今日、死にます。
これから死ぬ学生が旅をする物語の序章です。他人の日記を覗き見るようなつもりで読んでいただければと思います。
私は、今日死のうと思います。いや、さして大した理由などありませんが、死のうと思ってみたのです。
私の身の上は非常に恵まれておりました。器量の良い姉と世渡り上手の妹に挟まれて、いくつかの習い事もしながら今日まで生きてきました。もっとも、十八年で学んだことといえば多少水に浮かぶ技術とピアノは難しいということくらい。中高一貫の進学校にも入ることができましたし、そこで多くの友人に囲まれた生活も送ってきました。そして、大学受験を控えたこの春に私は死ぬのです。
元々、希死念慮というものはありました。十歳になろうかという頃に一度、ふと思ったのと、中学に入ってからしばらく、いままで。とにかく一度死んでみたいといった興味から、世界に対する絶望も、普通の学生として感じるであろうそれを私も多分に漏れず感じていました。一度、休み時間に─いま思うと彼には申し訳ないのですが─突然、隣席の友人にカッターナイフを渡して 首を掻っ切って殺してくれないか と頼んだこともありました。予想以上に驚かれてしまったので いや冗談だよ と弁明する羽目になったのです。彼は優しいので、その日の帰りは少し先の駅までデートしました。道中で買ってくれた焼き鳥の味はもう思い出せませんが、美味しかったという記憶はあります。
話を戻しましょうか。今日私が死ぬというのは、そういうのとはまた違った決断なのです。端的に申し上げれば、死を決断することで世界が美しいと思いたかった。あるいは、見える世界が美しいまま死ぬ自信が、いまを逃してしまえばもうないのではないかと焦燥に駆られたのです。
いま私は、足の悪い祖母を手伝うことを条件に、受験勉強に集中するからと祖母の家に居候しています。実家とそう離れた場所にあるわけではありませんが、それでも姉妹に囲まれるよりは落ち着ける場所でした。祖母は─やめておけばいいのに─毎朝階段を上って私の布団を剥ぎに来るのです。私は非常にそれが苦手でした。今朝もいつも通りそうしたのです。私は─これもいつも通り─嫌がりました。
もう六時半よ、起きなさい。
いつも早いんだよ。学校は間に合うから。
でもそうしたらあなたは朝食を抜くじゃない。
別におにぎり食べながら駅まで歩けばいいじゃん。ばあばも別に朝から凝ったの作らなくていいんだよ。
そういう訳にはいかないじゃない。あなた成長期なんだし。
終わってるって。
そういえば私、今日から一週間は長野の家行くから。作り置きとかあるからちゃんとご飯食べるんだよ。
祖母は長野に別荘を持っており、趣味として農家の真似事をしているのです。今日から一週間はいないらしい、と知った私は思ったのです。たぶん、私が外で死んでしまえばこの人はしばらく気付かないのだろうと。祖母は私の放浪癖を理解しています。ふと思い立って数時間の散歩に出ることもあるので─更にそこらのネットカフェや友人の家で一晩を明かすこともあるので─しばらく帰ってこないことをそう不審には思わないでしょう。後から思えば、恥ずかしながら私は、それが寂しくなってしまったのです。死の決断は寂しさの復讐にもなりました。
私は、温かい世界から外の世界へ出て、その部屋にしかない畳を踏む。布団は、今日はどうにも面倒に感じてたたまないことにしました。そうして優雅に紅茶も用意してある朝食を片付け、学校に行く。いつも廊下で友人とすれ違えば おはよう とか よう とか言って、─例の優しい友人の─村上に会うと本格的にスイッチを入れるのです。教室は少し暖かく、私はある種の勇気に突き動かされて話そうと思っていた内容を切り替えました。
村上、おはよう。少し変なことを言うけど聞いてくれ。私は君のような友人がいてすごく楽しいんだけどね、そろそろ人生が嫌になったんだよ。
どうした急に。中間考査はまだだろ。
いや、君には伝えておかなくてはと思って。
まあ、そういうことあるよな。今日なんて英語2コマあるし。
ああ、そうじゃん。本当に、嫌になってきたな。
とりあえず今日暇だろ、新宿で飯でも食うか。カラオケも行きたいと思ってるんだよな。
いや残念なことに暇じゃないんだよね。本当にごめん。
気にしないで小テストの範囲の単語覚えとけ。
ああ と言って席について、すぐチャイムが鳴りました。そして、いつも通り面白いことなく授業を受け、帰る時間になってしまい、村上から呼び止められたのです。
なあ、赤羽。朝の言葉の意味、もう一回聞いても?
いや。 まあ今日死ぬつもりなんだよ。
そうか。いつだか、そういうことを言ってたよね。
それとはちょっと違うけどね。
君もそうしたから正直に言うけど、 僕は君が好きなんだよ。勉強してないのに頭いいし、芯があって話していても楽しい。別にそれを言ってどうしてもらおうということはないんだけど。
呪いじゃねえか。
たしかに、呪いだね。でも赤羽涼が死ぬなら僕も呪われるんだ。なぜ止めなかっただろうって、向こう十数年は少なくとも苛まれるだろうよ。だからこれくらいの言葉は背負ってくれ。
少し、考えました。この好意を受け取ってしまえたら話は早く、楽だというのはわかっているのです。しかしそうなると、決断したはずの死というものが軽くなってしまう。生きている中で選択肢としてふっと湧き上がってしまったとき、お互いに迷惑をかけることは明白でした。私が顔を上げると目に刺さるような日光を直接見てしまい、二、三歩だけの間、眩んだ目をどうもできず感覚のみで歩きました。
そうして、観念しました。 わかったよ、村上。君の言葉は覚えておくし、もしかしたら活かすことにするよ。 とだけ言って、駅の方向が違うので私たちの行先は正門を通り過ぎるとすぐ分かれたのです。
私は学校の最寄り駅まで彼の言葉を反芻していました。やはりああいったことを告白するというのは勇気がいるようで、言葉が発せられるまでの若干の深呼吸が耳に残っていました。思えば私は、誰かのことを好きになったことがあるのかと問われると答えに窮することでしょう。友人は多く、また友人同士で恋人関係になった際は少なからず嫉妬はあったかと思います。私は君たちと友人であるというのに、君たちはそれ以上の関係になったのだ、と。私を裏切ったのかと。そう言いたくなることも多々ありつつ、しかし特定の個人に執着することはあまりなかった気がします。嫉妬深い博愛主義者であるというのは非常に厄介だなと思い至る間に、私は駅の近くまで来ていました。駅前にはアイドルショップなどがあり、さして好きでもないのに耳に残るような曲を延々流していて、かつそれに熱心な方々が蠅のようにたかっているものですから、昼過ぎのこの時間はやたら混雑するのです。また海外の方もよく住まれる場所が近いことから、往来の国籍は多種多様でした。だというのに、私は一瞬間だけ、横断歩道の上の人々が、幽霊や亡霊の類に見えて仕方なかった。ふっと恐怖心に駆られて意識を取り戻すと、そんな幻はいずこやら、人々はいつも通り帰り道の障害物にしか見えませんでした。
さて、どうやって死んだものかと揺れる電車内で考えていました。私には死ぬ勇気というものがないので、即死できるものがよい。すると、やはり急行に轢かれるか屋上から飛び降りるかといった方法しかないでしょう。とりあえず、帰って準備だけしようかと思いました。駅に着くと、祖母の家まではしばらく歩かねばなりません。山を切り開いた住宅街なので、マンションなどのある道をずっとまっすぐ行くのに、40分ほどはかかります。その40分間、死ぬ者の見る景色はなんと美しかったでしょうか。照らされた硝子は反射光をあちこちにやりながら、影の一部に光を当てていました。少し前まですべての葉を散らしていたはずの街路樹の銀杏は青々としており、生命をみなぎらせていました。そういえば、桜が美しいのは、樹の下に屍体が埋まっているからだと納得した人の短編で読書感想文を書いたこともあった。いまならそれもわかる気がしてくるのです。美しい世界は、死を隣に置くことで成立するのだと、私もまた納得してしまいました。そのようにして、世界のすべてに、赤子のように感動しながら家に到着することとなりました。いつも通り植木鉢に隠された鍵で家に入る。慣れたはずの部屋の匂いは、どこか懐かしかった。この家のどこかにも、きっと屍体はあるのでしょう。私は急いで階段を上り、カバンを畳に捨て、制服を脱ぎ捨て、小学校から着続けているパーカーを着て外に出ました。財布には交通費として一万円弱、現金が数千円。これだけで、私の死の旅が始まったのです。




