第89話 仮識の眼が見抜くもの
「なんだか面白くない話をしているわね。」
カリーナの言葉には棘があり、ルミナ、カグヤ、ミレイユも、それぞれ冷たい視線を鷹司さんへ向けていた。
4人の視線で思い出すのはD2免許保持者の九重さんのこと。
彼女は視線を浴びただけで膝から崩れ落ちる程の恐怖を感じていた。
D1免許保持者の鷹司さんとはいえ、恐怖を覚えないはずがない。
慌てて目を戻すと、鷹司さんは至って涼しい表情を浮かべていた。
ダンジョン内でもルミナの視線に対して物怖じ一つしていなかったように思う。
それほど鷹司さんが強いのかと言われると、俺が『御霊の首飾り』を装備している時に強いとは感じなかったし、もし彼女たちに匹敵する程の力量があるなら、セリフィアが真っ先に忠告してくれているはずだ。
だからこそ、彼女は人間の域を出ていないはずで、本来なら恐怖を感じるのが普通だと思う。
「ふふふ……愛されていますね。中村様。」
「あの、鷹司さんは、カリーナ達が怖くないんですか?」
あまりに自然に会話を続けるので、思わず聞いてしまった。
「怖い? ですか? 力量差があることは、はっきりと感じてはおりますが……特には。」
「そう、ですか。」
俺はデイリークエストのイレギュラーモンスター1匹でも、めっちゃくちゃ怖かったのに……強心臓が過ぎないだろうか?
「怖くない理由のひとつに、中村様の能力ということも関係しております。中村様はいたずらに人を傷つけることを良しとしない方でしょう? それなのに彼女たちが勝手にそうするとも思えませんので。」
そうは言われても、強心臓の方が大きいんじゃなかろうかと、どこかで思ってしまう。
「マスター。この人にとって私たちは『檻の中の猛獣』を眺めているような気分なのですよ。」
「まぁ、そんな失礼なことは考えたこともございません。」
セイフィアの言い回しに驚いたような表情を作る鷹司さん。
だが、納得してしまう。
言われてみれば俺は檻の役割を担っているとも言える。
鷹司さんがゆっくりと全員を見回し、艶やかな表情を浮かべた。
「ただ、昨晩に関しては……中村様を含め、皆さま猛獣と呼ぶのも相応しいのかもしれませんが。」
「見てたんですかっ!?」
ポーションの検証実験を見られていたのか!?
「とんでもございません。私は盗み見や盗み聞きなど誓って致しておりませんわ。
中村様は不要とのことでしたが、私は天哭の塔から『仮識の眼』というスキルをいただきまして、簡単な鑑定のようなことができるのです。」
そう言ってカリーナの下腹部周辺を、じっと眺める鷹司さん。
カリーナは慌てることなく足を組み替えた。
次にミレイユへ視線を移すと、彼女はそっと隠すように手を動かした。
セリフィアは動じず、ルミナは胸を張り、カグヤは大袈裟に隠した。
最後に俺。
「中村様は……たいへん活力に満ちておられるのですね。」
ちがうんです。
ポーションなんです。
「ポーションの検証です。」
「さようで。」
つい出た言い訳に、ニッコリ微笑まれた。
カリーナ達の冷たい視線も、今のやり取りで少し毒気を抜かれたのか薄れた感じがする。
「あら、ポーションといえば、黒瀬にポーションを沢山いただきまして。ありがとうございます。お礼が遅れてしまいました。」
「あ、いえ。立派なホテルのお礼に押し付けてしまっただけですので。」
空気が変わったのを見計らったように、従者の人達が前菜を運んでくる。
「アミューズは『キャビアと雲丹の冷製シンフォニー』です。シェフのおすすめのフランス・ブルゴーニュ産の辛口白ワインとどうぞ。」
「わぁ……」
真っ白な大皿に、雲丹の黄金色とキャビアの黒色が鮮やかに配置されている。
雲丹はムースのように仕立てられ、柑橘の香りのソースが爽やかさを添えていた。
「お話の途中ですが、折角ですのでいただきましょう。皆さまも、どうぞ召し上がってください。」
フレンチのナイフとフォークは外側から順に使うことくらいは知っているので、左端のフォークを手に取る。
芸術品みたいに飾られている皿を崩すことに少しだけ緊張してしまうが、一口食べてみる。
キャビアの塩気と海の香り。
そして雲丹の甘味。ソースの酸味と香りが後味を整えてくれて、重さが残らない。
「うん。おいしい。」
カップ麺食べても同じ感想を言うだろう俺の悲しき語彙力よ。
「はい。良いお味ですね。」
鷹司さんも一口食べ、俺に微笑む。
俺とは違い、フレンチ如きに緊張はないだろう手慣れた雰囲気だ。
こんなご令嬢が俺と婚約したいというのは、果たしてどうなんだろうか。
それに年の差もある。
10歳くらい違うんじゃないだろうか?
とりあえず白ワインに手を伸ばしながら考える。
「次は温泉を用意いたしますので、私もお仲間に入れてくださいね。」
「んふっ!?」
ワインが少し鼻に入った。




