第88話 揺さぶる言葉
笑顔で挨拶を交わすと、黒瀬さんや従者たちが静かに椅子を引いた。
鷹司さんは軽やかに会釈を添え、片手を滑らせるように席を示す。
「こちらのお席はいかがでしょう。夕暮れの景色を楽しみながらお話しできますわ。」
その声音は柔らかく、景色を気に入っていた俺たちへの心遣いが自然に滲んでいた。
「お気遣いをありがとうございます。ではそのように。」
緊張感はそれほど無い。
おそらく鷹司さんが敢えて、そういう緩やかな空気を作っているんだと思う。
従者の案内に従って着席していくと、鷹司さんは俺の隣の席に腰を下ろした。逆隣りにはセリフィアが座っている。
全員が景色を楽しめるような配慮だろうか?
こういう時に隣に座るのは好意を示す仕草だと聞いたことがある気がする。
「本日はフルコースをご用意しておりますが、お好みに合わせてアラカルトも承れます。皆さまのご気分はいかがでしょう?」
さっと目を仲間たちに向けると、暗に俺の判断に委ねるという感じだ。
であれば、もう用意してくれている予定を変更させるというのは選びたくない。
「せっかくご用意いただいたのですから、フルコースを頂戴いたします。皆もそれで構わないようですし。」
「では、そのように。」
鷹司さんが一つ頷くと、従者たちが静かに近づいてきた。
その手にはワインリスト。
俺は読めない自信がある。
いや、読めるが理解できない自信がある。
「本日はシェフおすすめのペアリングもございますが、もしお好きなお酒があれば遠慮なくお申し付けくださいませ。」
「あ、ではシェフのオススメで。」
オススメがあるのは助かる。
少し仲間たちの様子を見てみるとセリフィア、ルミナ、カグヤの美少女組にはノンアルコールのカクテルなどを確認しているが、カリーナ、ミレイユにはアルコールを訪ねているようだ。
セリフィアはガス入りミネラルウォーター、ルミナはノンアルコールのペアリング、カグヤはガスなしミネラルウォーター。
カリーナは銘柄を眺めて質問しているが、ミレイユは俺と同じお任せ。
なんというか自由な感じがして、俺の緊張感はさらに薄れてゆく。
皆の飲み物が決まり、従者たちは静かに下がっていった。
「さて、それでは料理も楽しみですが、まずはお話を。
セリフィア様方は……やはりゲームのキャラクターなのですね?」
「あ、そっスね。」
緊張感どこ行ったんやろかと思ってたら矢先……すぐに戻ってきたわ。
突然の問いに、つい答えてしまった。
冷や汗が出てきそうな顔面の緊張を感じながら鷹司さんを見ると、彼女は柔らかい表情のまま。
「それは素晴らしいですね。中村様は、どこまでこの力を制御できるのですか?」
「あ、……えっと、ですね~。」
どう返答したものか悩んでしまい、セリフィアに頼りたくなってしまう。
だが今セリフィアは、俺の逆隣りに座っている。
ここで鷹司さんから視線を外して首を横に大きく動かすと、どんなことでもセリフィアに頼っている印象を与えてしまうことになる。
それは、なんだか、あまり良くない気がする。
「ふふふ。」
考え込む俺を見て、鷹司さんが笑った。
改めて顔を見ると、コロコロと上品に笑うような仕草。
……この人、ダンジョンにいる時と、少し笑い方が違ってないか?
「そんな緊張なさらないでください。なにかを暴こうだの、尋問をしようとしているわけではございません。」
柔和さを残しながらも、表情は少し真剣に変わる。
「私は、中村様のお力は特別なものだと確信しています。社会の仕組みそのものを変え得るもの。使い方次第で世界を変える可能性を秘めていますわ。」
「……いや、そんな大げさな。」
過剰なまでに誇張された社交辞令を感じ愛想笑いを返す。
だが、鷹司さんの真剣な眼差しは揺るがない。
「中村様……私は誇張しているつもりはございません。むしろ足りないほどだと感じております。」
真剣に告げられる言葉に、思わず戸惑ってしまう。
「そうですよね? セリフィア様?」
「当然です。マスターのお力をもってすれば、この世界に変革を及ぼすなど、あまりに容易。」
「えぇ……?」
おまえもそっち側かい。
ようやくセリフィアの方を見たが、誇らしげな表情で頷いている。
確かに俺は人間離れしたキャラクターや装備、道具の召喚ができるし、ダンジョンの踏破も簡単にできる。
イレギュラーモンスターも呼びだせるし、そのついでに魔石を大量に収集できたりもする。
だが俺にとって『幸せになるのに困らないぜ! やったー!』程度の能力でしかない。
だから、『社会の仕組みを変える』だの『世界を変える』だの『世界に変革』だのの言葉は、あまりに大きすぎる。
「中村様。まずはご自身の『特別さ』をご認識くださいませ。私は先ほどの言葉に嘘偽りなく、確信しております。」
「う~ん……」
「そこで悩まれると、セリフィア様のご意見を信じていないことになりかねませんよ。」
「そっか! 俺は世界を変えれるんだな!」
条件反射で認めてしまった。
「私をうまく使おうとするのはやめてください。」
「中村様と信頼を積み重ねていると感じておりましたので。」
俺を挟んで二人が笑顔を交わす。
笑顔の応酬のはずなのに、どこか戦っているようにも見えた。
やがて鷹司さんが柔和な空気を纏い、俺に視線を向ける。
「その力を正しく導くためには、信頼できる方が傍にいることが必要です。
そこにはセリフィア様がいらっしゃるでしょう……ですが、ここは現実の世界。
だからこそ、私が担える役目があり、その役目を担いたいと心から思っております。」
「えっと……それは……助かります?」
「マスター。」
セリフィアが呼んだので顔を向ける。
「鷹司さんが遠回しに言っていることと、これから言うだろうことを要約しますね。」
「あ、うん。助かる。」
セリフィアは一度目を閉じ、小さく息を吐いてから顔を上げた。
「鷹司さんは『私は全面的に味方です』だから『私と婚約しろ』と言います。」
「えっ?」
鷹司さんに目を向ける。
「形式としては婚約という形になりますが……その、私にとっては義務ではなく、望みなのです。
中村様と共に歩む未来を、私は……心から、本当に願っております。まずはそれを知っていただければ何よりの喜びです。」
否定することなく微笑んだが、その瞳にはほんの一瞬、揺らぎのような光が走った気がした。
「なんだか面白くない話をしているわね。」
カリーナが口を挟む。
ルミナ、カグヤ、ミレイユも冷たい視線を鷹司さんに向けていた。




