【1】
律は結局、私の部屋でおやつを食べながら《柴クエ》を楽しみ、笑顔で帰っていった。私も表面上は楽しく過ごしていたが、心の引っ掛かりは消えないままだ。
週明けの今日も、授業中に何度溜め息をつきそうになったか分からない。ノートもほとんど取っておらず、咲良に見せてもらうことになった。
そんな調子で放課後を迎え、自転車で学校を出ようとしたのだが――正門前に見覚えのある姿を発見し、思わずブレーキを掛けた。
一度しか会ったことのない女性だが、目を引くような美人だったためしっかり印象に残っている。私に「限定生食パンを譲ってほしい」と頼んできた律のお姉さんだ。どこかの会社の事務員さんのような服に、ピンク色のカーディガンを羽織っている。
そういえば律が、お姉さんは小児科で働いていると言っていた。仕事帰りだろう。
彼女はこちらに気付き、あの日と同じようにひらひらと手を振った。
「あたしのこと覚えててくれた?」
「はい。柚さんですよね?」
「うん、亜月柚。美波ちゃんのことは律から聞いてるよ。ちょっとだけ時間もらえない? 今日が無理なら後日でも構わないんだけど」
「まさか、律に何かあったんですか?」
「そんな悪い話じゃないから安心して?」
「そうですか……。私はお母さんに連絡を入れれば遅くなっても大丈夫なので。今からお話しできます」
「ありがと。この通り沿いにカフェがあるの知ってる?」
「自転車で五分くらいのところの、ログハウスみたいな?」
「そ、そこで待ってるね。お金の心配はいらないよ」
柚さんは学校の前に路上駐車していた。
車に乗り込み去っていく。
私も自転車でカフェを目指し、店内で柚さんと再会した。窓際の四人掛けテーブルで向かい合う。
「あたしはアイスカフェオレ。美波ちゃんは何でも好きなものを注文してね。全部ご馳走するから」
「それはさすがに……。私はアイスミルクティーにします」
「こっちが無理やり誘ったんだから遠慮しなくていいのに」
通りがかったウェイターさんに注文を行う。
承った男性がテーブルを離れると、柚さんは紙袋を差し出してきた。この袋はもしかして――。
「やっぱり、律が買ったフレアスカート……」
「そだよ。二人が買い物に行った経緯も律から聞いた。そのスカートは丈を少し詰めておいたから美波ちゃんも穿けるはず」
「……どうして私に?」
「美波ちゃんもデザインを気に入ってる様子だったって聞いてね。うちの問題に付き合わせちゃったお詫び……なんて言ったら受け取りづらいかもしれないけど。潤より美波ちゃんに穿いてほしくて。もらってくれる?」
「でも律がお小遣いで買ったものだから……」
「それを、あたしのお金で買い取ったの。律は『自分で渡す』って言ってたんだけど、あたしが美波ちゃんと話す機会をもらいたかったんだよね。律が家庭の事情を他人に語ったの、たぶん初めてだと思うから。どんな子なのか気になって」
「そういう事情があるなら……遠慮なくいただきます」
注文したドリンクが運ばれてくる。
こうして柚さんとお話しできる機会など今後ないかもしれないから、家族についてもっと踏み込んだ話を訊いてみよう。律の気持ちを軽くするためのヒントくらい掴めるかもしれない。
「律が男の子のふりをしていることなんですけど……。お母さんが強要する理由、柚さんが律に話したんですよね? 何でわざわざそんな話をしたんですか?」
「現実を知っておいた方がいい……と思ったからかな」
「お母さんが毒親だってことですか?」
柚さんは曖昧に頷くと、カフェオレに口を付け、視線を窓の外に向けた。




