第七章:親〜気持ち
4月になり、僕は新しい世界に足を踏み入れる。必死に勉強して入学を決めた専門学校だ。そこは介護福祉の専攻で盲学校や聾学校の教諭資格も取得することが出来る。今日はその専門学校の入学式なのだ。彼女と会えなくなって1ヶ月以上が過ぎ、それでも時間は止まることを許してはくれないんだ。
「舞さんと会うのはやめます。」
そう告げた日から僕の時間は止まったままなのに…。
長ったらしい入学式が終わると、入学の資料やクラス分けの紙、学生証などが入った大きい封筒を受け取り、その日はそれだけで終わった。僕の両親は僕が介護の専門学校に行くのをとても喜んだ。でもそれを志した理由を聞いてからあまり両親との会話はなくなっていた。志した理由…それは彼女だった。
家へ帰ると珍しく父親がいた。
「太一、入学式はどうだった?人はたくさんいたか?」
父親がそう言うと僕は 「あぁ。」
そう答えた。すると父親が
「あの全盲の子とは会ってないのか?」
親の方から彼女の話をするのは初めてだった。
「あぁ。もう会うなって彼女の母親にね。」
僕は忘れたかった。なにもかも全てを…
「なぜ会うなって言われたんだ?」
父親が続けた。僕もそれに続く。
「彼女は色々と大変なんだよ。会ってる暇なんかないんだってさ。」
僕はそう言うとまた父親が続けた。
「そうか。でもその彼女の気持ちはどうなんだ?」
僕は答える。
「彼女は俺に会う度歯痒い思いしてるんだって。何より彼女のためにならない、母親の私が一番理解してるって。」
そういえば父親とこうして本音で話すのは久々かも知れない。
「でもそれは母親のエゴだろ。彼女の直接的な意見じゃないだろ。確認もしないで彼女の気持ちは置き去りか?」
父親はなぜか真剣だった。その言葉は心に突き刺さった気がした。でも現実は会えないんだ。今さら気持ち聞いても彼女の母親はまたきっと会うなと言うだろう。余計つらいだけだ。
「なぁ太一、もし彼女に気持ちがあるならきっと連絡が来るはずだ。お前が諦めて気持ちに嘘ついたら彼女はどうなる?」
父親は真剣だ。
「だからお前は絶対気持ちに嘘付くな。好きなら待ってやれ。」
僕は素直に聞き入った。そんな姿を悟られないように笑いながら父親に言った。
「気持ち悪りぃよ親父。」
僕にとっては彼女は特別な存在だった。目なんか見えなくても関係なかったんだ。でももし彼女が僕の姿が見えるとき、どんな気持ちになるだろう。好きな気持ちなんて本当は彼女にないかも知れない。でも父親の心からの言葉に僕は妙な説得力があるように感じたんだ。
「彼女に気持ちがあるなら必ず連絡がある。」
この言葉を信じてみようと思う。とりあえず明日の初登校日の準備をしながら僕はずっと父親の思い、彼女の気持ちをかみしめて眠ったんだ。