第94話 朝食はビュッフェ一択
ちゃんと朝に起きることができたので――正しく言うなら、昨夜はそこまで遅くならずに眠れたので、ホテルの朝食を取ることにした。
このホテルの朝食は、席に座ると運んでくれるセットメニューと、ビュッフェ形式の食べ放題の二種類から選べるらしく。
当然、俺は迷わずビュッフェを選んでレストランへ向かった。
テーブルに案内され、皆でワイワイと料理を取りに行き始める。
ホテルのビュッフェは特別感があって、なんだか楽しい。
これだけでエンターテイメント気分になってしまう。
俺はシェフが目の前でオムレツを焼いていたので、一つお願いしてみることにした。
「おはようございます」
「……おはようございます」
振り返ると、鷹司さんが笑顔で立っていた。
――この人、ほんと強心臓だ。
昨日、この人に婚約申し込まれたんだぜ? なのに、どうってことなさそうな普通の感じだ。
どちらかといえば俺の方がドギマギしてしまっている始末。
「ご一緒してもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。」
彼女は、このホテルに泊まらせてくれている『スポンサー様』でもある。
スポンサー様の、その程度の要望を断る理由なんてない。
皆も俺が返答したことで様子見に回っているような雰囲気だ。
焼き上がったオムレツを受け取り、席へ戻ろうとすると、鷹司さんもサラダを手にオムレツを眺めていた。
どうやら気になっているようだ。
これから一緒にご飯を食べようという相手を置いて先に戻るほど、俺は無神経ではない。
何か話題を振ろうかと考えるが、よくよく思い返しても、彼女とは接点がほとんどない。
それでも、もう口が開きかけていたので、そのまま思いついた言葉を口にした。
「……えっと、お嬢様でも、こういう朝食を取られるんですね。」
ぶっちゃけ、財閥のお嬢さまが、朝食の食べ放題に来るとか微塵も思ってなかったよ。
「ふふふ、中村様。私は色々な肩書をもってはいますが、普通の人間ですよ。普通の女です。朝になればお腹も空きます。」
そう言いながらも、オムレツは注文していないようだ。
「とはいえ。昨日はたくさんいただいてしまいましたので、まずはサラダで様子を見ようと思いまして。」
彼女は軽く笑い、皿の上のサラダを少し揺らして見せた。
その仕草が妙に自然で、昨日の『婚約宣言』が夢だったんじゃないかと錯覚しそうになる。
席に戻り始めると、仲間たちも一緒に動き出す。
戻ったテーブルは六人掛けの長方形のテーブルだ。大きなテーブルなので椅子を用意してもらえば7人でも座れそう。
そんなことを思っていると、スタッフが椅子を用意してくれていた。流石高級。
「さて、中村様は……どなたの隣が落ち着きますか?」
「うっ」
一瞬、胃がキュっとなる。
なんとなく。
なんとなくだが、席順を巡る女の闘いが始まっている気がする。
そしてその席順は鷹司さんの問いかけのせいで、俺が決めざるを得ない空気になってしまった。
ならば、俺の言うべきことは一つだ。
「俺はお誕生日席にします。みんなは好きな席にどうぞ。被ったらじゃんけんで決めるってことで。」
そう宣言し、俺はスタッフが追加してくれた椅子へと、逃げるように腰を下ろした。
誰の隣にもならない位置を確保できたし、鷹司さんの問いかけに対して、なかなかファインプレーだたのではないだろうか。
「では、私は最後で構いませんので、皆さま、お好きな席へどうぞ。」
鷹司さんが穏やかに手を広げ、譲るように促す。
「私はマスターの隣に座ります。」
「私もー。」
セリフィアとルミナが、ほぼ同時に移動した。
「あらあら、まぁ私はどこでも構わないわよ。」
「そうですねぇ。私も同じです……カグヤさんは2人とじゃんけんしてみます?」
「え? あ、いえ……大丈夫です……」
カリーナとミレイユが大人の対応で場を整えようとするが、
控えめな大和撫子であるカグヤは、遠慮が先に立ってしまったようだ。
そんなわけで、席順は自然と決まっていった。
六人テーブルに追加された『お誕生日席』が俺。
右隣にセリフィア、左隣にルミナ。
セリフィアの横にカグヤとミレイユ。
ルミナの横にカリーナ。
そして必然的に、カリーナの隣が鷹司さんの席となる。
「では、私はここに……中村様が一番見える場所ですしね。」
そう言って、鷹司さんはお誕生日席の真正面――本来は椅子のなかった位置に、静かにサラダの皿を置いた。
その動きに合わせるように、スタッフがすぐさま椅子を運んできて、何事もなかったかのように配置を整える。
高級ホテルらしい、無駄のない滑らかな対応。
大したことの無い朝のやり取り。
だけど、この一連の流れの中で、鷹司さんの『強さ』のような物を感じてしまうのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
「ところで中村様。これから何かご予定はございますか?」
「はい?」
席も決まり、朝食を進めていると鷹司さんがふと問いかけてきた。
「ゲーム会社の買収のお話も、D1免許の取得も、どちらももう少し時間がかかります。ですので……このホテルで休暇を楽しまれますか?」
「あ~……」
ぶっちゃけ、特に急ぎはないんだよな……かといってホテルで休暇は、なんというか、あまり良くない気がする。
こんな生活、続けてたらバカになっちゃう……
でも、マナ・マテリアルズに預けた金鉱石の件も、まだ連絡はない。
『戦うスーツおじさん』としての動画撮影とかも、金策のためだったが――その金策が成ってしまった気がするから、撮影する必要がないように思える。
今、多少気になっているのは天哭の塔がどうなったか。それくらいだ。
「特にご予定が無いのであれば、ひとつ提案がございます」
鷹司さんはフォークを置き、まっすぐこちらを見る。
「中村様。一度、『普通の探索者』がダンジョンに潜る様子をご覧になってみませんか?
他者を知ることで……どれほど中村様が特別なのか、より実感していただけると思いますので。」
ほう?
なんだか面白そうなご提案じゃないの。




