第十二章:違和感〜ジレンマ
学校内にはとても綺麗な作りの医療棟がある。安田とともに学生証を持ち、そこへ向かった。この時間を利用して健康診断を受ける学生が多く、結構並んでいた。
「太一、お前健康優良児だから問題ないだろ。」
安田が少し笑いながら言った。少し待っていると自分の番になった。触診と問診を行い、レントゲン車へ移動し、胸部のレントゲンを撮った。
「診断結果は後日、自宅へ郵送となりますので。」
看護士の無感情な声とともに終わった。
「太一、案外早いよなぁ。なんか気になるよなぁ結果が。」
安田は気になるようだ。
「うーん。まぁ問題ないだろ。まだ若いし。」
僕はそう言うと、
「でも介護する側が体調悪いとなんかなぁ。」
確かにそうだ。安田の言葉に心から頷いたのは初めてかもしれない。自分たちは元気でいなくてはいけないんだ。そして今日も研修に明け暮れた。その後、三日間みっちりと研修をこなしていった。この一週間はとても充実していたように感じた。
研修が終わり日曜日。僕は彼女をデートへ誘った。待ち合わせ場所は水族館へ行ったときと同じ駅前。少し待っていると母親に連れられて彼女はやって来た。
「ほら舞。太一くんいるよ。」
母親の声に彼女はすぐに反応した。
「太一くん久しぶり。行こうか。」
僕も彼女の姿を久しぶりに見て改めて、好きなことを実感した。今日は動物園に行くことになった。彼女の母親と別れを告げ動物園へと向かった。もちろん今日もビデオを持ってきていた。電車の中では優先席を譲る人はいない。でも僕は彼女の支えにならなくてはならないんだ。動物園に到着し、車椅子を借りて園内を回った。
「舞ちゃん、ほらキリンだよ。久しぶりに見たなぁキリンなんて。」
彼女は無言だった。僕はビデオを撮りながらもその言いようのない違和感に包まれていた。その後、一通り園内を回った。その間、彼女は無言のままだ。
そして休憩することになり僕は言った。
「舞ちゃん、一緒にジュース買いに行こうか。」
彼女はやっぱり無言で頷いた。ジュースを二本買いベンチに座った。すると彼女は突然話し始めた。
「太一くん、私…やっぱりキリンもライオンもお猿さんも目の前にいるのに見えなかったよ。」
初めて聞く彼女の悲しげな声だった。
「目を瞑っても何も見えなかった。記憶も薄くてわからないの。この目じゃもう見れないのかな?」
彼女はジレンマに襲われているようだった。僕はその答えを必死に探した。
「そんなことない。きっと見えるようになる。網膜のドナーは見つけやすいっていうし。」
その言葉は上辺を撫でただけだった。
「うん。ありがとう。でもなかなか私には合わなくて…」
僕は涙ぐむ彼女に言った。
「大丈夫。きっと見つかるから!そしたらまたここへ来よう。今度は本物を見よう。ねっ?」
僕が彼女に言える限界の言葉だった。
「うん。約束。そのときは太一くんといたい。」
僕は彼女のその言葉を裏切らないようにしようと誓った。
「今日はもう帰ろうか。お母さん心配するし。」
彼女が頷いて、帰ることにした。彼女を家まで送り届け、僕も帰宅した。
「あぁおかえり。学校からお前宛に手紙来てたぞ。」
ああきっとこの前の健康診断の結果だろう。そう思いその親展の封筒の封を開けた…