第五章:普通の人〜ごめんね。
「ごめんね。」 この言葉はすごい要素を持つ。彼女の優しさ、そして苦しさ。太一はあることに気づく。
「一応、応急処置はしましたから。おでこを擦りむいた程度なので大したことはないと思いますが念の為、病院で脳の検査をした方がよろしいかと思います。では。」
館内に常駐している救護室の医師はそう僕らに告げた。それに次いで、車椅子に乗った彼女が診察室から出てきた。
「千葉先生、ご迷惑をおかけしました。もう平気です。」
彼女は額に白いガーゼを当てられていた。そして千葉先生が頷きながら言った。
「今日はとりあえず帰ろうか。救護室の先生も一応病院に、って言ってたからね。」
「はい…。」
彼女のその返事はどことなく元気がなかった。そんな彼女に何も声をかけてあげられずに、水族館の駐車場へ歩いていった。その間、彼女は一言も発することはなかった。
車に乗り込み、僕と彼女は来たときのように隣同士で座った。何か言わなきゃと僕は思っていたがなかなか思い付かない。 そのとき…
「太一くん、ごめんね。私がこんなだから最後までいれなくて。太一くんは何も悪くないよ。私が悪いんだから…気にしないでね。」
驚いた。彼女に下の名前で呼ばれたのは初めてだった。彼女は僕よりもうんと大人だった。
「ううん。俺が悪いんだ。舞ちゃんから離れちゃいけなかったのに…迂闊だったんだ。ごめんなさい。舞ちゃんまた来よう。また。」
これが彼女に言える最大の謝罪と慰めだったのかも知れない。
「太一くん、謝らないで。太一くんのいいところはね、私のことを"普通"に"見て"くれてるところだよ。普通の女の子みたいに会話してくれて、行動してくれて。私、すごく嬉しいんだ。だから休憩してジュース買ってきてくれることも普通だよ。だから私が全部悪いの。また来たいな…太一くんと。」
僕はやっぱり彼女のことを軽く考えすぎてたのかも知れない。僕以上に彼女は僕のことを見てくれていたんだ。僕は、自分の弱さを痛感した。
「必ずまた来よう。舞ちゃんとまた来よう!」
「うん…必ずね。」
彼女は僕の方を向いて笑顔を見せた。僕はすごく嬉しくて彼女をずっと見つめていた。
「もうすぐ舞ちゃんの家に着くよ。用意しておいてね。」
千葉先生の言葉で僕らは窓の外を見た。もう辺りは薄暗くなっていた。携帯電話の時計を見るともうすぐ18時になるところだった。彼女といるといつもこうだ。こんなにも時間が早く感じる。
「今日は迷惑かけちゃったけどすごい楽しかった。」
「うん。俺もすごく楽しかった。また誘っていいかな?」
「うん…。私なんかといて楽しい?」
彼女はまだ僕に完全に心を開いてくれない。
「もちろん。すごく楽しくて時間が早いんだ。そうだ。舞ちゃんのうちの電話番号教えてよ?」
彼女をまた誘うために聞いてみた。
「…また誘ってくれる?」
僕は答える。
「うんっ!」
僕は彼女の電話番号を携帯電話に登録し、彼女の家に着くのを2人で待ったんだ。