第96話 旧市街の罠ダンジョン視察
琥珀色の結界膜をくぐると、空気が変わったように感じる。
湿った石畳の匂い、風に乗る埃、どこか遠くで軋む木製の看板。
視界に広がるのは――中世ローマの旧市街を思わせる石造りの迷路だった。
崩れかけたアーチ、黒ずんだ壁面、割れた石畳。
細い路地が複雑に入り組み、どこに罠やモンスターが潜んでいてもおかしくない雰囲気だ。
「……雰囲気あるな」
俺がつぶやくと、詩乃が静かに頷いた。
「このダンジョンは『罠の街』とも呼ばれています。
今回の視察対象のチームは、あのチームです。」
視線の先には、6人編成の探索者チームがいた。
詩乃が近づくと、全員が一礼した。
俺もつられて頭を下げてしまう。
「編成は、前衛2名、後衛1名、探索担当2名、ポーター1名ですね。
それでは皆さま。いつも通りにお願いします。」
詩乃の声に一番年上の男が声をかけチームが動き始めた。
意外なことに、6人中3人が女性だ。
「女性が多いんですね。少し意外です。」
「このダンジョンでは観察力が重要ですからね。
あと、ここでは男女混成の方が事故率が下がる傾向があります。」
「なるほど。ダンジョンの特性に合わせて編成するんですね。」
前衛は男女ペアだ。装備で分かり易い。
おそらく盾役が男でアタッカーが女なのだろう。
声をかけていた一番年上の男はまとめ役っぽいし、ポーターというか、記録係のような女性と頻繁にやり取りをしている。
この2人が後衛組だとすれば、
残った男女ペアが探索担当なのだろう。
役割がきっちり分かれていて、いかにも『プロ』という布陣。
装備も立派。
革と金属を組み合わせた軽量防具、最新式のヘルメット、通信機器、そして探索担当の手には――
「ん? ……金属探査機?」
思わず声に出していた。
探索担当の男が、ハンディ型の金属探知機を壁に滑らせている。
もう一人の探索担当の女性は、地面に変な台車を滑らせている。
「そうです。もう一つは地中レーダーですね。
彼らは私の支援を受けていますので、装備もツールも現行の探索者としては最高水準ですよ。」
地中レーダーとは、地面内部の検査を行うヤツだろうか。
後衛の人たちがタブレットでデータをまとめ、ポーターが記録を取っている。
確かに、装備は立派だ。
だが――
……動き、遅っ。
一歩進むごとに立ち止まり、
金属探知機を当て、
地中レーダーを走らせ、
レーザー距離計で壁の歪みを測り、
後衛が確認してから、
ようやく次の一歩。
なんだろう……工事現場かな?
慎重なのは分かる。
罠にかかれば大怪我は当たり前、下手をすれば命に関わる。
慎重になって当然だ。
「……とても丁寧ですね。」
セリフィアが小声で言う。
彼らの行動に納得はしているのだろうが、どこか不満げに聞こえた。
それも無理はなない。
セリフィアであればスキル一発で罠の位置が分かってしまう。
仮にスキルを使わなかったとしても持前の身体能力でどうとでも対応できてしまう。
罠に引っ掛かるという概念が存在しないレベルの身体能力の持ち主なのだから。
セリフィアの基準で見れば、探索者たちはスローモーションで行動しているとしか思えないだろう。
前衛の一人が、石畳の継ぎ目を指差した。
「ここ、段差が不自然だ。探索班、チェック。」
探索担当が膝をつき、金属探知機を当てる。
反応があり、地中レーダーで内部を確認すると――
「空洞ですね。深さ2メートルほど。」
「落とし穴発見。マーキングして迂回。」
2メートルて。
……いや、2メートルは普通に危ない。
死亡リスクだってある。
俺の親戚のおじさんも、脚立からの転落で頭を打ってしまい意識不明になったことがある。
幸い命が助かったが、長く昏睡が続き、いつ死んでもおかしくないという診断を受ける怪我だった。
人間は、とても脆い。
『1mは一命取る』
これは本当に甘く見ちゃいけない。
彼らの行動を見て、俺の感覚が、いかに『異常側』に寄っていたかを痛感する。
そんな俺を見て、詩乃が横目で微笑んだ。
「中村様。あなたが思っている以上に、普通の探索者は『普通の人間』なんですよ。」
「……そうなんだね。」
否定のしようがない。
探索者たちは、次の角でも慎重に止まる。
レーザー距離計で壁の傾きを測り、
赤外線サーモで温度差を確認し、
ポーターが地図に細かく書き込む。
「進行速度、遅いですね……」
セリフィアがぽつりと言う。
「ええ。でも、これが『正しい』のです。」
詩乃が静かに答えた。
「罠ダンジョンでは、焦りが死に直結します。
彼らは本当に優秀ですよ。
ただ――あなた方とは、世界が違うだけです。」
その言葉が、妙に胸に刺さった。




