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10.「テンプレ外の人々のコミュニケーション」序章(続き)

 階段に残る朝の湿気が、白い外壁に薄く貼りついている。

 ごみ袋を軽く揺らしながら、美彌子は千里の横顔を一瞬だけ観察した。

(相変わらず、距離が近すぎず遠すぎずの人……)

 その印象は“好意”でも“警戒”でもなく、ただの評価。

 千里もまた、美彌子に深入りしようとはしない。ただ、挨拶が丁寧な分、もしかすると他人からは仲が良さそうに見えるかもしれなかった。


「今日、晴れるらしいですよ」

 美彌子が言う。天気予報をそのまま口にしただけの、温度の薄い言葉。


「ええ、助かります」

 千里はそれに、礼儀としての微笑みを添える。そこには“踏み込まない”という合意の気配があった。


 美彌子は自覚していた。

 自分は人との相互作用を最適化するために、“深度2までしか潜らない”という癖がある。

 そこには過去の傷も、性格的な頑固さも、効率主義も混ざっていた。

 ――だが千里は、似たような距離感を保つ相手として心地よかった。


「じゃ、行きますね」

「どうぞ、お気をつけて」


 ほんの十数秒の立ち話。

 だが、その短さの中に“テンプレで済ませたい二人”の同意のような静けさがあった。

 人は、近づきすぎなくても、壊れない関係を結べる。

 その“薄い強さ”こそ、この物語の芯へ向かう予兆だった。




◆ 休日ショートシーン(千里)


 その日の夕方。

 千里は小さなソファーに体を預け、数冊のガイドブックとメモを広げていた。

 部屋にはラベンダーのディフューザーがほのかに香り、窓からの淡い光が資料の端を照らす。


 ページをめくるたび、千里の表情が少しずつほどけていく。


「……この路線なら、乗り換えは一回で済むか」


 声のトーンは変わらないが、眼差しにだけ柔らかい熱が宿っている。

 仕事ではめったに見せない集中と静けさ。

“誰にも合わせなくていい時間”が、千里をやっと人間らしく戻す。


 コーヒーを一口飲んで、ふと窓の外の雲を眺める。

 美彌子と交わした短い会話が頭に浮かぶ。

 あの薄さが、実は千里にとってちょうどよかった。


 ――深入りしないからこそ、壊れない関係もある。

 ――テンプレだからこそ、逆に迷惑をかけない優しさもある。


 だが、ここで描かれるのはその先。

 テンプレから“半歩だけ外に出る人々”が、どう息をし、どう衝突し、どう繋がり直すのか。


 千里は、まだそれを知らない。

 ただ、ソファーの上でひとり静かに、旅先の古い宿を検討しているだけだった。

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