【4】
一階へ向かうエスカレーターに乗ると、律は握っていた私の手を放した。
「急に引っ張ったりしてごめんね」
「私なら平気。……やっぱりあの人たちの会話聞こえてた?」
「まぁね。今は美波と一緒だから、声を掛けられたら面倒だなと思って」
律は苦々しい笑みを浮かべ、ひょいとエスカレーターを降りた。
そのままアニメショップを出て、数軒隣のファミレスへ移動。テーブルに着くとメニュー表を広げた。私はハンバーグランチ、律はパスタランチを注文。それぞれドリンクバーでジュースを注ぎ、ほっと一息ついた。正面でコーラを飲んでいる律に「さっきのことだけど」と切り出す。
「あんなふうに女の子に注目されること、よくあるの?」
「たまにね」
「実際声を掛けられたことも?」
「ちょっとだけだよ? 僕みたいな奴のどこかいいのか分かんないけど」
「……っていうかそれ、私も入ってるわけだよね。ごめん」
「美波は違うだろ? 柴プレ仲間として出会ったんだから。いや、そもそもユズ姉が無茶なお願いをしたことがきっかけだった」
律の笑顔はキラキラと眩しい。
女性だと知った今でも「格好良いな」と思ってしまうくらいだから、さっきの女性グループの気持ちは理解できる。
「僕が女だって知らずに連絡先を聞いてきた子、何人かいたんだけどさ。昔は『女だけどいい?』って確認してた。そこで毎回ドン引きされて、避けられて……中には『キモイ』とか吐き捨てる子もいて。だから正直に言うのが嫌になっちゃったんだよね。美波にも……『この子はリアルで柴プレ仲間が欲しいだけだろうし、性別なんてどっちでもいいかな』って自己完結してた。本当にごめんね」
「……もういいの」
「今までの子たちみたいに……美波も『律が女と分かったら用はない』って、僕を切り捨てるのかなって思った。でも……謝罪メールを読んでくれたのかも分からないし、あのままお別れなんて嫌だったから。直接謝ろうと思って声を掛けたんだ」
「……メール、もらってすぐに読んだよ。何を言えばいいのか分からなくて……お返しできなくてごめんね」
「謝らないで? 美波の方から『友達でいたい』と言ってくれたのがすごく嬉しかった。女だと分かってもそう言ってくれた子は初めてなんだ。だから『ありがとう』って伝えたかった」
「私は……お礼を言われるようなことしてないから。律が嫌な思いをしていないならそれで」
「じゃあ問題なしだね。――そうだ、ランチが来るまで協力クエストやらない?」
ショルダーバッグからスマホを取り出して《柴クエ》を起動。律が用意してくれたフレンドルームに入り、自分一人では到底太刀打ちできない敵を倒す。
作業を繰り返しているうちにランチが到着したため、一旦通信を切った。学校のことや試験のこと、ゲームのことを話しながら食事を進める。最後にプチケーキを食べていると、律に呼ばれた。
「前会ったときも思ったんだけど、サイドテールしなくなったの?」
今日の私は――と言うより律が女性だと知ってからの私は毎日、長い髪を下ろしている。元々サイドテールにしたのは《シンデレラ・ボーイズ》のヒロインに似せた験担ぎだった。片想いが破れた時点で必要なくなってしまったのだ。そんな事情を本人に打ち明けるわけにもいかず「面倒になっちゃって」と誤魔化した。
「美波のサイドテール、可愛いなと思ってたんだよね」
「……そうなの?」
「うん。長い髪をアレンジするのってちょっと憧れる」
「髪を乾かすときは大変だけどね。律も伸ばしてみたら?」
「いや、僕は小さい頃からずっとショートだから……」
言葉尻を濁した律は、長めの前髪を指先でもてあそんでいる。これを機に、ずっと気になっていたことを訊ねてみよう。
「男の子のふりをしてることについて、ちょっと訊いてもいいかな?」
「何?」
「失礼な質問だったらごめんね。……いつからそういう生活をしてるの?」
「僕は――」
突如バイブレーションの音が響いた。
テーブルの上のスマホ――律のものが震えている。
ディスプレイが点灯し《母さん》という表示が見えた。
「電話だ、ごめん」
言いながらスマホを取った律がテーブルを離れる。
オレンジジュースを飲みながら待っていると、律は申し訳なさそうに眉を寄せて戻ってきた。
「ごめん、帰らなきゃいけなくなった」
「何かあったの?」
「大したことじゃないから気にしないで。話の続きはまた今度――美波からの質問が失礼だったとか、そんなことは思ってないから大丈夫。ホントごめんね、僕の分の会計は済ませておくから」
伝票を掴んだ律が去っていくのを呆然と見送る。
食事が済んでいたとはいえ、遊びの途中で急に帰らなければならないなんて……家族の間でトラブルでも起きたのだろうか。律のお母さんが厳しい人だということも知っているため、大した問題でないと言われても気になってしまう。




