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【2】



 お店を出て自転車に戻ると、前カゴにパンを入れた。次の目的地はスーパー《フォレスト》。周囲の安全を確認して自転車を漕ぎ出そうとした――直後、前方から女性が近付いてきた。まるでモデルのようなスタイルの美人がこちらに手を振っている。

 二十代後半くらいだろうか。

 モスグリーンのワンピースの下にレギンスを穿き、栗色の長い髪は風になびいて散らかってしまっている。綺麗な顔が台無しだ。

 今駐輪場にいるのは私だけ。

 私に手を振っているとみて間違いないが……記憶を辿ってみてもピンとこない。目の前までやって来た女性を無言で見上げると、彼女は髪を手で押さえながら「突然ごめんなさい」と苦笑した。

「不躾なことをお願いして申し訳ないんですけど。その限定生食パン、譲ってもらえませんか?」

「……え?」

 女性は私の自転車の前カゴを指差した。

「図々しくてすみません。でも今日、祖母に届ける約束をしてしまって。あなたがお店を出て行くのが見えたから――」

「ユズ(ねぇ)!」

 女性の声を掻き消すようにして聞こえた呼び声。

 彼女の後ろから現れた男の子を見て「嘘でしょ」という呟きが漏れた。

 薄暗い雨の日にしか見ることのできなかった天馬くん――じゃなくて青蘭高校の彼。私の片想いの相手が、太陽の光の下でキラキラと照らされている。まさかこんなところで会えるなんて……。


 心臓がバクバクと脈打ち、彼から目を離せなくなる。

 いつも学ランを着ている彼も、土曜の今日は私服だった。迷彩柄の七分袖シャツに黒っぽいデニムを穿いており、学ランより大人びて見える。

 私が完全に固まってしまったためだろう、女性は不審そうに首を傾げた。

「もしかしてあなた、リツ(・・)の知り合いだったの?」

「あ、いえ、その、知り合いとかじゃないんですけど……通学途中のバス停で、ちょっと見掛けることがあるっていう感じなだけで……」

「バス停?」

 返答に困りあたふたしていると、私を見下ろした彼は微笑した。

「たまにバス停の傍ですれ違いますよね、朝」

「……は、はい!」

 彼も私のことを認識してくれていた。

 ただそれだけのことでも、胸がきゅっと締めつけられるほど嬉しい。

 初めて聞く彼の声は想像よりずっと柔らかくて可愛らしくて、耳心地の良いものだった。脳が癒され、意識が遥か彼方へ飛んでいきそうだ。

 女性は彼のことを〝リツ〟と呼んだ。

 本名なのかあだ名か分からないが、今まで知ることのできなかった情報を得られたのも嬉しい。


 一人だけ舞い上がって別世界に浸っている私と対照的に、目の前の二人は険悪なムードを漂わせていた。

「ユズ姉が軽々しく『開店時間に行ける』なんて安請け合いするから悪いんだよ。諦めた方がいいって」

「あたしが悪いことくらい分かってるよ! でも絶対お母さんに怒られるじゃん。リツが代わりに怒られてくれるって言うならいいけど?」

「そりゃ代われるもんなら代わってあげるけどさ……」

 二人には事情があり限定生食パンを欲しているようだ。

 しかし私にはどうしても必要なものでなく、困っているリツくんのためなら喜んで譲ってあげたい。というわけで紙袋をカゴから取り出し、お姉さんに差し出した。

「どうぞ。私は大丈夫ですから」

「ホントに? ごめんねー」

 紙袋を受け取ったお姉さんは、肩に掛けていたショルダーバッグから財布を取り出した。そこから千円札を一枚抜き取る。

「これ、お代ね。本当にありがとうございました」

「生食パン、六百円ですけど」

「お釣りで他のおやつでも買って?」

 半ば押し切られるような形で千円札を受け取った。

「じゃあねー」と笑顔で手を振るお姉さん、苦笑いで会釈するリツくん。二人は駐車場へ向かい、お姉さんの運転する車で走り去っていった。

 愛おしい胸の高鳴りで満たされる。

 リツくんと出会うことは必然だったのではないか――まるで運命のように感じられたのだ。



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