第92話 サラリーマン的先送り術
「ぷぃー……」
もう一泊することになった部屋に戻り、ベッドに横たわる。
一流ホテルはやっぱりすごい。
ぐちゃぐちゃに散らかっていたはずの部屋が、ご飯食べてる間に綺麗になってるんだもの。
「はー……おいしかったな~……」
鷹司さんの話の内容に思う所は色々あったけれど、彼女も俺の意図を汲んで話を変えてくれたし、あの後はしっかり食事を楽しめた。
それにしても、あのフルコースは美味しかった。
めちゃくちゃ美味しかった。
あれは、俺の人生で一番に来そうなフレンチだ。
前菜はキャビアと雲丹の冷製だったが、実は軍艦巻きっぽい? とか思ったのは内緒だ。
スープもオニオングラタンスープだったけど、声が漏れるくらいには美味しかった。
ちゃんとしたスープって美味過ぎて驚くんだな……
鮑とオマール海老のパイ包み焼きも凄かった。
居酒屋だったら、どっちも時価になりそうな食材の組み合わせが、マズイわけ無い。
肉も牛ヒレ肉のローストで、ビックリする柔らかさ。またソースが食べたことのない味に思えて美味い美味い。
デザートも芸術品に見えそうなチョコレート細工とフルーツ。
もう、言う事なんかなんもない。
食事の後は鷹司さんが用事があるということで、お開きになった。
解散後、すぐに部屋に戻ってきたというワケだ。
「贅沢してるなぁ……」
ちょっとばかし贅沢し過ぎじゃね?
食べた料理も、一人5万円くらいは軽くかかりそうなコースに思えた。
6人で30万円くらいの料理……もちろん俺が払った訳ではないが、罪悪感がないでもない。
今いる部屋もネット調べでは、どうにも1泊で40万円ほどらしい。2連泊で80万円。
未だサラリーマン感覚しかない俺には、たった2日で100万円を超える浪費というのは、どうにも贅沢し過ぎとしか感じないから、落ち着かない。
……いや、一銭も払ってないんだけどね。
「と~っても美味しかった!」
「食べ過ぎました……」
ルミナとカグヤが、ボフっと俺の隣に寝転がった。
沢山の検証を重ねたおかげで信頼が深まり、俺の彼女たちに対する遠慮も、彼女たちの俺に対する遠慮もだいぶ薄くなってきている。
こうして美女、美少女たちと過ごす時間も、贅沢の極みみたいなものだろう。
この贅沢に慣れてしまったら、もうダメ人間になる気がしてならない。
「マスター。お疲れ様でした。」
「あぁ、うん。セリフィアもお疲れ。色々とありがとうね。」
「とんでもないです。」
鷹司さんに『セリフィアへの丸投げ禁止』されるくらいには頼りすぎている自覚はあるからな。
確かに『困ったらセリフィア』しすぎかもしれない。
……でも頼りになるんだから仕方ないんだよなぁ。
「ねぇ、ルームサービスでチーズとワイン頼むけど、何かいる?」
隣の部屋からカリーナの声が響く。
食事中、鷹司さんにワインのことを色々聞いていたし、気になってるんだろう。
「俺はお腹いっぱいだから大丈夫かなー」
「私チョコケーキ欲しい。」
「はいはい。じゃあ、適当に摘めそうなのも頼んでおくわね。」
ルミナはデザートをすっかり気に入ってたし、甘い物は別腹なんだろうな。
それに、誰かがおつまみとか食べてたら一口食べたくなるのも世の常だよな。
「それにしても、検討が大変ですね。」
ミレイユもベッドに腰掛け口を開く。
「そうなんだよなぁ……」
まずは鷹司さんから婚約を申し込まれたこと。
ゲーム会社の買収が行われていること。
エクスポーションの取引先が鷹司の財閥っぽいこと。
検討事項が結構ある。
正直なところ、鷹司さんとの婚約にマイナス要素があるかと言われると、社会的なマイナスは無いような気がするんだよな。
むしろプラスの方が多い。
他に思い当たるマイナス要素といえば――俺が財閥の娘さんを嫁にもらうのか、それとも財閥に婿入りするのか、どっちの場合にしても『俺が面倒な思いしそう』という点くらいだ。
ただ、この『面倒さ』のウェイトは意外と大きい。
「うーん。難しいなぁ……」
「マスター、少しお話しても?」
「もちろん。」
セリフィアも腰掛けてこちらを見ているので、俺も身体を起こし、聞く体勢をつくる。
「まず、私情を排して整理すれば――鷹司さんの提案は有益です。彼女との婚約は、社会的信用を大きく強化する力となります。」
「だよねぇ。」
「ゲーム会社の買収や運営も非常に助かります。確かに今は『首輪をつけられた』ような状態ですが、いずれは主導権を取り戻すことも可能でしょう。」
「そう……だね。」
本当にそうなのか?とも思ったが、セリフィアなら本当にやってしまいそうな気がするので、途中まで出かかった言葉を飲み込んで、肯定する。
「エクスポーションの売買については、柔軟に対応できます。
ただ、もともとこれは基盤となるゲームを手に入れるための金策でした。買収が進めば、その前提が揺らぎますので……再検討が必要です。」
「うん。その通りだね。」
「つまり、婚約は『信用』を強化するための手段だと考えれば、利点は大きいです。」
セリフィアは淡々と結論をまとめる。
「ただし、マスターが『婿入り』という形になる場合、自由度は減る可能性がありますので、契約条件を明確にしておくことが重要かと。」
「契約条件……か。」
俺は思わず呟く。
サラリーマン時代に嫌というほど見てきた『契約書』の文字が頭をよぎる。
契約と婚約。
そもそも似たような物なのだろうが、契約と言いきってしまうと、どこか味気ない。
だが、選択肢として選び易くはなる気がする。
俺が感じる『面倒臭いには関わらないぞ』を条件にした婚約というのもアリなのだかもしれない。
「……助かるよ。」
ルミナがベッドに寝転がったまま、ひょいと顔を上げる。
「婚約って聞くと、なんか重いよね? もっと軽く『パーティの仲間入り』くらいに考えちゃダメなの?」
「ん~……?」
ルミナの言葉にこれまでに無かった展開が思い浮かぶ。
それは……確かに検討の余地ありだよな。
むしろ婚約よりも、ずっと受け入れやすい。
……ん?
これはもしや?
「もしかしてさ……なんだっけ『最初に無茶な要求をして、軽い要求をのませる』ってヤツやられる?」
「『ドア・イン・ザ・フェイス』もしくは『譲歩的依頼法』ですね。
婚約を打診し、受け入れられたら万々歳、受け入れられなくても、そのかわりを要求するというのは十分に考えられる手です。」
セリフィアが即座に答える。
鷹司さんは、俺よりもずっと若いけど百戦錬磨な感じするし、賢そうだったもんなぁ……
「案外、そんなこと考えてないかもしれないわよぉ? 私が見た感じ、結構必死に頑張ってたようにも見えたから……内心いっぱいいっぱいだったんじゃないかしら?」
カリーナが注文を終えたのか部屋から顔を出しながら言う。
……まぁ、そういう可能性もあるか。
思わず腕を組んで考えてしまう。
そんな俺を見てミレイユが柔らかく微笑んだ。
「まだ何かを決めることができないなら、急いで決める必要もないのでは?」
「……それもそうだね。」
カグヤがグイグイ寄ってくる。
「ご主人様の面倒ごとは、私たちで分担することだってできます。なんでもご相談ください。
それに、お疲れになった時の癒しは私にお任せくださいね。」
「あぁ、ありがとう。」
カグヤのスキルは癒されるからなぁ。
うん。なんかまだ見方が浅い気がしてきた。
であるならば。だ。
「よし。とりあえず今日はここまで! 明日、改めて考えよう!」
そう言ってベッドに背を預ける。
すると、皆、柔らかく微笑みリラックスした空気が漂い始める。
セリフィアも笑顔を見せた。
「それが良いですね。今日は影響がありそうな情報が多すぎました。こういう時は焦らないに越したことはありません……」
そう言いながらベッドに上ってくるセリフィア。
「あと、カグヤのスキルの検証も必要だと思うのです。」
あ。カグヤのスキルは――『回復』ですもんね。




