【1】
放課後の教室。
オレンジ色の光が差し込む窓際の席からは、部活に勤しむ生徒たちの様子が見える。
七時限目まである憂鬱な月曜がやっと終わったというのに、私の気持ちは全然晴れない。グラウンドから聞こえてくる楽しげな声も、不快な雑音にしか聞こえなかった。そうして他人を僻む自分に嫌悪し、ますます憂鬱になってしまう。
咲良と居残り学習しながら、律くんとの出来事をかいつまんで説明した。話を聞き始めたときは興味津々といった様子でニヤニヤしていた咲良だったが、話し終えた今は眉間に皺を寄せている。
「それってさ、最初から美波のことをもてあそぶつもりだったんじゃないの?」
「……もてあそぶ?」
「内心『こいつ私が女だってことに気付かないでマジになってるー』とか笑ってたんじゃない? じゃなきゃもっと早く打ち明けるでしょ」
「……分かんない。律くんは私の気持ちに全然気付かなかったって言ってたけど」
「そんなの何とでも言えるじゃん。亜月律が女子だって分かったなら、もう気持ちも冷めたでしょ? さっさと次の恋愛を探して元気出そ?」
私はやはり、彼に――彼女に騙されていたのだろうか。
分からない。
分かりたいとも思わない。
存在するのは、心の中にある異物感を消してしまいたい気持ちだけだ。
律くんが女性だと知ってからずっと、私の心に住み着いている黒い塊。
こうして咲良に事情説明できるくらいまで落ち着いたものの、昨日と一昨日は貴重な休みを部屋の中で無駄にしてしまった。
形だけ握っていたシャーペンを転がし、代わりにスマホを取る。律くんから最後にメールが来たのは土曜の午後六時過ぎ。彼女を無視して公園を出てから、ちょうど一晩経った頃だった。
《辻本さんのことを傷付けるつもりはなかったんだ。ごめんなさい。》
絵文字のない謝罪文。
返信はしなかった。
と言うよりできなかった。
謝ってもらったから許す、なんて感情とは違う。
謝られたって許せない、なんて感情とも違う。
何をどう言えば正確な気持ちを伝えられるのか……ふさわしい言葉が浮かんでこなかった。メールの作成画面は真っ白の状態から一歩も動かず、下書きボックスの中で眠っている。
毎日ログインして遊んでいた《柴クエ》も金曜を境に開いていない。律くんからメールが来ることも自分から送ることもない。
もう全て終わったことだと、自分に言い聞かせようとしていた。
――それなのに。
私のバッグには今も、律くんがくれた柴ぽんのキーホルダーがぶら下がっている。こんなものを見れば苦しくなるだけなのに、取り外すことができなかった。このチェーンを外すことで完全に縁が切れてしまう気がして――結局、自分の中で何も終わってなどいないことを痛感させられる。
三日経っても。
一週間経っても。
十日経っても。
私の中にある靄のような黒い物体は、消えるどころか大きくなっていく一方だった。それは雨雲のように心の全てを覆いつくそうとしている。
そんな心を映し出したかのような、暗く重厚な雨空。
律くんに会えるかもしれないという楽しみがあったときと違い、ただただ煩わしくて陰鬱な雨粒。顔に当たって頬を伝えば涙のようで、不快感がいっそう大きくなる。
傘を差して学校へ向かう途中、いつものようにバス停前を通りかかった。
あれから一度も律くんを見ていない。
もしかしたら私に会いたくなくて、あのバスを使わず登校しているかもしれない。私は通学路を変えることなくこうして歩いているが――。




