第95話 普通の探索者を知ろうツアー、始動
『普通の探索者のダンジョン攻略』――その実態には、前から興味があった。
鷹司さんは、攻略者の頂点に立つ D1免許保持者。
日本国内のどんなダンジョンにも入れる、まさに『最上位』の資格だ。
そこに至るまでに潜ったダンジョンの数は、きっと俺の想像を軽く超えているだろう。
対して俺は、現在『D6免許保持者』である。
もう一度言おう。
頂点のD1免許保持者の鷹司さんに婚姻を申し込まれている俺。
D6免許保持者である。
試験のために『3級』の城攻めダンジョンや、『1級』の天哭の塔なんかに入ってはいるが、それは特例で入っただけ。
本来ダンジョンに入るには、その級数に応じた免許が必要になる。
1級ダンジョンに入るには、D1免許。
2級ダンジョンは、D2免許。
3級ダンジョンは、D3免許。
4~6級ダンジョンはD6免許。
7~9級ダンジョンはD9免許。
つまり俺は、まだそれらのダンジョンに入る資格がない。
セリフィアの圧倒的後押しがあったおかげで、3段飛ばしでD1免許を取ろうとしているけれど、所持免許はD6。下から2番目なのである。
そもそも俺は、免許無しで入れる10級ダンジョンに入り浸っていた人間。
D9免許を取得した後も、行ったのは9級の裏庭ダンジョン、7級の潜伏ダンジョン。同じく7級の治安のよろしくない決闘場ダンジョンの3つ。
D6免許に更新して、4級の不人気スケルトンダンジョンにしか行っていない。
つまり、俺のダンジョンの経験は、10級ダンジョンを省くと、たった6つ。
6個のダンジョンしか行ったことが無い。
さらに言えば、セリフィアたちに戸籍や免許がないという状況だから、ダンジョン内でも誰かに見つからないよう、とにかく人目を避けて行動していた。
社会人生活に縛られていた頃は、ダンジョン探索動画なんてのも、ほとんど見ていない。
4級のスケルトンダンジョンで撮影した『戦うスーツおじさん』の動画編集も、全部セリフィア任せ。
正直、俺は『探索者』について、よく分かっていない。
決闘場ダンジョンで、他の探索者がモンスターと戦う姿は見たけど……7級は少年がイキって挑める程度のレベル。
あれを、ダンジョン探索者の参考にして良いかと言われると「ダメでしょう」ってなるしな。
4~6級ダンジョンに挑む人たちこそが、ダンジョンで食っていけるレベル。プロ探索者。
その人たちの実態を、まったく知らない。
「マスターが自身の実力を正しく認識できるのは、とても、とても良いことです。」
セリフィアが嬉しそうに言う。
俺自身も興味があったし、彼女の強い肯定もあって――
鷹司さんの提案、
『普通の探索者を知ろうツアー』
に参加させてもらうことにした。
★ ☆ ★ ☆彡
鷹司さんは流石というか、あっという間に段取りを整え、今日は3つの視察に行くことになった。
5級、旧市街の罠ダンジョン
4級、人形の群巣ダンジョン
後一つ候補のダンジョンがあるらしいが、2つ回るだけでも時間が読めないため、時間が余ったら向かおうということで、まずはこの2つに絞ることになった。
どちらのダンジョンも、鷹司さんの関係者が攻略中ということで、その様子を視察するのが今回の目的だ。
リムジンで移動しながら、鷹司さんが簡単にレクチャーしてくれた。
内容としては、まず5級の『旧市街の罠ダンジョン』。
廃墟探索型のダンジョンで、モンスター自体は弱い。
だが事故率が高く、連携・索敵・罠対応 が重要になるらしい。
初心者と中堅の差が最もはっきり出るタイプのダンジョンだという。
次に4級『人形の群巣ダンジョン』。
こっちは群れ型モンスターとの戦闘が中心で、狭い通路での立ち回りが求められる。
一体一体は弱いが、数の暴力 が脅威で、慣れていない探索者はすぐパニックになる。
逆に、戦闘が上手い探索者はここでよく分かるらしい。
視察に当たって『強者を大量に引き連れて行くのは、さすがに相手が萎縮するだろう」という鷹司さんの判断で、ルミナ、カリーナ、ミレイユ、カグヤの四人には一度帰ってもらうことになった。
正直、彼女たちの返還タイミングが、俺には分からなくなっていたので、鷹司さんの言葉が少しだけありがたかったのは内緒だ。
そして午前中のうちに、最初の目的地――旧市街の罠ダンジョンに到着した。
5級だけあって、入口周辺はしっかりとフェンスで囲われ、一般人が近づかないよう厳重に管理されている。
「では、参りましょうか」
鷹司さん――いや、今は『詩乃さん』と呼ばなければならない彼女が、軽く手を差し向ける。
「あー、詩乃さん。セリフィアはこのまま行って大丈夫なんですか?」
「……」
「詩乃さん?」
「……」
完全に俺を見ている。
呼ばれたことは分かっているのに、返事をしないタイプの沈黙だ。
「……詩乃さん?」
「……」
まだ見ている。
これは、あれだ。
「……はぁ。詩乃」
「はい。大丈夫ですよ。私が保証しますので」
にっこーーー!
と、擬音が聞こえてきそうなほど、満面の笑み。
そう、彼女は『鷹司さん』呼びを禁止している。
これから先、同じ名字の『鷹司さん』に遭遇する可能性が高いから、というもっともらしい理由をつけて。
なんだか着々と外堀を埋められている気がしないでもない。
「面倒な女の振る舞いは嫌われますよ?」
セリフィアが、軽い調子で毒を吐く。
俺も少し言おうかと思ったりもするが、『ご令嬢を名前呼びできる』というのが実はそんなに嫌じゃなかったりする。複雑な男心よ。
「そうですね。ご忠告痛みいります……ただ、嫌われるかどうかは中村様が決める事ですから。私は心配していませんよ?」
やめて、なんかまた外堀を埋めてきてる気がする。
「随分と強気ですね?」
「いえいえ、強気などではありませんよ。事実を申し上げただけです。」
さらり。
本当にさらりと強いことを言うんだよなぁ、この人。
「さ、さぁ! 行こうか! いやぁ楽しみだなぁ!」
変な空気を断ち切るように、俺は早足で歩き出した。
二人も自然と後ろに続いてくる。
手続きを済ませると、さすがはD1。
免許のないセリフィアも、何の問題もなくダンジョンに入れるよう手配されていた。
入口の琥珀色の結界膜が、ゆらりと揺れる。
さぁ、5級『旧市街の罠ダンジョン』
そして、挑んでいる探索者たち。
楽しみだ。




