【5】
遅れてファミレスを出ると、ショッピングモールに寄り道してから帰宅した。アニメショップで購入したぬいぐるみとアクリルスタンドを勉強机に飾る。
夕食までの時間はYouTubeを見ながらゴロゴロ……といきたいところだが、どうにも律のことが引っ掛かって集中できない。あまり詮索するのも申し訳ないと思いつつ《本当に大丈夫だった?》とメールを送った。
返信があったのは午後九時過ぎ。
《心配かけてごめんね。こっちは大丈夫。明日の夕方頃また会えないかな? 話したいことがあるんだ》
私の質問に答えるという意味だろうか。
それとも何か別の話……?
特に予定はないためOKの返信を送り、集合場所は以前《柴クエ》グッズの受け渡しを行った公園ということになった。
今回の約束は日曜の午後四時。
以前と違い、幼い子供たちが遊んでいる。
広場での鬼ごっこ、ブランコではしゃぐ声。
賑わう様子を眺めつつあの日と同じベンチに座っていると、律が自転車を引きながら公園に入ってきた。私に気付き駆け足になる。「遅れてごめんね」と言い自転車を停めた律は、私の隣に腰を下ろした。彼女の表情がふっとほころぶ。
「今日はサイドテールなんだ」
「うん……。『可愛いと思ってた』って言われたのが嬉しくて……単純だよね、私」
「むしろ申し訳なかったかな? 髪まとめるの面倒くさかったんだよね?」
「平気だよ、またしばらくこの髪型でいようと思ってる。そんなことより昨日の続きなんだけど……お母さんに怒られたりしなかった?」
「あれは『祖母の家に行くから帰ってこい』って」
「前に限定生食パンを差し入れたって言ってたおばあちゃん? もしかして体調悪いとか?」
「いや、めちゃくちゃ元気だよ。母方の祖母なんだけど、うちから車で十分くらいのところに住んでて、しょっちゅう会ってる」
「どうして急に行くことになったの?」
「……うちの家族関係、ちょっと複雑なんだよね。事情を話すと長くなるし、気が滅入るかもしれない。それでも……聞いてくれる?」
律は不安げに小首を傾げた。
昨夜メールに書かれていた〝話〟とは、どうやら家族に関することらしい。彼女が苦しんでいるなら相談に乗りたいという思いで話の続きをお願いした。
「僕の母親……いわゆる〝毒親〟なんだ」
「毒親?」
「一口に〝毒親〟と言ってもいろんなパターンがあるらしいんだけど、子供に対して支配的というか。子供のことを自分の所有物、アクセサリーみたいに思ってるんだよ。言いなりになって生きるしかない」
「……もしかして、お母さんに暴力を振るわれるの?」
「そんなことはないよ。ユズ姉の言葉を借りるなら『叶わなかった夢がこじれた末の過干渉』って感じかな」
「どういう意味?」
「うちは四人姉妹なんだよね。長女の柚、次女の空、三女の潤……母さんはユズ姉が生まれる前から男の子が欲しかったらしくて、『四人目は絶対男の子を産む』って意気込んでたみたい。それで生まれたのが僕……相当がっかりしたんだろうね。これ以上子供を増やすこともできないからって、僕のことを〝男〟として育て始めたんだ。母さんが〝女性らしい〟と感じるものは全て僕の周りから排除された」
一人称は僕。
ランドセルは黒。
髪型はショート。
常にズボンスタイル。
律の意志とは関係なく、幼い頃からこれらを徹底されてきた。
学ランで学校に通えるよう青蘭高校へ入学したのも、律自身の意思でなくお母さんの指示だったという。
「そこまでお母さんに決められるなんて変だと思わないの?」
「ずっと思ってるよ。だけど言えないんだ。母さんに反抗的な態度を取れば、耳を塞ぎたくなるような暴言を吐かれまくるから。僕の分だけ夕食のおかずがないとか、地味に傷付く嫌がらせをされたり」
「そんな……」
「でも母さんは事あるごとにこう言うんだ。『世の中には子供を殴る親もいるんだから、律は幸せなのよ? お小遣いだってたくさんあげてる。親に感謝しなさい』って」
「暴言だって精神的な暴力じゃない? お小遣いが多ければいいってものじゃないと思う」
「……そうなのかもしれない。でも僕は我慢することを覚えた」
律の表情が陰る。
まただ。
初めて彼女を見たときと同じ表情――律の瞳がどこか寂しげで影を感じさせたこと。
今ならその理由が分かる気がする。
ここにいる〝彼〟は、自ら望んだ姿でなく作り物だったのだ。




