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【6】



 律のスマホからは静かなコール音が聞こえてくる。それが途切れると同時に、電話の向こうから『遅い!』という女性の怒鳴り声がした。

 場の空気が張り詰める。

 お母さんは相当お怒りのようで、声が丸聞こえだ。

『今どこにいるの?』

「友達の家でテスト勉強中だよ。そう言っただろ?」

『本当に友達と一緒なの? 潤がそっちに行ってない?』

「何でジュン姉が?」

『彼氏と同棲するだの何だの言って、私の制止も聞かず出て行ったの』

「え――」

『料理も掃除もまともにできないくせに男と同棲だなんて、身の程をわきまえろって話よ。他人と暮らすのはそんなに甘くないんだから。あんな子供にできるわけない』

「子供って……ジュン姉はもう二十二だろ」

『律が潤に何か吹き込んだの? だから急に出て行くとか言い出したの?』

「いや、僕は何も――」

『なら柚? それとも空? 四人で結託して私を悪者にする気?』

 律は苛立った様子で「そんなことはないってば」と返したが、お母さんからの〝疑い口撃(こうげき)〟は止まらない。いてもたってもいられず、律のスマホに手を伸ばした。「貸して」と強い口調でお願いする。

「何するつもり?」

「私が律の無実を証明するの」

 戸惑う律から半ば強引にスマホを受け取る。

 まだ何やら喋っているお母さんを遮り、「お電話代わりました」と申し出た。


「私は辻本美波。北高校の三年生で、律の友人です」

『……今はあなたのおうちに?』

「はい。一時くらいからずっと私の部屋で一緒に勉強してました。他には誰もいません。うちの両親も出掛けてます」

『そう、迷惑を掛けてごめんなさいね。そちらに潤がお邪魔していないのは分かったから、もう律に代わってくれる?』

「律は本当に何も知らないみたいですから。たぶんお母さんの勘違いだと思います」

 思い切って伝えると、電話越しに伝わってくる空気が一変した。『え?』と呟くお母さんの声のトーンは、さっきまでより低くなっている。

『あのね、これは家族の問題なの。あなたには関係ないのよ』

「でも律が一方的に責められているのを放っておけません」

『……じゃあ何? あなたが毎日律のご飯を用意してくれるの? 律の学費を払えるの?』

「それは……無理ですけど」

『でしょう? 友達も恋人も、何でも助けてくれる存在じゃない。いつでも頼りになるのは血の繋がった家族だけなんだから。あなたも友達よりご家族を大事になさって?』

「親は大事ですけど、律のことだって同じくらい――」

『いいから、もう電話代わってくれる?』

 お母さんとの会話に必死で気付かなかったが、律の表情は今にも泣きだしそうなほど歪んでいる。

 出しゃばりすぎた――ここにきてようやく冷静さを取り戻した。私が反論したり口答えしたりすれば、後々律に被害が行ってしまうだろう。慌てて「私が悪かったです、すみませんでした」と謝罪し、律にスマホを返した。

「ジュン姉にはあとでメールしてみるから。僕は僕で真面目にテスト勉強を続けないと……受験失敗したら母さんだって困るだろ?」

 少しの会話のあと、律がスマホを下ろした。

 彼女が何かを言う前に、急いで「ごめん」と告げる。

「私があんな態度取ったら家に帰りづらくなっちゃうよね。お母さんが律の話を聞こうとしないことにイラッとしちゃって、そこまで頭が回らなくて……本当にごめん」

「謝らないで。美波は何も悪くない」

「でも……あとで怒られたら、全部私のせいってことにしてくれていいから。それでも家にいるのが辛かったら、勉強を理由にしてうちに泊まってもいいよ? うちの親はたぶん分かってくれるから、事情を話せば何日だって――」


 律は何を言うでもなくスマホを床に置くと、ローテーブルを回り込んで私の隣に座った。左腕を抱き締められる。唐突な距離感に身動きできず固まっていると、律が私の肩に額を寄せた。彼女の頭の重みが、自分の心の重みと連動しているような……形容しがたい感情が私の中で燻っている。

「母さんが変なこと言うからストレス溜まったよね。迷惑掛けて本当にごめん。僕……」

「……何?」

「ユズ姉みたいに、母さんのせいで好きな人(・・・・)を失いたくない」

 ぎゅっと握り締められた腕。

 どんどん脈が速くなっていく。

 身体が熱い。

 もう二度と思い出してはいけない感情―― ほんの一瞬〝好き〟という想いが頭をかすめた。

 違う、こんなものはただの勘違いだ。

 律の言う〝好き〟と、私の頭に浮かんだ〝好き〟は別物。

 恋心ではなく友愛。

 ……だから。

 律の身体ごと抱き締め返したい、なんて気持ちを抱くのは間違い。

 彼女の手に自分の手を重ねるに留めた。



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