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3. 労いテンプレ/信頼/“仲間っぽい言葉”/任せといて/完璧

1|ひび割れるタロットno16“塔” と千里のビジネス習慣

  テンプレ優しさが崩れる瞬間


 水曜日の夕方。

 千里は外回りから戻り、上司・五十嵐に資料の進捗を報告しようとした。


「おかえり、千里ちゃん。外回り疲れたでしょ? 無理しちゃダメだよ」

と、いつもの“テンプレ優しさ”で迎えられる。


 その声色は柔らかいが、千里は分かっている。

 五十嵐は本気で話を聞こうとはしていない。


「例のB案件、資料を確認したいのですが──」


「大丈夫、大丈夫。千里ちゃんに任せてあるから。信頼してるよ」


 ──信頼、という言葉の乱用。


 千里は喉に小さな違和感を覚えながら席に戻る。


 しかし翌日、B案件の先方から怒りの電話が会社に入った。

“提出した資料に、契約条件の改訂が反映されていない”というクレーム。


 京子先輩が青ざめて千里のところへ走ってくる。


「これ……千里さん、本当に修正してなかったの?」


 千里は即座にフォルダを開いた。

 自分が作った最新版は確かにある。

 だが──


 五十嵐が勝手に古いファイルを提出していた。


 理由は単純で、

「最新版がどれか分からなかったから、前のやつでいいと思って」

という、何の責任も感じていない軽い言葉だった。


「いやぁ、千里ちゃん言ってくれてた? 俺、覚えてなくてさ。ごめんね、ほんと。

 でもまあ、お互いさまだよ。チームでやってるんだし」


 ──“お互いさま”で片づけようとするその笑顔。


 千里はその瞬間、背筋の奥がすっと冷めるのを感じた。


「言いました」と反論しようとすると、

 五十嵐は手をひらひらと振った。


「ああ、そういうの今いいから。とりあえず先方に謝っといて」


 ──責任が宙に浮く。

 テンプレだけが優しく、実務は無責任。

 それを覆い隠すための“仲間っぽい言葉”。


 千里の中で、何かが静かに折れた。





2|千里が“距離を置く”と決めた日


 クレーム対応が終わり、夜のオフィスに戻ると、

 京子先輩がペットボトルのお茶を差し出してくれた。


「千里さん、落ち込まないでね。悪いのは五十嵐さんだから」


 その言葉は少し救われるようで、でもどこか千里は笑えなかった。


 京子先輩は続ける。


「でも……うちの会社って、誰かを責めないのが文化だからさ。

 責任追及になると、みんな引いちゃうのよね。

 だから“チームのミス”にして終わらせたほうが平和」


 ──平和、という名の忖度。

 ──優しさ、という名の責任放棄。


 千里は気づく。


 ここでは、誤ったファイルを提出した人と

 止めようとした人の責任が同じ扱いになる。


 それは「優しい」ようで、

 実は誰も自分の仕事に責任を持たなくなる構造だ。


 その夜、千里は超過勤務の申請を出そうと経理担当に声をかけた。


「えっ、今日も出す?

 ……うーん、でも今月はもう予算きついから、

 できれば来月まとめてもらえると助かるんだけど」


 千里はその瞬間、

 心の底でストン、と音を立てて何かを諦めた。


“会社に合わせたら、壊れる”

“ここに自分の人生は預けられない”


 そう確信した。


 その帰り道、

 コンビニの外で買った熱いお茶を手に、

 千里は夜景を眺めながら静かに決めた。


「もう二度と、“優しさのテンプレ”に騙されない」


 翌月、千里は会社を辞めた。





1|言葉を選ぶようになった千里


 現在の会社の会議室。

 資料を配り終えた千里は、部長からの確認に静かに答える。


「──こちらは、最新の改訂版で間違いありません」


 声のテンポは一定、淡々としている。

 だが“間違いありません”の部分だけ、ほんの少しゆっくりめだ。


 千里は人が軽く「OK、任せるよ」と言っても、

 すぐに頷かなくなっている。


 言葉の裏に、本当に理解があるかどうかを確かめる。


 それは強がりではなく、生存戦略に近い。





2|“優しさ”を鵜呑みにしないクセ


 昼休み、同僚の一人が気軽に声をかけてくる。


「千里さん、昨日の資料ちょっと見ておきましたよ~。

 任せといてください」


 千里は、にこりと愛想笑いは浮かべるが、そのあとで必ず言う。


「ありがとうございます。念のため、最終版は私でも確認しておきますね」


 任せ切らない。

 曖昧なまま受け取らない。

 “優しさ”に対して補助線を引いておく。


 それが彼女を守る。





3|距離を置く「静かな壁」


 部署の飲み会の話題が出ると、千里は自然に一歩引く。


「日程が合えば、伺います」


 これは断りでも肯定でもない “中間の位置”だ。

 千里は前職で、宴会での“なんとなくのノリ”と“責任の軽視”が

セットになっていた記憶を持っている。


 だから──

 群れの勢いには混ざらない。

 でも孤立もしないラインを保つ。


 同僚からは「距離はあるけど感じ悪くはない人」と認識される。





4|説明は丁寧だが、深入りはしない


 後輩に仕事を教えるとき、千里の言い方は優しい。


「ここは、先方が気にしているポイントなので、

 順番を変えたほうが見やすくなりますよ」


 しかし後輩が「助かります~!」と懐いてこようとすると、

 千里はほんの半歩距離を戻すように言う。


「いえいえ、お互いに仕事がやりやすくなるのが一番ですから」


“個人的に懐かれる”のは避ける。

“役割として誠実に向き合う”ところで止める。


 前職で、誰かに寄りかかられた結果「チームのミス」に巻き込まれた経験があるからだ。





5|責任の線を、自分で引くようになった


 社内メールを送るときも、千里は小さな工夫をする。


・提出版の添付に「最新版です」と明記

・説明文を2行でもつける

・依頼事項の締め切りを曖昧にしない


 それは「責任の所在を明確にする」という行為。


“誰が何を把握していて、どこで区切られているか”

 それを曖昧にしたまま進むと、必ず誰かが困ると知っているから。


 千里は、自分も他人も守るため、線をはっきり引ける人になった。





6|誉め言葉の扱い方


 部長がふと褒める。


「千里さん、ほんと完璧だよ」


 千里は落ち着いた声で返す。


「ありがとうございます。ただ、不安な点があれば早めに申し上げてください」


 褒められても油断しない。

“完璧”という言葉ほど責任が曖昧になる言葉はないと知っているためだ。





7|千里の内心(分析)


「優しさ」は信用しない。

 ただし、「丁寧さ」は信用する。


 仕事における距離は、近すぎず遠すぎずの“中庸”。


 依存も媚びも拒絶も避け、相互尊重の距離を最も大切にする。


 仲間意識よりも、“責任の一貫性”を重視する。


 それでも誰かが困っていれば、手は差し出す。

 ただし、相手がそれを当然だと思った瞬間、距離は戻る。

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