第24話 裏庭で経験をつもう
淡い光が、セリフィアの指先から静かに広がっていく。
美しい光は建造物の輪郭をなぞることなく、まるでそれらが存在しないかのように、古びた柱も、崩れかけた屋根も、ただ通りすぎてゆく。
遠ざかるほどに、光は薄れ、やがて空気にとけるように消え――
静寂の中、セリフィアが口を開いた。
「スキャン完了しました。」
「うん。キレイ……そしてめっちゃ目立つな!」
予想外に派手演出だった。
これは近くに人がいたら、絶対に『何か起きたっ!』とか思っちゃうヤツだ。
「すみません……少し張り切ってしまったので強く出てしまったかもしれません。以後、調整します。」
俺の素の反応に、セリフィアは少し肩をすぼめて、申し訳なさそう。
その姿に、逆に申し訳なくなる。
「あぁ、いや。俺がお願いしてるのに変なケチ付けちゃってゴメンね! セリフィアは何も悪くないんだから気にしないで! どうせ他の人がいたとしても気のせいって思うさ!」
ミレイユも静かに口を添える。
「そうですよ。それにここは何が起こるか分からないとダンジョンなんでしょう? 逆に綺麗な光景を見れてラッキーとか思うかもしれませんよ。」
ミレイユのフォロー、助かる。
これは、もうアレだ。起きてしまったものは仕方ない。
変えられないことはどうしようもない。つまり、忘れるのが一番。
「で、どうだった? 何かわかった?」
心機一転の気持ちで尋ねると、セリフィアも意図を汲んで、申し訳なさを隠して報告を始める。
「ダンジョンの魔力は安定していて乱れは見られません。
ただ地表近くに、わずかな乱れが点在しておりましたので、そこが素材の発生源と思われます。
建造物の残骸については干渉の痕跡がほぼ無かったので、無視してよいかと。」
「おぉ! スゴイじゃないか!
いやぁ、俺だけだったら、この広いダンジョンを行き当たりばったりでしか動くことしかできなかったよ。うん、ありがとう。流石セリフィアは頼りになる!」
「いえ。ただ……残念なことに素材と思われるような反応はありませんでした。
今、現在。まぼろしキノコが出現している可能性は低いと思われます。」
「そっか……まぁそれも有用な情報だよ。
『あるかもしれない』じゃなくて『今は無い』これが分かるのは、とても大きなアドバンテージだと思う。うん。セリフィアはやっぱりスゴイなぁ! これからも色々助けてくれると嬉しいよ!」
セリフィアは褒められたい。
俺も褒めたい。
なにせ気持ちいいからな。
それに雰囲気も良くなるし、これぞ三方良し。
「それじゃあ……私は戦闘でもしてみましょうか。なんだか褒められたくなっちゃったので。」
ミレイユの声にセリフィアから視線を移すと、静かな雰囲気ながらも、どこかやる気に満ちているような……なにか期待のようなものが混ざっている表情。
ミレイユさん……もしや嫉妬?
嫉妬なのでしょうか。
いや、まぁ最大レベルまで強化してあるから、俺への好感度はマックスだ。
当然、ミレイユが俺のことを好きなことは知っている。
でも、美女から『ねぇ私も構ってよ』なんて言われた経験なさすぎて、ただ戸惑うことしかできねぇ。
だって……俺、やっぱミレイユとは初対面感あるんだものっ!
セリフィアは、一緒に結構な時間を過ごして慣れたけど、初対面の美女には流石に緊張しちゃうっ!
「私のスキル『残渣の再構成』は……戦闘後に自然と発動するもので、意識して使うというより、そこに素材があると感じた時に、勝手に再構成が起こるのです。」
ミレイユは説明しながら、ふと何かに気づいたように視線を遠くへ向けた。
「とりあえずはセリフィアさんの調べた『素材の発生源』を確認してみて、その後は、なにか敵を倒してみませんか?」
ミレイユの提案について考えてみる。
セリフィアが調べて、今はまぼろしキノコが無いらしいことが分かった。
逆に考えれば、ある時に来れば取れる場所が分かる。
場所が分かるのは朗報ではあるが、問題は『いつ生えるのか』が分からないことだ。
まぼろしキノコは金策の対象ではあるが、あくまでもお手軽に手に入りそうな金策として検討していたから。
毎日、生えていないかをチェックする為だけに裏庭ダンジョンへ通うというのは、正直勘弁願いたい。
であれば、ミレイユの提案に乗って色々、検証や実験にチャレンジしてみるというのが、この裏庭ダンジョンでの目的になるんだろうな。
うん。それも全然アリ。
どうせ俺の行動指針なんて『思いついたらやってみよう』だ。
間違ったら間違った時に修正すればいい。
もしかしたら彼女のスキルで、まぼろしキノコが生えてくる可能性だってある。
そこまで検討しミレイユに向き直る。
「うん! いいと思う。ミレイユも早速、提案してくれてありがとう。助かるよ。これからも気が付くことがあったら、なんでも言って欲しい。」
「いえいえ。ふふ……お役に立てると嬉しいものですね。」
ミレイユが、ほんの少しだけ微笑む。
その仕草は丁寧で、優しかった。
「よしっ! それじゃあセリフィア。ここから近い素材の発生源に案内してくれるかな?
……できれば水辺と人目が避けられる場所が良いな。」
「はい、わかりました! では先行しますので付いてきてください。」
セリフィアが、静かに歩き出す。
その背中を追いながら、俺たちはダンジョンの奥へと足を向けるのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
「ダンジョンの魔力の乱れている場所――素材の発生源と思われる場所は……ここです。」
森というほど深くない、人の手が入ったような林を進むと、少し窪んだ地形になっていた。
セリフィアが指し示した場所を、眺めてみる……が、俺の見た限りでは、何の変哲もない、ただの窪みと朽ちた木があるだけの場所だ。
「これは……いますね」
「ミレイユさんも分かりますか。」
「……え? なんかいるの?」
2人の反応から、俺には感じ取れない何かがそこにあることは分かった。
「はい、マスター。まだ表には出てきていませんが、ここにはモンスターが隠れています。」
「モンスターがいるのか……」
じっと目を凝らしてみるが、俺には何かいるのか分からない……
死マムシかヤ魔ビルだろうか?
俺が探るように視線を巡らせていると、ミレイユが口を開いた。
「私たちの言うモンスターは、途中で倒したような羽虫ではありませんよ。」
ミレイユの言葉を考えてみる。
ミレイユは途中で、コバエを払うようにカメレオン蜂を倒してくれた。
ぺしって手を払っただけだったのに、ダメージエフェクトが『5万』って出てた。つよい。
つまり、彼女の言う羽虫とはカメレオン蜂のこと。
となると、俺がモンスターと考えているモノは、彼女にとって羽虫。
そして、彼女たちの言うモンスターは、それらとは違う――
「…………あ。デイリークエストのイレギュラーモンスターがいるのか!」
気付いた瞬間、背筋に怖気が走る。
ルミナが瞬殺してくれたけれど、アレはとてもじゃないが人間が対峙していい存在ではなかった。
恐怖を堪えて、冷静に考えようと努力する。
頭では分かっているのだ。
あれは彼女たちにとってザコモンスターに過ぎない。
ルミナよりステータスが劣っているセリフィアやミレイユでも、ワンパンで倒せる程度の存在。
それは知っている。
そう。知っているのだ。
「大丈夫ですか? マスター。」
「うん……ちょっとだけ待ってね。少し考えてる。」
セリフィアが心配そうに俺を伺ってくれている。ありがたい。
彼女は俺がザコモンスターよりもザコいことを知っているからな。
心配のあまり、戦闘でのレベルアップは最終手段にしましょうって言ってくれるくらいだ。
…………
――レベルアップ。
そうだった。俺のレベルアップ。
俺自身にレベルが存在し、魔石でのレベルアップができないことが分かっている。
そして、今、ここで戦闘でのレベルアップの検証ができる可能性がある。
……ただ、やっぱ怖えもんは怖えなぁ。
「出てくれば、さっさと倒して私の『残渣の再構成』でアイテムが手に入るか分かるんですけど……なぜか出てきませんね。」
ミレイユの至って普通な声。
それもそうだろう。やはり彼女たちにとってはザコモンスター。
「あ。ミレイユさん。少しマスターの情報を共有したいので送りますね。」
「わかりま――えっ!? えぇっ!?」
ミレイユが驚愕を隠しきれず俺に目を向ける。
セリフィアの『こいつ直接脳内にっ……!』で俺のステータス情報を知ったのだろう。
「マスターは……戦闘に参加できる可能性が高いです。」
「っ!? えっ!? えぇっ!? あなた様がっ!?」
色々言葉を失う程に焦るミレイユ。
せやで。俺。たたかえるんやで。
ザコステータスで、めっちゃこわいけど。
「あ、あの……戦うことは、私達に任せていただけると、あの、助かります!」
美女が焦ってる。
美女がひたすら俺を心配してくれるという幸福。
「うん。それも分かるし、俺もそうしたいところなんだけど……」
俺が恐怖を感じるよりも、もっと大きな恐怖を感じている人がいると、ちょっと落ち着くな。
冷静に考えられるようになる気がする。
「そうだな。今、考えてることを言葉に出していくから、思ったことがあったら言って欲しい。」
「はい。」
「わかりました!」
真剣な2人の顔。
「恐らくだけど、俺は、ここにモンスターを呼び出せる可能性が高い。」
2人は黙って聞いている。
「そして出てくるのは、セリフィアとミレイユなら瞬殺できる程度のモンスターだと思う。」
「マスターの仰られる通り弱いと思います。」
「私も、弱いモンスターだと思います。」
「んで、だ。今、俺が考えているのは、俺のレベルアップの検証と、ミレイユのスキルの検証ができるかもしれないってこと……メインで考えてるのは俺のレベルアップだけどね。」
「そうなんじゃないかな……と思いました。」
「差し出口ですが、危ない事は……ちょっと控えた方が良いのではないかと……」
2人の心底、心配そうな顔。
「……だよねぇ。正直、俺も戦闘に参加できる自信なんてない。
モンスターを1度見ただけなんだけど攻撃できる自信ないよ……俺に頑張って、できるのは応援くらいな気がする。」
俺の呟きに、セリフィアがハっと何かに気づいたような表情に変わる。
「……マスターの今の『応援』で気が付いたことがあります。」
「なんだろ。セリフィアの気づきは面白そう。」
「私達の戦闘に『参加』していればレベルが上がる可能性がありますよね。」
「……うん。あると思う。」
「今の編成は私とミレイユ、そしてマスター。この編成だとした場合……例えばですが、マスターが私にポーションを使用して、その後、ミレイユが攻撃するなどでも戦闘に参加したことになりませんか?」
「おぉ……確かに。」
「物理的な攻撃が必要かもしれませんし、『投石』なども考えられますが、マスターが攻撃したことで、モンスターの意識がマスターに向いてしまうかもしれないのは……やはり避けたいです。」
セリフィアの案を考えるが、これはトライしてみる価値はある。
ルミナがワンパンの時は、俺は参加というよりも、ただ見てただけだった。
この形なら、参加になり得るかもしれない。
「これは……試してみたいな。」
「……もし試されるというのであれば、他の娘も召喚して、あなた様の周りの防御を固めた方が良いのでは?」
ミレイユの提案。
確かに、それは安心できる……
「うん。確かに他の娘がいた方が安心だ……でも、その場合、経験値の分配が起きて、俺に入る経験値が減る可能性があるかもしれない。
レベルが上がったことが確認できないと俺に経験値が入ったか分からないから取得経験値が減るのは避けたい……セリフィアのスキャンで俺の取得経験値数とかって見れたっけ?」
「いえ。その数値はわかりませんでした……」
「……そう、ですか。」
揃って渋い顔をする2人。
「そっか……であれば、最少人数で試したいところだな……
それに! 2人のことは、めちゃくちゃ信頼してるから!」
「マスター……」
「あなた様……」
出てくるモンスターもザコのはずだ!
2人ならどっちが攻撃してもワンパンのはず!
やがて2人は覚悟を決めたかのように口を開いた。
「……わかりました。では、私の専用武器を召喚してもらえませんか? 万が一にも失敗したくありません。」
「マスター。念の為。私の専用武器もお願いします。」
「あ、そっか。専用武器があったか。」
ゲーム内では、キャラクターのレベルキャップ解放で手に入る特殊アイテムで、専用武器が1つだけ作れるようになるのだが、当然、それも作ってある。素材が余るのはもったいないからな。
スマホで能力を起動し、編成画面から装備をタップすると、専用装備が1番目に表示されている。
まずは、ミレイユの『真・再織ノ杖』の『装備』ボタンをタップする。
――瞬間、ミレイユの手元に木材と白色の金属が絡み合った杖が現れた。
続いて、セリフィアの専用装備『裂理の魔導書』も装備すると、セリフィアの手元に歴史を感じる本が現れた。
ミレイユは軽く確かめるように、杖を振るう。
何百回、何千回と繰り返してきような、手慣れた所作。
身体が覚えているような、無駄のない動きだった。
セリフィアも片手で本を持つと、本が自分で動くようにページをパラパラとめくっていくのを見届け、静かに本を閉じ、そして俺を見た。
「マスターは、モンスターを呼び出した後、すぐにポーションを召喚して私に飲ませる。それだけに集中してください……ミレイユさんはモンスターへの対処をお願いします。」
「えぇ。ポーションを使い終わったら、すぐに攻撃します。」
2人が俄然やる気だ。
つられて俺も、どんどんやる気になる
これは俺のレベルアップのチャンスだ。
モンスターと遭遇する恐怖に耐えるだけの価値はある。
――もう、腹は決まった。
あとはやるだけ。
大きく深呼吸をしてから、ホーム画面からデイリークエスト画面を開く。
部活動ダンジョンの時が『砂浜クエスト』だったが、今は『森林クエスト』になっていた。
これから俺のやる事は『森林クエスト』をタップして、モンスターが出てきたのを確認したら、すぐに道具からポーションを召喚し、セリフィアに使う。それだけ。
「それじゃあ……準備はいいかな。」
「はい。」
「どうぞ。」
2人の頼もしい返事を受け、『森林クエスト』をタップする。
「……来ますね」
ミレイユは杖を構え、前進する。
すると、その先の地面から、人の倍はある樹と人が融合したような化け物が姿を現した。
やはり、その存在感は圧倒的だった。
手に震えが走る。
恐怖に意識が奪われる。
「マスター。ポーションを。」
セリフィアの、努めて平静な声。
その声に、自分のやることを思い出し、すぐにポーションを召喚。
ポーションを手に取る。
恐怖で手が強張っていることを感じずにはいられない。
セリフィアが俺に手を添え、行動を誘導してくれる。
そのおかげで、開封したポーションをセリフィアの口へ運ぶことができた。
セリフィアがポーションを飲み終わるのを見て、樹の化け物に目を向ける。
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< 2万 >
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――もう戦いは終わっていた。




