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第六章:マイナス〜僕の偽心

彼女の家に着き、僕は千葉先生と共に彼女の母親にお詫びをしなくてはいけなかった。二階建ての比較的新しい感じの木造一軒家だった。"藤井"という表札の付いた門扉の前でインターホンを押す。

「はい。」

「こんばんは、千葉です。今、帰りました。」


「お待ちください。」

すると玄関のドアが開き、彼女の母親が出て来た。そして彼女の額に付いた白いガーゼを見て母親は、驚いた様子で言った。


「舞、どうしたの?!怪我してるじゃないの!とにかく上で休んでいなさい。先生これは…?」


すると先生ではなく彼女が先に口を開いた。


「お母さん、心配しないで。ちょっと車椅子から転んだだけだから。部屋行くね。今日はありがとうございました。」


そう言うと階段の手すりを掴んでゆっくり登って行った。そしてここで千葉先生がやっと口を開いた。

「そのことで少し話をしたくてこちらまで伺いました。よろしいですか。」

「えぇ。どうぞ。」


僕たち二人はそのまま家の中へと通された。



奥の和室、七畳くらいはあるだろう。中央には木目のテーブルに座布団が四つ規則正しく並んでいる。そこに正座した僕たちはまず千葉先生が今日の経緯を母親に説明した。


「今日、館内で舞さんは車椅子を使用しました。ホワイトステッキで歩くと思わぬ事故が予想されるためです。そして私は、二人の後をゆっくり追いながら監視していました。

太一くんが休憩しようと言って、ジュースを買いに出かけ舞さんは一人になり、そこで話しかけてきた子供たちに立つことを強要され車椅子から転倒しました。幸い大事には至らずに額に擦り傷でした。頭を軽く打っているので明日念のため病院に行きましょう。しかしこのような事態になったのも、全て私の監督不行き届きが招いた事です。責任は全て私が…。」

「ちょっと待ってください!!」


僕は千葉先生の発言を中断した。


「今回このようなことになったのも、僕が舞さんから離れて一人にさせてしまったからで…責任は僕にあります。…すいませんでした!!」


今日僕は何回謝っただろう。でもその謝罪の気持ちに嘘はない。


「…そうですか。もとはと言えば私が行かせたのも悪かったんですよね。任せてしまったのですから…。」

母親はそう言うと、さらに続けた。


「私の夫…つまり舞の父は舞が病気になってから出ていきました。それからの私の生活は舞中心になっていきました。全盲になったときはショックでしたが今まで大切に育ててきたつもりです。だからね…太一くん……もう舞とは会わないで欲しいの。舞は今大事な時期で、更に今回のことですごい不安で仕方ないのよ。太一くんにはこれ以上迷惑かけられないし、舞もきっと歯痒いはずよ。だからもう正直言うと会って欲しくないの。」


僕は彼女の母親の言葉が信じられなかった。信じたくなかった。彼女のいない三人の空間は、今まで感じたことのない緊張感だった。すると千葉先生が慌てて話し出した。


「お母さん、違うんです。太一くんは何も悪くないんです。僕が見ていなかったばかりに…。舞さんは太一くんと出会って以来、よく笑うようになったし、明るくなったんですよ?」


先生のその言葉はすごく暖かかった。


「でもこのままではお互いのためになりませんよ。これから大人になり一人で行動することも増えますし、網膜のドナー捜しもしなくてはいけません。舞と合致した網膜が見つかれば、移植手術も考えているんです。私は舞の母親ですから、一番舞のことわかってるつもりですよ。」


もはや僕に選択肢はなかった。本当はこんなこと言いたくなかった。


「分かりました。もう僕は舞さんと会うのはやめます。僕と会うことが舞さんにとってマイナスなら会えません。お母さん、今まで本当に迷惑かけました。この数年間、僕はすごく楽しかった。今日は本当にすいませんでした。」



本心なわけがなかった。本当はもっと会いたいし、もっと話したいし、もっと側にいたかった。でも彼女も同じ気持ちなら、それは仕方のないことだった。



「それでは夜遅くまで失礼しました。明日、病院の方には私も同行しますので、また明日伺います。それでは。」


「お願いします。それでは。」


僕はドアが閉まり、玄関の明かりが消えても、深く下げた礼を正すことができなかった。今になって涙が溢れてきた。その涙が履いているスニーカーにポタポタと落ちていく。


僕はこうして彼女と会えなくなってしまったんだ。

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