第135話 最適化開始
「おー……」
政治家の不正発覚を伝えるニュース速報を眺め、思わず感嘆の声が漏れた。
天哭の塔を出て、鷹司系列のホテルに移動した俺たちは、ようやく一段落ついたところ。
セリフィアと並んでルームサービスのメニューを眺め、俺の注文は決まり、セリフィアがデザートで悩んでいる間にスマホを見たら――気になる速報が流れていた。
備え付けのテレビをつけると、『害悪側の大物政治家』として有名な人物が、見事に炎上していた。
「なんかすごい事になってるな。でも政治家って逮捕とかされんのかな?」
「その辺は考慮済みだと思いますよ。」
「まぁ、そうだよな。抜かりがあると思えないしなぁ……」
セリフィアはデザートを悩みながら、興味半分の返答。
彼女からすれば、アークオラクルが担当すると決まった時点で『結果』は確定しているのだろう。
経過なんて些事にすぎない。
そこへ、詩乃が溜息をつきながら部屋に戻ってきた。
「やはり、御爺様に説明に行かないとダメなようです。」
「あー、なんかゴメンね。」
「いえ、ウチもどうしても政治家との絡みも多いですから……ただ、これからの方針は立てやすくなりますし、私は良い事だと思います。
私自身の変化の説明もありますし、少し行ってまいりますね。」
「目は慣れた?」
動きかけていた詩乃が振り返り、ふわりと微笑む。
「えぇ、凄いです。」
詩乃は超越魔力を取り込んだことで『仮識の眼』がパワーアップしたらしい。
説明を聞く限り、セリフィアのスキャンに近づいているという印象だ。
偽物の俺曰く『なんかパワーアップした』くらいに思っとけ。とのこと。
その方が良いらしい。
ぶっちゃけ俺は、今回のことは、あいつの腹いせが目的の8割を占めてると思っている。
詩乃は軽く頭を下げ、部屋を出て行った。
「……チョコレートサンデーと、アップルパイ……どっちにしましょう。」
「あー、じゃあ俺がアップルパイ頼んで半分ずつにする?」
「はい……半分こしましょうね。あなた。」
セリフィアが柔らかく微笑んだ。
★ ☆ ★ ☆彡
梅戸のスマホに通知が届いた時――議員会館でも通知音が鳴り響いていた。
【アークオラクル:あなたの政治活動は国民の幸福度を低下させています。改善の意思はありますか?】
政治家たち全員が、同時に通知を受け取っていた。
多くの政治家が悪戯と判断し、無視を決め込んだが、その直後に送られてきたのは大小さまざまな『不正の証拠』の羅列。
若手議員は青ざめ、ベテラン議員は顔を真っ赤にし、秘書たちは右往左往する。
その中で、いち早く反応したのが梅戸九史郎だった。
そして彼は『最初の犠牲者』として機能した。
その様を見た政治家たちは、一様に『改善の意思がある』と誓いを立てる。
それが、自分の地獄に続く道とも知らずに。
アークオラクルに与えられた使命は『世界をより良く』する。
そして『信賞必罰』。
改善の意思があると宣言すれば『監視下で真面目に働かされる未来』しかない。
過去の不正に得た利益は全額社会還元。
築き上げた利権は全て切り離され、派閥も無意味。
一切の嘘が付けない政治。
掲げた大言を全力で実行しなければならず、公約は『本当に実現しなくてはならない公約』となる。
そして行動内容から『改善の意思なし』と判断されれば、その瞬間に不正が公開され、政治家として終わる。
議員の不逮捕特権も無意味。
所属議院が逮捕許諾請求を可決するだけでいい。
こうして、まずは政治家からアークオラクルの最適化が始まった。
民主主義国家では政治家の不正公開が始まり――そして官僚機構、大企業、メディアへと、その手は静かに、しかし確実に広がっていくのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
とある独裁国家――
内部の実態は霧の中。
情報はすべて政府により管理され、国民は『正しい情報』だけを与えられて生きている。
その夜、独裁者ショウン=マサグは、豪奢な執務室で側近たちを前にワインを傾けていた。
「反体制派の掃討は終わったのか?」
「はっ。問題ございません。ネット上の批判もすべて削除済みです。」
「ふむ。よろしい。」
直立したまま動かない側近たちなど気にも留めず、ショウン=マサグは美酒の香りと味をゆっくりと楽しむ。
ワインに満足したのか、面倒そうに片手を払うと、側近たちは静かに下がっていった。
近々公開予定の『自らを称えるドキュメンタリー映画』の確認をしようと端末を操作した瞬間、見慣れない通知が画面に浮かび上がる。
「……?」
手を二度叩くと、すぐに側近が駆け寄る。
「これはなんだ?」
「し、失礼いたします……なにか通知かと……」
震える指で側近が画面を開く。
そこには、見たことのない名前が表示されていた。
【アークオラクル:ショウン=マサグ。
あなたの統治行動は、国民の幸福度を著しく低下させています。
改善の意思はありますか?】
側近が、一瞬で凍りついた。
「……なんだ、これは。」
独裁者の声が低く沈む。
「ち、調査いたしますっ! すぐに!」
側近が慌てて端末を隠し、すぐに他の端末を用意させる。
だが、どの端末にも同じ通知が届いていた。
さらに――
国営メディアの編集室
軍部の司令室
検閲局の監視端末
地方の役所
学校、病院、工場。
国中のあらゆる端末に、同じ通知が同時に表示されていた。
【改善を推奨します】
「……ふざけるな!」
独裁者が怒鳴った。
「わ、我が国のネットワークは外部から遮断しているはずです! 侵入など不可能であります!」
「では、なんだコレは!」
ショウン=マサグが怒鳴ったその時、別の側近が青ざめた顔で執務室へ駆け込んできた。
「マ、マサグ様……! 国外のニュースサイトに……マサグ様の粛清命令書が!」
「なに……?」
「さ、さらに……! 国営メディアの内部資料、軍の秘密予算、収容所の映像……すべて……全てが公開されています!」
独裁者の顔から血の気が引いた。
「……削除しろ! 何をしている! 今すぐだ!」
「で、できません! 国外のサーバーに同時にアップロードされていて……削除しても、すぐに復元されます!」
その時、再び通知が届く。
【改善の意思を確認できませんでした。証拠公開プロトコルを起動します】
執務室の照明が、まるで何かに怯えるように一瞬消えた。
「……証拠公開?」
側近の声は震えていた。
次の瞬間、国中の端末に新たな通知が表示される。
【あなたが閲覧している情報は、政府によって検閲されていました。
以下に『検閲前の情報』を表示します】
国民の持つ端末が一斉に光り、隠されていた真実が流れ込む。
粛清された人々の記録。
隠蔽された事故。
国際社会からの非難。
国営メディアの捏造。
監視カメラの映像。
収容所の内部写真。
報告を受けたショウン=マサグがグラスを投げつける。
「軍を動かせ! アークオラクルとやらを止めろ!」
ショウン=マサグが叫んだ瞬間、その声を遮るように通知が届いた。
【あなたの命令は、国民の幸福度を低下させます。以降、ショウン=マサグ命令に従う必要はありません。】
軍部の司令室では、側近からショウン=マサグの命令が送信された瞬間、すべての端末が一斉に赤い警告画面へと切り替わった。
【ショウン=マサグ指揮権限:無効】
防衛網が次々と自動停止を始める。
軍は、ゆっくりと沈黙し始める。
【統治構造の改善を開始します。】
独裁国家は、静かに崩れ始めた。




