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灼熱地獄だった夏が過ぎ去り、今度は極寒地獄が始まった。
十二月中旬。
共通テストが約一ヶ月後に迫り、いよいよ受験に向けた緊張感が高まってきた頃。週末、律を自宅に招いた。彼女いわく「またちょっと重い話があるんだけど」とのこと。
律がこう切り出すときは毎度、家族の話だ。
私の部屋でローテーブルを挟み、おやつを食べながら聞かせてもらうことにした。
「ジュン姉、彼氏と別れたんだ」
「えっ……お母さんに邪魔されたの? それとも『半年間毎日家事をする』って約束、守れなかった?」
「全然関係ない。彼氏の浮気で」
「……そうなんだ」
「母さん、『ほらみろ』とでも言わんばかりのドヤ顔でさ。『私は反対した。潤は男を見る目がない。最初から私の言うとおりにしておけばよかったのに』って……傷口に塩を塗るような話をゴチャゴチャと」
「ひどい……。それで潤さんは?」
「もちろんブチギレ。家を飛び出して、今は友達の家に泊めてもらってるみたい。母さんに反省する様子はない……それどころか『親の言うことに逆らうとどうなるかまだ分からないのか?』って。ユズ姉もソラ姉も裏で呆れてたよ」
律と初めてキスをした日から半年近く経った今。私たちの関係はあれから変わらず、律の抱える毒親問題も変わらず……。後者だけは好転することを願い過ごしてきたが、やはり律のお母さんは何ひとつ変わらない。
「潤さんの心の傷、少しでも早く癒えるといいね」
「うん。ジュン姉はモテるからすぐに次の彼氏が見付かるかもしれない」
「……実はね、私……ちょっと前、お母さんに打ち明けたんだ。律と付き合ってるってこと」
「……何て言われた?」
「『美波は同性愛者なの? 男女どちらも好きなの? 律ちゃんは女性と言ってたけど、心は男性なの?』って次々質問された。律が男装してる理由は伏せて、『心も身体も女同士で特別だと思ってる』と伝えたんだけど。お母さん、じっと何か考えてる様子で……でもすぐに『二人が幸せならそれでいいと思うよ。わたしは口出ししないから』って返してくれた。その後気まずくなったり喧嘩したりすることもなく、いつもどおり過ごしてるよ」
律は安堵した様子で息を吐き、マグカップに両手を伸ばした。ホットカフェオレに口を付けた彼女が、柔らかな笑みを浮かべる。
「美波のお母さん、本当に優しいよね。『二人が幸せなら』って、美波だけじゃなく僕のことも含めてくれてる」
「それは律が礼儀正しくて良い子だって、うちのお母さんも知ってるからだよ。今日もちゃんと挨拶してから私の部屋に上がったでしょ? 別に放っておいたってよかったのに」
「そういうわけにいかないよ。でもそっか……お母さんは僕たちの関係を知ってたんだね。今までと全然変わらない様子で接してくれたと思うと嬉しいな。『わたしは口出ししない』……僕の中では〝母親から一度は言われてみたいセリフ〟No.2かな」
「一位は何?」
「そりゃもちろん『律の好きにすればいい』だよ」
「……律のお母さんが言わないなら私が言う」
「ありがと」
律がローテーブルを回り込んでくる。
隣に座ると、指を絡め、手を握った。
律の右手薬指にはシルバーのリングがはまっている。私の右手にも。恋人の証として買ったお揃いの指輪。高価なものではないが、キラキラと輝いて見える。
いつか、柚さんが言っていた。
――人生に正解なんてない。
正解を求めるのは自分が安心したいから。
〝自分は間違っていない〟と思いたいだけ――
たとえ彼女の言うとおりだとしても。
私は自分の中に〝正解〟を抱いて安心したい。
自分の選択が正しいと信じ、今日まで過ごしてきた――事実、私も律もそれで心の安寧を得てきた。
この先の未来も。
他の誰でもない、自分自身の意思で決めた選択が、人生における〝正しい答え〟だと信じたい。
そんな感情を胸に刻むように。
大好きな人の頬に口付けた。
(了)




