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【3】



 リツくんと初めて会話したことで、ますます雨の日が待ち遠しくなった。彼に声を掛けるという目標のハードルがぐんと下がったからだ。次に会ったときはパン屋さんでの出来事をきっかけに話すことができるはず。

 週明けの月曜日は、残念ながら雲ひとつない快晴だった。こんなにも澄み切った青空を見て「残念だ」なんて肩を落としている人間は少ないだろう。


 家から北高校までは歩いて二十分程度。

 基本的に晴れの日は自転車を使い、雨の日は徒歩で通学している。

 今日も快調に自転車を走らせていった――が。

 例のバス停の傍にリツくんを発見し、咄嗟にブレーキを掛けた。彼は何かを捜すように、ちらちらと周囲の様子を窺っている。

 息を呑み自転車を降りた。

 震える手でハンドルを握り締め、リツくんの方へゆっくり足を進める。緊張に押し潰されてしまいそうな喉を何とか開かなければと思っていると、リツくんと視線が重なった。彼の表情がパッと華やぐ。

「良かった、会えた」

「……私?」

「そう、キミのことを待ってたんだ」

 先日の〝まさか〟に続いてまた驚いてしまった。

 私に会うためにわざわざ待っていてくれたなんて……緊張に僅かな期待が混じる。


「この前は姉が失礼なことをお願いしてごめんね。無理やり奪う形になっちゃって」

「大丈夫。むしろお金を余分にもらって申し訳なかったなって。私もまた話す機会があればいいなと思ってた」

「気にしないで? あのパン、祖母の家で美味しくいただきました。ありがとう」

「おばあちゃんが喜んでくれたなら良かった」

 会話が途切れる。

 ただお礼を言いたかっただけで、連絡先を聞きたいというわけではなかったようだ。自意識過剰な期待をしてしまった自分が恥ずかしい。気を取り直し、頭の中でシミュレートしていた話題を持ち出すことにした。

「あの、お姉さんに『リツ』って呼ばれてたよね?」

「本名だよ。亜月律(あづきりつ)、青蘭高校の三年」

「律くん……」

「キミは北高校だよね、その制服」

「うん。辻本(つじもと)美波、三年」

「同学年だったんだ。今日はお礼が言いたくて待ってただけだから、ホントにありがとね」

 じゃあ、と右手を挙げる律くん。

 もう少しだけ時間が欲しい――そんな気持ちで彼を呼び止めた。


「あの、もし良かったら私と友達になってくれない?」

「……友達って……ただの友達、って意味?」

 律くんの表情が怪訝そうなものへ変わる。

 友人と言いつつ、恋愛目的でがっついていると思われたかもしれない。

 しかし、ここで怯んだらおしまいだ。今日も彼のバッグで揺れている小さなぬいぐるみを指差した。

「そのマスコット、《柴ぽんクエスト》のキャラだよね? プレイしてる?」

「やってるけど……辻本さんも?」

 あなたが付けているストラップを見て調べてプレイし始めました、なんて本当のことは言えないが。「私もやってる」と答えると、訝しげだった律くんの表情が一気に和らいだ。

「わ、マジで? 《柴クエ》やってる人に出会うの初めてなんだけど」

「私の周りにもプレイしてる子いなくて。フレンド登録してもらえないかな?」

「もちろんだよ! 僕もリアルでは一人なんだよね。まさかこんなところで柴プレ(・・・)に出会えると思わなかった」

「柴プレ?」

「〝柴ぽんクエストプレイヤー〟のことだよ。知らない?」

「うん……。そんなに詳しくなくて、無課金で少しずつプレイしてるだけだから。デッキもあんまり強くないんだよね」

「僕は微課金だけど高難易度クエストも回れるくらい育ってるから。今度時間限定の協力クエスト一緒にやろうよ。――そうだ、ギルドは入ってる? うちのギルド空きあるから、入るところなかったら来てくれていいよ」

 この喰いつきの良さから察するに、律くんはかなり《柴ぽんクエスト》にハマっているようだ。私も地道に継続してきて良かった。

「僕のIDメモするからフレンド申請よろしく。あとはゲーム内の簡易チャットで」

「でもあのチャット機能、送れる言葉に結構制限あるよね? もし迷惑じゃなかったらLINE交換してもらえると嬉しいんだけど」

「ごめん。僕LINEやってなくて、メールアドレスしかないんだ。それでも良ければ交換するけど」

「そうなんだ。私もメールアドレスあるから大丈夫だよ」

 一目惚れから一年三ヶ月。

 ついに、私のスマホの中に律くんの連絡先が入った。



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