第四章:覚悟〜舞という存在
ペンギンがスイスイと泳ぐトンネルになった水槽を抜けるとイルカのいる大きな水槽がある。そこに着くと彼女は水槽に耳を当てながら目を瞑りこう言った。
「こうしてるとね、イルカが泳ぐ姿が私のまぶたに浮かんでくるの。かわいいね…。」
 
「うん。イルカって人間よりも頭がいいんだって。舞ちゃんの思うイルカゎかわいいんだろうね。」
 
僕は複雑だった。今目の前を泳ぐイルカの姿を目を瞑って感じている彼女でも想像でしか見ることの出来ない現実がある。
「舞ちゃん、少し休憩しようか。俺ジュース買ってくる。すぐ戻ってくるから。」
 
僕は急いで買いに行った。彼女から離れてしまったんだ。
「ねぇお姉ちゃん。僕のこと見える?僕のこと触ってみて、アハハ…」
 
小学生くらいの少年三人が彼女に声をかけた。
「君たち、まだ声が幼いね。小学生くらいかな?」
彼女の問いを振り払うようにもう一人の少年が言った。
「うるせえなあ。見えるんだったら触ってみろよ。ほらほら!」
 
少年たちは彼女を挑発した。彼女は無言のまま、杖も何もない体を車椅子からゆっくりと立たせていく.....
「ガシャンっ!!」
それはあまりに大きな音だった。彼女は車椅子ごと転倒して床に頭を打ってしまった。
「うわっやべえよ。とりあえず逃げようぜ。」
少年たちは彼女を助けることなく逃げてしまった。
「大丈夫かい?!」
後ろから付いてきた千葉先生が痛がる彼女の元へと助けにやってきた。
自動販売機が置いてある場所が意外と遠く少し遅れて、ジュースを二本持って彼女の場所へと戻ると、そこには彼女の姿はなかった。すぐ近くにいた従業員に、 「ここにいた車椅子の女の子はどこ行ったかわかりますか?!」
と聞くと 「救護室に行きましたよ」
と言った。救護室? 何が起きたんだろう? 混乱しながら救護室へと走った。
息を切らし救護室へ着くと、そこには千葉先生が腕を組み立っていた。
「あの…舞ちゃんは…?」
「ちょっとこっち来なさい!」
僕は言われるがまま喫煙所へと腕を引っ張られ促された。
「太一くん、なんで舞ちゃんから離れたんだ?!」
 
千葉先生は酷く激高していた。僕は即答した。
「ちょっと休憩しようって言ってジュースを買いに…」
 
すると千葉先生も即答した。
「ダメじゃないか!車椅子で目立つのは子供の恰好の餌食なんだ。一人にさせたら必ずちょっかいを出しにくるんだよ。何が起こるとも限らないのに離れるなんて。君は今日どれ程の覚悟で来たか知らないがあの子の側にいるっていうのはそれだけ覚悟しなくちゃいけないものなんだょ。」
 
初めてだった。千葉先生のこんなに怒った姿を見るのは。僕はただただ謝るだけだった。
「太一くん、僕が言わなかったのも悪いなって思ってる。でももし君が舞ちゃんの立場なら怖くないかい?一人で待つの。舞ちゃんと一緒にいたいってことはそれだけの考えと覚悟が必要なんだよ。君にその覚悟がないなら…」
「ありますっ!!僕は彼女を初めて見てあの言葉を聞いたときから、それに直接話していくうちに覚悟していました。彼女の目にいつかなりたいってずっと思ってました。それはずっと出会ったときから変わっていません!」
 
本音だった。僕もこんなに必死に話したのは初めてかもしれない。そんな軽い気持ちで今日ここにいるわけでもなかった。彼女を本気で好きだから、一緒にいたいから…。
「…そうだよね。ごめん。太一くんがそんな人なわけないよね。舞ちゃん車椅子から転んで軽く頭を打っただけみたいだから。心配ない。今日はもう帰ろうか一応ね。」
僕は緊張から安堵に変わっていく自分にやっと気付いた。でも僕は彼女の前でどんな顔をしてればいいだろう。どんな言葉を言ったらいいだろう。
未熟すぎる子供な自分が惨めで情けなくて、ふと涙が出た。
 




