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9. 白いアパートの早朝/休日の短い静けさ

1|白いアパートの早朝


 まだ薄い朝靄が残る住宅街。

 白い外観のアパートの外階段を、ごみ袋を片手に幸田美彌子(36)が、もたつく足取りで降りていく。


 茶髪のブリーチが寝癖で少し跳ね、ゆったりしたTシャツの裾が風に揺れた。


「んー……今日、燃える日で合ってたはず……」


 半分寝ているような声でつぶやきながら、ごみ置き場へ向かう。


 角を曲がるとちょうど、

 細い体で軽やかな動きを見せる女性が、小さな袋を置こうとしていた。

 美浜千里だった。


 ショートボブの髪が朝日の光を受け、くっきりとした輪郭を描く。

 黒の薄手カーディガンにワイドパンツという落ち着いた装いで、相変わらず静かな存在感がある。


「あ、おはようございます」


 千里が気配に気づいて軽く会釈した。

 美彌子は、くたっとした笑顔で手を振る。


「おはよ。早いねえ」


「最近、朝のほうが気持ちが整うので……」


「へえ~、さすがだわ。

 私は毎朝こうよ、寝ながら歩いてるみたいな」


 美彌子が冗談めかして肩をすくめると、

 千里は小さく笑った。


 ほんの短い静けさ。

 空気は軽いのに、どこか穏やかで、互いに余計な距離を求めない気楽さがある。


「美彌子さん、気をつけてくださいね。

 階段、朝は滑りやすいので」


「あ、うん……ありがとう。

 千里さんも良い一日を」


「はい。美彌子さんも」


 二人はそれぞれの方向へ歩き出す。

 ごく短い立ち話だったが、どちらにとっても“無理のない朝”だった。



   *


2|休日の短い静けさ


 翌週の日曜。

 千里の部屋には静かな光が差している。


 薄いグレーのソファに膝を寄せて座り、

 広げた旅行ガイドとタブレットの地図アプリを行き来しながら

 小さくメモを取っていた。


 メモには、こんな言葉が並ぶ。


・温泉街

・資料館(歴史関係)

・海沿いの古い道

・静かな喫茶店


 ふと千里はペンを止め、小さく息をついた。


(……この前、美彌子さん、

 「一人旅っていいよね」って言ってたな)


 あの人のゆるい空気は、

 千里の部屋の静けさとは対照的なのに、なぜか邪魔ではない。

 むしろ、会話のあと少しだけ

 心の隅が“柔らかく”なるような感覚があった。


 千里は地図を拡大し、次のページの資料を重ねた。


(行きたい場所を、ちゃんと選んでいい)


 休日の静けさに、

 そんな小さな許可を自分へ与えられるようになった。


 シンプルで淡々としていながら、

 その静けさは――

 これまでの千里にはなかった“余裕”だった。

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