第91話 鍛えし我が奥義
「あの、鷹司さん。話の重要度があんまり変わってない気がするんですが?」
「あら? 私にとっては婚約の申し込みが最も重い事でしたので……失礼いたしました。」
確かに婚約の申し込みは大きな話だ。
だが俺にとって、プレイしているゲームは召喚の基礎のように思っている。
だから、それを守ることは同じくらい、いやそれ以上に重要だ。
一応、俺の能力とゲームは『別の物』という認識はできてきている。
けれど、ゲームに変更が加われば、その影響は如実に出てくるような気がする。
もしゲームをいじる事で召喚が出来なくなる可能性があるとしたら、鷹司さんが俺に婚約を申し込む理由だって無くなることになるはずだ。
やはり重要度は、こっちの方が重いだろう。
頭の中を整理して、一つ息を吐いてから口を開く。
「ダンジョンの中でも、ご提案をいただいてましたよね? 確か、株主にしたり、役員にしたりしても良いと。」
「えぇ。中村様のご希望に沿う形で対応させていただきます。ただ、それまでにゲームが削除されたり、アカウントを削除されたりすることが無いように、現状維持を先方にお願いしております。」
正直、アカウントBANが少し不安だったから、それは助かる。
ただ――
「不勉強で申し訳ないんですが、もし私が株主や役員になった場合、どんなことができるようになるんでしょう?」
こちとら、つい最近まで普通のサラリーマンだぞ?
上の立場の人間のできることなんて、そんなに知らんわ。
「そうですね……お仲間への現状の説明も兼ねているということでしょうから、簡単にご説明をさせていただきます。」
俺がゲームキャラのセリフィア達の為に配慮したみたいに言ってるくれて助かるけど、単純に俺が知らんのだわ。
「まずゲームを運営しているのは『株式会社』です。
株式会社というのは簡単にいうと『お金を出す人』と『会社を動かす人』が分かれている仕組みの会社のことです。」
ふむ。
「『お金を出す人』は株主、『会社を動かす人』は役員が行います。」
ふむふむ。
「株主はお金を出す見返りとして会社の方針を決められますし、利益が出たら配当をもらえます。
役員は会社を経営する為に、業務の方針を決めることができます。」
「ご主人様を『株主や役員にしても良い』というのは、ゲームを運営している会社を支配して、好きにして良い。そういうこと?」
ルミナが解釈を口にする。
「仰る通りです。現状、運営している会社に株主も役員も存在しているわけですから、その人たちから株式を取得する為に話をしているという段階です。
こういう時にも、私の財閥の力――信用の力というのは非常に有効に働くのです。」
まぁ、確かにそうだろう。
俺が個人で大金を積めるようになっても、相手はまず『新手の詐欺か?』なんて思うはず。俺だったら思うからな。
まぁ目の前に現金を積めば解決するだろうが、手間がかかるのは確実。
なによりも、俺があれこれ動いたり検討したりしなくても『お任せ』しているだけで誰かが良いような形に落とし込んでくれるのは楽でいい。
「幸いなことに非常に小規模な会社でしたので、代表の方も前向きに検討中と聞いております。」
「買収後、ゲームが機能しなくなるような人員の引き抜きは?」
セリフィアの声。
「いたしません。これまで通り……いえ私どもが手厚く面倒を見てバックアップしますので、より好待遇になり辞めたいとすら思わなくなるでしょう。」
鷹司さんの返答に、セリフィアは少し思考に入り始めていた。
「セリフィア様の考える実験なども行いやすくなりますよ? 新アイテム、新衣裳、新キャラ、新装備。それらの実装なども、私が仲間になることで、より簡単に行えることでしょう。」
セリフィアは、ただじっと鷹司さんを見る。
鷹司さんも視線を返し続けている。
「かかる費用はエクスポーションで足りますか?」
「えぇ。買収だけであれば足ります。」
あ……そういえば、エクスポーションの話まで出てくるのか……
鷹司さんが購入者とかなんとか言ってたな。
「私はマスターからエクスポーションの取り扱いについて一任されています。」
セリフィアの言葉に鷹司さんが俺に視線を向ける。
俺は真面目な顔を返し、視線がうろうろと動かないよう固定しておく。
……そうだったっけ?
そうだった気がする。
そうだ。決闘場の強面さんの左腕を治した時に、全力で任せたわ。
「そうだね。その通りだ。セリフィアに任せてる。」
「マスター。エクスポーションは金策の為、そしてその金策はゲーム会社の為でした。
つまり、関連が非常に深いです。この件も私に一任いただけませんか?」
「中村様。」
鷹司さんが、セリフィアの言葉を遮るように声を発した。
――二つ返事で任せるところだった。
「確かに、エクスポーションの取り扱いをセリフィア様に一任されていることは理解しております。ですが――会社の買収は、単なる金策の延長ではございません。社会的な信用、契約、法的な責任が伴うものです。
そこに関しては、私たち現実の人間が責任を持たねばならない部分もございます。」
セリフィアは静かに目を細める。
「私では不十分だと?」
「誤解なさらないでください。セリフィア様の知恵と精神は、未来を広げる力だと思っております。能力も十分。それ以上にあることでしょう。
ですが、現実の社会はそれだけでは動きません。
契約書に署名するのは、この世界に籍を持つ人間なのです。」
場の空気が少し張り詰める。
俺は思わずグラスを持ち直した。
「……ふむ。」
なんか唐突に、すごい真剣な感じになってきたな。
ただ鷹司さんが『セリフィアに丸投げすんなよ』って言っている事だけは分かる。
ま。それも納得だわな。
サポートは当然してもらうが、俺もきちんと働くべきだろう。
よし。
任せとけ。
伊達に長く社会人をしていない。
こういう時の対処法だって、俺は身につけている。
「ご意見は十分に理解しましたので、ここで一旦区切りをつけましょう。」
ワインで軽く唇を湿らせ、グラスを置く。
「本件は一旦持ち帰って検討致しますので、改めてご回答させていただけたらと。」
結論の先送り――これぞジャパニーズサラリーマンの奥義也。




