【6】
バッグからスマホを抜き取って画面を確認すると、お母さんからLINEが入っていた。《今日は帰り遅いの?》とある。普段ならもう帰宅している時間だから心配しているのだろう。
「ごめん、お母さんからのLINEに返事するね」
「帰りが遅いって怒られちゃった?」
「ちゃんと連絡を入れれば大丈夫」
「もう用事は終わったから。帰ろう」
「ホントに平気なの。せっかく会ったんだもん、もうちょっと喋ってこ?」
立ち上がろうとしていた律くんが座り直す。
急いでお母さんにLINEのメッセージを送信し、スマホをしまった。
「律くんの家は遅くなっても大丈夫?」
「今日は遅くなるって伝えておいたから」
「前から気になってたんだけど、何でLINEやってないの? 青蘭の友達ともずっとメール?」
「うん。LINEは母さんに止められていて」
「何で?」
「そういうの始めると、返信が気になって勉強に集中できなくなるからって。母さんは僕を良い大学に入れたいみたいだから」
「そっか……。厳しいお母さんなんだね」
律くんは曖昧に濁した。
そういえば生食パンを譲ることになったとき、お姉さんが「絶対怒られる」と言っていたが……大袈裟でなく本当に、鬼のように怖いお母さんなのかもしれない。
「私の家はそんなに厳しくないけど、やっぱり学校が終わってからだとあまり時間取れないから。もし……律くんが良ければなんだけど、土日に出掛けない? 私も《柴クエ》グッズが売ってるアニメショップに行ってみたいな」
「土日って、明日か明後日?」
「それだと急すぎるでしょ? 私はいつでも大丈夫。律くんの都合に合わせるから」
「んー……。ちょっと予定が分からないんだよね。明日と明後日はたぶん駄目。来週以降はそのときになってみないと」
「……もしかしてデートの予定があったりする?」
「いや、全然そんなのじゃないって」
「彼女いないの――って、いるならこんなふうに二人きりで会いたくないよね。好きな人とか気になる人は?」
思い切って訊ねてみると、律くんの表情が曇った。
こちらとしては軽い雑談を装い、気楽な雰囲気で訊いたつもりだったのだが――。
「何でそんなこと訊くの?」
まるで私のことを警戒しているかのようなトーンで質問を返されてしまった。木々の揺れる音が妙な存在感となり、不安を煽ってくる。
何故こんな重い空気になってしまったのだろう。
彼の心境は分からないが、律くんにとって不快な話題だったということは間違いない。
「ごめん、深い意味はないから。嫌だったら答えなくていいよ」
「いや……謝るようなことじゃないんだけどさ。その……もしかして辻本さん、僕のこと……恋愛対象として意識してたりする?」
ストレートにそんな質問をされるとは思わなかった。
律くんの真剣な瞳は私を真っ直ぐ射抜いており、奇妙な沈黙となる。即座に「違うよー」とか「まさかー」とか冗談っぽく返すことができれば良かったのだが、張り詰めた空気が手遅れを物語っていた。
もう誤魔化しきれない。
覚悟を決めよう。
緊張が全身を支配し、心臓が激しく暴れ出した。
「……あの、実は私、律くんのことが好きで……。付き合ってもらえたら嬉しい……けど、まだ友達になってそんなに経ってないもん、律くんは私のことなんか何とも思ってない……よね?」
一年以上もの間、自分の心の中で温めてきた感情。
しかし律くんにとっては出会って一ヶ月程度の相手だ。彼が私に恋愛感情を抱いていないことは想定内。
律くんは「ごめん」と呟いた。
分かっていても胸が痛い。それでも重苦しい沈黙を吹き飛ばしたい気持ちが勝り、無理やり笑顔を作った。
「そうだよね! 私も期待してたわけじゃないから今後も友達ってことで、今の話は忘れて? もう帰ろう」




