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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
102/234

†††

 雨と出会いには何か深い関係があるのだろうかと吉備碧は思いつつ、外を眺めていた。縁雫などという言葉があるくらいだし、きっとあるのだろうと思い直し、拝殿前の階段に腰掛ける。

 赤い緋袴に橙色の巫女装束、翡翠のような長い美しい髪は背中の位置で束ねられている。その顔は凛とした芯の強さを感じさせる美しさがある一方で、どこか冷たい印象を人に与える。実際には彼女は冷たいどころか、お節介な面が強い。



――出会い、例えば、はぐれ陰陽師とその式神との出会いとか


「お、おう。また、バンクでありんす。しかも使い回し。しかし、格好いいことに変わりはないので……」


 その式神のうちの一人(一匹? 因みに雌)は、なぜかロボット物のアニメが好きというわけわからん趣味を持っていて、この場の雰囲気をいい具合にぶち壊してくれている。

 ついでに言えば、拝殿のすぐ傍でワンセグテレビを見るのは遠慮願いたい。似たり寄ったりなロボットが互いに撃ち合って、その中にいるパイロットだか何だかが、意味深な言葉の応酬をし合っているのがこちらにまで聞こえてくる。

 その使い手である陰陽師の青年は、長身、蓬髪、瓶底のように分厚い眼鏡。着ているのはよれよれのYシャツに薄汚れたチノパン。

 世間一般が抱く陰陽師のイメージとは、大分かけ離れている外見だった。それもある意味当たり前、彼はどこかの組織に属しているでもなく、身に着けた術や知識はすべて独学の、はぐれ陰陽師なのだから。

 水無瀬鷹介というのが本名だが、わけあってヨウという偽名を使う事が多い。式神達からは、ニシパ(兄貴とか旦那みたいな意味合いだ)等と呼ばれていたりと、碧としては彼をなんと呼べばいいのか分からなかった。

 その式神達は遠く北の地、アイヌの生まれであるというから、また変わっている。

 中原影夜との戦い――魂呼ばいの怪等と呼ばれている――の前後あたりから何かと栃煌神社と関わりを持つようになった。今日は別に何か用事があるというわけではなく、単に雨宿りをしたいが為に立ち寄ったようである。


「すまんな。こいつ三日前から見たい見たいって言っていたもんだから」

「余所で見ればいいじゃないですか」

「いや、なぁ。銀狐連れてネットカフェ入るわけにもいかんし」


 それはそうだと思う一方で、狐なのだから人化くらい容易いだろうとも思う。ふうっと溜息をつき碧は銀狐のなめらかな毛を撫でた。が、銀狐は気持ちよさそうにするどころか、ぐいっと顔を上げて文句を垂らした。


「あちきの気が散るんでやめてもらえませんかね?」


――ムカ。碧の目の下が痙攣した。その背後からぬうっと出たのはみずちだ。蛇と龍の間に位置する水神。「水の主」が転じて蛟になったとも言われている。

 その蛟がゆっくりと咢を開いた。一喝でもするのかと思ったが、彼女の式は至って穏やかな調子だった。


「すまなかったな。彼女は動物が好きなのだ」

「黒、よけいな事言わない」


 ぺしっとその頭を叩く。黒というのはその蛟の名前であるのだが、別段体が黒いというわけではない。

 外で降る雨のように透き通るような銀色だった。見た目はその色さえ気にしなければ、ただの蛇にしか見えない。その後ろから似たようなのが四匹ぞろぞろと出てくる。


「ふむ、まずかったかな?」「別段」「おかしいことは」「言っておらんだろうに」


 四つの頭がリレーのように繋げて言った。青、赤、白、黄の四頭だが、いずれも同じ銀色。ぐわっと銀狐の式が頭を上げた。


「うるさいでありんす!」

「チロ、ちょっとは遠慮というもんを覚えろ」


 ぺしっとヨウがその頭を叩いて黙らせる。唐突にその横に銀の光が生まれる。それは人の形を作ったかと思うと次の瞬間には、一人の少女がそこにいた。

 銀髪のツインテールで、その容姿は碧と比べると幼い。童顔と言っていいだろう。彼女もまた、ヨウの式のうちの一人だ。名前は確かサク。原身は龍であると碧は聞いていた。

 彼女は碧と全く同じ巫女装束に身を包んでいたが、別段驚くことでもない。

 式神の多くは人化する際、自分のイメージに合わせて服を自在に変える。


「ここに特に用もないのに、雨宿りしにきた挙句、式にテレビ見せるの許してる時点で、遠慮も何もないと思うけどね」


 全くもって容赦がない。だが、彼女の遠慮のなさは術者への愛の裏返しとも取れる。この男、彼女らだけでなく他にも式神を何体か連れている。合わせて五体の式神達は、とある妖刀を扱う為に必要なものであるとのことらしいのだが。


――慕われているのね


 碧は式神の二人、とくにサクの方を見て思う。


「そういえば、妹さん達はどうしてる?」


 今まさに考えていた事をヨウに問われて、碧はわずかにたじろいだ。


「彩弓は今、小学校に。舞香は……今日は学園は休みだといのに、どこにいるのやら」

「なんだ? 家出でもしたのか?」


 碧は話すべきかどうかと、逡巡する。そんな彼女にヨウはカラカラと笑った。


「何、うちの妹が心配してたからさ、気になって聞いてみただけだ」

「妹さん」


 秋月神社――栃煌神社の春日家とは対となる――の水無瀬神楽は、ヨウの妹で碧や舞香と同じく物の怪の討伐を生業とし、陰と陽の界の秩序を保つ役目を負った若き巫陰陽師だった。


「お気遣いは感謝します。ですが……、これは私達姉妹の問題」

「妹から聞いた話だと、大変な事になっているそうじゃないか?」


 碧は言葉に詰まり、それから神楽の迂闊さを呪った。部外者には決して話すなと伝えておいたというのに。ヨウはその話しぶりからすると、すべてを知っているらしい。


「ま、俺に話してもらっても、気休め程度の言葉しか掛けられそうにないけどなぁ。何しろ、物理的に手出しが不可能なところだし」


 私立岡見学園、それが吉備姉妹そして神楽の通う「花の園」だった。女子校であり、男子禁制。ヨウみたいな恰好の男が入り込んだら、きゃー変態と罵られて袋叩きにされた挙句、警察署に直行だろう。冗談抜きにそういうことをしかねない学園であった。ヨウはその事を言っているのだろう。

 特に期待はしていなかった碧は落胆もしなかったが、「だが」というヨウの付け足しに怪訝な表情になる。


「代わりと言ってはなんだが、一つ助言しておこうか。一真君に相談してみろ」

「……はぁ!?」


 あんぐりと開いた口から思わず出た素っ頓狂な声に、ヨウだけでなく彼の式神も、蛟もびくっと体を逸らした。赤面しながら碧は、慌てて袖で口を抑え込んだ。


「い、いや、びっくりするとは思っていたが、これ程とは思わなかったぞ」

「その……すみません」


 意外だったからというだけの理由ではなかった。碧は胸の動悸を抑えながら謝った。別に色恋沙汰が絡んだとかではない。ついこの間の事だ。

 碧は一真を鍛えるのを止めた。別に、彼が不熱心だったからという理由ではない。不熱心ならば、その根性ごと叩きのめし、もとい叩き直せばいいだけの話だ。

 そうではなく、碧は彩弓の方を鍛えるのに、かかりきりとなってしまったというだけの話だ。

 戦いを教え込むのではない。彼女が持つ強大な力――夢を通して人と繋がる力だ――をいかに抑えるかその鍛錬である。その為に一真の修行はお預け状態となっている。

 そのせいか知らないが、一真はあれから少し弛んでいる気がした。叩きのめ――直すにしても、碧にはその暇が無い。

 影夜との一件で、彼はまた一段と強くなったと碧は思っている。だが、つけた力というのは日々の鍛練でもって、保ち続けなければならない。大きな敵を倒せたことで慢心してしまう術者は多い。


――と、何が言いたいのかっていうと、慢心中の彼に何か頼みごとなんかしたら、ますます思い上がるんじゃないかって事なんだけど


 心の中で挙げた理屈以上に、私情が入り込んでいるという事には碧は気づかない。その複雑な心情の奥まで察したのかしてないのか、ヨウは念を押すように確認した。


「あいつは、いいやつだし、ほらあんまり事情について深くツッコんでくる奴でもない。相談する相手としてはふさわしい。違うか?」

「そうですね……い、いや。私が、私が解決すれば済む話です! 第一、彼は男で、どのみち学園内には……」

「意地を張りなさんな。その男性禁制の面にしても、やりようはあるだろうて」


 息巻いて立ち上がる碧の肩が、見えない手に抑え込まれるように落ちた。なんだか酷く自分が子どもっぽく見える。ヨウが腹を捩じらせて笑った。その猫背を蹴り飛ばしたい衝動を抑え、碧は未だロボットアニメを見続ける(これで三回目だ)チロからスマートフォンを取り上げた。


「あぁああ!! あちきの、あちきの生きる喜びが!!」

「……銀狐の生きる喜びがロボットアニメ観賞ってどうなの? ヨウさん借りますね。私、彼の連絡先知らないので」


 にっこりとほほ笑んで「頼む」と、ヨウはかくかくと頷いた。このはぐれ陰陽師と一真は、何故だかやたらと親しい。皆の兄貴的なところがあるヨウを一真は頼っているのだろう。それがなんだか分からないが、碧は少し腹立たしい。


 スマートフォンを手に取り、しかし碧は硬直した。彼女は決して機械音痴というわけではない。むしろ呑み込みは早い方だ。触れた機械を片っ端から原因不明の故障で壊したりだとか、そんなベタだが性質の悪い、マンガみたいな展開に持っていってしまうような少女ではない。


――ただ


「ヨウさん、この機械」

「ん、どうした?」


――ただ



「ボタンがありません」

「……え、えっとだな」


――機械への認識が、世間一般と比べて十年程遅れているというだけの話だ



†††

「うっ……うー……」


 長く清廉な黒髪と日焼けを知らない雪のような肌の制服姿の少女は、唸っているんだか、泣いているのだか分からない声を漏らしていた。

 その横を歩く同じく栃煌高校の制服を着た少年は、対照的で、髪はカールが掛かったように奔放に伸び、肌は夏の砂浜のように仄かに日に焼けしていた。少年――一真は隣を歩く少女――月よりも背が少し高い。今年の春にまた背が伸びたという事もあるが、最後に床屋に言った日から大分日が経ったせいもある。ただでさえ真っ直ぐにならない髪の毛の分が上乗せされているわけだ。

 泣いている女の子を前にして、一真はどうすることも出来なかった。

 性質が悪い。としか言いようのない事件あるいは事故だった。沖一真は、後にそう振り返る。それは栃煌高校の中、情報の授業の時に起きた。PCルームでのPCを使った授業。自分で何か調べるものを決め、プレゼンテーションを行うという内容で、これまで何時間か積み重ねてき、今日はその大詰めだった。

 一真は民俗学をテーマにして発表し――身近に詳しい人間というか、もはや生きる民俗学みたいな人がわんさかいるおかげで、一番楽だったし、丁度いい機会だとも思った――ある程度成功した。この手の発表というのは、最後まで無事に言い終えられれば成功とみていいのだ。

 問題はそのあとの月の発表だった。彼女の事を深く知る人間であれば、察しがつくだろうが、彼女が出したテーマは「卵料理の可能性」という壮大なんだか、小さいんだか、何だかよく分からないテーマであった(クラスの何人かは、陰陽師をテーマにすると思ったようだが、甘い)

 その発表が始まろうかといった所だった。月は、パソコンの操作を誤った。ただ、何をどう間違えたのかは先生にもPCルームの管理者にも分からなかった。分かったのは、一真を含め皆のPCの画面全体が卵の画像に浸食されたということだけだ。

 キーボードのどのボタンを押そうが、マウスを動かしてみようが、消えてくれない画面というのは、さながらホラー映画のようで、恐ろしかった。

 月が機械音痴だというのは、情報の授業を受けた時から察してはいた。そもそも彼女は、自分の携帯ですらまともに扱えないのだから、ある程度予想はできたのだが……。あくまでも、今までは常識の範囲内での『わからない』であった。ここにきて超常現象が起きたのは一体なんなのか。


「き、緊張のせいで……」

「毎度毎度PCの知識で笑われていたせいで、緊張したのは分かるけどさ……、それでああなるか?」

「も、もういい! ぱそこんなんて触らない!」


 そんなことで、月はすっかりいじけてしまっている。どうでもいいが、月の発するパソコンの発音が、一真の脳内では平仮名に変換されてしまう。

 さて、どうしたものかと一真は考える。

 物の怪相手では、殆ど敵なしと言っても過言ではない彼女だが、こと機械関連の事と英語では壊滅的なぽんこつぷりを発揮する。

 この前行われた中間テストでも、英語だけが赤点ぎりぎり(一真と碧の二人掛かりの家庭教師がついたにも関わらず)だったりした。

 因みに一真は国語と社会と英語以外はほぼ赤点だった。ほぼ完全に文系脳だなと自分でも確信し、割り切って――というよりも、開き直っているところがある。

 だが、月はこれでも相当に真面目なところがある。苦手を苦手のまま良しとしない真面目さが。だから、下手に慰めると更に怒らせる可能性があった。今はもう触らない等と言ってはいるが、やがてまた立ち上がる事だろう……。


「十分後には皆もとに戻ったんだし、そんなに気にすることじゃないだろ?」


 ただし、直った原因も不明ではあるが。


「そ、そういう問題じゃない……」


 これ以上触れると泣き出しかねない。というか、目尻から雫が飛んだのを一真は見逃さなかった。話題を変えるべきか、だが、あからさまな方向変換もそれで気まずい。結局、一真は自分の発表について講評を得ることにした。


「さっきの俺の発表はどうだった? あれで合ってたか?」


 一真があの授業で記事にしたのは、栃煌神社の事だった。丁度いい機会だし調べておこうと考えていたからだ。無論、発表で出したのは、祭られている主神や言い伝えや昔話、どういった経緯で栃煌神社が建立されたか等のいわば表向きに伝えられている事ばかりなのだが。

 その中でも特に一真は言い伝え、伝承に重点を置いた。ただ、言い伝えというのは、何かしらの事実が基になっているか、隠されている事が多い。


「一真は合っていたと思う?」


 聞かれて、一真はそうだなと、足を止める。周りに誰もいない事を確認し、彼は自分のメモに目を落とした。そこには栃煌神社に関することが書き込まれていた。――栃煌神社、この呼び名も正確ではない。栃煌市に場所を移したから変えたに過ぎない。


「春日神社――西方の泰山村の憑贄祭よるにえさい伝説。どれも陰陽少女の起源に関すること……だろ?」


 月は答えなかった。もしかしたら、あまり触れられて欲しくない話題だったのかもしれないとも思う。一真がここまで調べたのは、単なる興味本位からではなかった。

 春日月は、世界の秩序を保つ者。生と死の境を分かち、光と影に線を引くもの――それをなんと表現するかは、重要ではない――陰陽師である。

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