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傘を差して歩く〝彼〟は、壊れてしまいそうなほど儚い顔をしていた。
そして、胸が締めつけられるほどに綺麗だった。
* * *
彼と出会った日のことは一年以上経った今でも鮮明に覚えている。
高校一年も終わりに近付いた二月二日。
陰鬱な雨天と対照的に、私の心の中はぴかぴかの陽光で満ちていた気がする。軽い足取りで朝の教室へ入るなり、咲良の席に直行した。
「――え? 乙女ゲームの世界から王子様が飛び出してきた?」
私の発言を繰り返した咲良は呆れたように笑った。
「何それ? 今日見た夢の話?」
「違うよ! 通学途中にバス停の前を通るんだけど、その人がバスから降りてきてすれ違ったの! ホントに王子様みたいに格好良くて、美系って感じだったんだから。身長は……たぶん一七〇センチくらいじゃないかな。髪はさらさらで色白で」
「うちの学校の人?」
「ううん。青蘭高校の学ランを着てた」
私の通う北高校から少し離れた場所にある有名進学校・私立青蘭高等学校。彼は私と同じ一年生で間違いない。興奮冷めやらぬまま伝えると、咲良は小首を傾げた。
「美波、その人に声を掛けたの?」
「そんな勇気あるわけないじゃん」
「じゃあ何でその人が一年生だって分かるの?」
「実は私、青蘭高校に憧れてた時期があってね。成績が全然足りなくて諦めたんだけど、学校のこといろいろ調べてたから」
青蘭高校は通学バッグが学校指定で、肩紐と校章の刺繍が学年カラーになっている。彼のバッグは一年生を表すワインレッドだった。
「なるほどね。美波がそんな興奮するほどのイケメンなら私も見てみたいな」
「帰りも同じバスを使うだろうから行ってみようよ」
というわけで放課後、咲良と一緒に学校を出た。
例のバス停があるのは交通量の多い、片道二車線の大通り。付近には本屋さんやファミレス、ゲームセンターなどが建ち並んでいる。賑やかなこの通り沿いは学校帰りの寄り道にも適していた。
バス停近くで咲良と他愛のない話をしつつ、彼の訪れを待つ。やがて現れた彼は、今朝と同じく一人で歩いていた。憂いを感じさせる表情が大人っぽい。灰色の空のもと行き交う人々は色褪せて見えるが、彼だけは光り輝いている。
エメラルドグリーンの傘を折りたたんだ彼がバスの中へ消えると、咲良に声を掛けた。
「ね、王子様みたいだったでしょ?」
「確かに格好良い……っていうか、中性的で美麗な人だったね。いかにも美波の好きなタイプって感じ」
「そうなの! 私の推しキャラ、《シンデレラ・ボーイズ》の天馬くんに似てるんだよね」
大好きなゲームのキャラクターを実写化したような彼の雰囲気に一目惚れしてしまったのだと思う。
それからはバス停の前を通るのが楽しみになったのだが、彼を目撃できる日はほとんどなかった。
そして、そのうち法則に気付いた。
彼がバスを利用するのは雨の日だけらしい。
そのおかげで、大嫌いな雨の日を少しだけ好きになった。
しかし彼に声を掛ける勇気がないまま高校二年が始まって終わり……確かな恋心だけを宿して今に至る。
この一年の間に得た情報と言えば、出会った頃からずっと彼のバッグにぶら下がっている柴犬のマスコット。杖を持って二本足で立つポーズをヒントに調べたところ、《柴ぽんクエスト》というスマホゲームのキャラクターだった。
通称《柴クエ》。
カラフルな柴犬たちが剣や魔法を扱い、ドラゴンを倒すために強くなっていくRPG。彼が好きなものに触れたいという気持ちから私もダウンロードし、少しずつ進めてきた。
ただ、共通の話題を作ったところで、会話することができなければ何の意味もない。
高校三年、四月。
この一年が過ぎれば、彼があのバスを利用することもなくなるだろう。もう会えなくなってしまうかもしれない相手なら当たって砕けてもいい。
絶対、彼に声を掛ける。
心に誓いを立て新学期が始まった。




