が違うことくらい、俺だって分かるさ。お前、焦ってるんだろ? 自分が通ってる学校で何か得体の知れない事件が起きていて、それに妹が巻き込まれているかもしれないと」
「あなたはもっと、鈍感な男だと思ってたわ」
その表情が少し和らいだ気がした。いつものどこか大人びた雰囲気は、無意識の内に、気を張って出来たものなのだろうかとも思う。
「ま、それはさておき。その女子生徒なんだけど、名は吉田夏樹。舞香の友達よ」
「……、成程な。それで舞香も必死になっていると」
頷くかと思ったが、碧はどこか考え込むように、ほっそりとした顎に手を当てた。否定ではない。まだ、何かあると言った感じで、
「確かに必死ね。でも、それだけじゃない。舞香のあの表情は――なんだか、あれは……そう、罪の意識に苛まれているかのようだったわ」
「罪って……あいつが何かしたせいで、その女の子がいなくなったていうのか?」
分からないというように碧は、首を振った。そう、分かっていたら、こうして悩む事もないだろう。気が付けば、分かっていることよりも、分からないことの方が多い。
「それも含めて、これから調べていく必要があるわ」
「で……、俺を今日ここに呼んで事情を話した理由ってのは」
「勿論、あなたに協力して貰いたいから」
当然でしょといった風に、碧は澄ましているが、一真の頭には疑問しか浮かばなかった。
「なんで、俺なんだ? そもそも、調査って……あ、もしかして陰の界での調査か? あ、いや、それにしたってもっと適任がいるだろ。春日家の皆とか、お前のお父さんお母さんとか」
刀真、蒼の春日夫婦はどちらも、陰陽寮内では恐ろしい程に腕が立つとも聞いている。それに言うまでも無く、一騎当千の月だっている。戦いになるとは限らないが、少なくともつい最近、身固めだのちょっとした遠隔力場の術を習得した一真よりかは、ずっと霊的な勘も鋭い筈だ。
「調査は現実の世界で。それと、あなたが今挙げた人達に協力して貰うのは難しいわね。陰陽寮所属の霊術者が五人も陰陽寮の許可なく、岡見を調べまわす事は許されないわ」
確かに、いきなり上り込んで調べ出したら、学園の人達に怪しまれるだろう。が、碧の口振りはそういう事を心配しているのとは、少し違う気がした。だが、そこにはあえて触れず、現実に彼女がどうするつもりなのかを聞くことにする。
「だけど、すんなりと入れてはくれないだろ?」
「岡見は私立の高校。入学希望者を無碍には出来ないわ」
「入学……希望って」
えっと、一真は思わず身を引く。手段を択ばない程に切羽詰まっているのだろうか。鞄から可愛らしいセーラー服でも出してきて「女装させれば大丈夫よ」とか言い出すんじゃなかろうか。思わず、一真は逃走ルートを確認してしまう。
「あなた、確か妹さんいるでしょ。花音さん。あの人が入学を希望しているという体で、あなたは学校の下見をしに来たということにすれば」
碧の至って普通――女装して潜入よりかは、だが――の策に一真はぽかんと口を開けた。
「え? あ、あぁ……そういうことね」
「……一体、何を想像したのよ」
「いや、ゴメン。でもさ、そんな理由で入れるのか? 突然そんな事を言ったって入れてくれないだろ。それにそんな勝手な事言って、花音のやつが聞いたら怒るぞ」
「耳に入らなければいいのよ。それと、そうね。確かに突然来て、いきなり見学許可が下りるかは微妙なところね。でも、もう一ついい策があるわ」
流石、と一真は今度は素直に次の言葉を待った。そして、碧は打開策となる一手を告げた。
「沖一真、あなた――私の家族になりなさい」
思考が止まった。その場にいた全員――碧でさえも――固まった。雨の音がどこかここではない遠くの出来事のように、聞こえる。
「えっと、碧さん? 仰っている意味がわからんのですが?」




