第132話 闇に呑まれる覚悟
「じゃ、気分が変わらない内にやっちゃおうぜ。」
ラスボスの俺の輪郭がゆらりと歪み、黒い波紋をまといながらルミナへと変化していく。
ルミナといえば黒のビキニ姿だが――違った。
黒いショールを肩にふわりと羽織り、風もないのに、まるでお好み焼きの鰹節みたいにゆらゆらと揺れている。
そして俺の知っているルミナよりも、ずっと大人びて見えた。
「私もこんなことはしたくないですが……まぁ、こういうこともありますよね。」
「……なんかルミナ、パワーアップしてない?」
「それはまぁ、はい。単純な比較なら何倍も強いと思いますよ。」
「えええ……」
「弱い場合の方が悲惨でしょうから、ご安心くださいな。
強くなってる分には『一瞬の死』をお約束しますよ。」
クスクスと笑うルミナ。
俺のルミナとは、やはり雰囲気が違う。
笑ってるのに、背筋が冷える。
単純に怖い。
とりあえず首飾り『黎明の誓装』を触る。
ちゃんと装備している。
黎明の誓装は、3回までHP100%で復活できるアクセサリだ。
これがある限り、俺は一度の戦闘で3回まで死んでも復活できる……はず。
ただ、このアクセサリ……HPも防御力も高いんだよな。
「あの、俺……この黎明の誓装の装備で大丈夫かな?
これヒットポイントとか防御力とか、結構高めなんだけど……」
「全然問題ないですよー。
繰り返しになりますが、単純な比較で元の私より何倍も強いですから、そんなもの一撃です。」
怖いて。
ニッコリ笑顔怖いて。
「私はいつでも良いので、覚悟が決まったら声かけてくださいね~。」
あぁあ……なんだろう、この胃カメラ前みたいな気分。
マジで、やらなくていいなら絶対やりたくねぇなって気持ちが疼く。
「マスター……」
いや、やるけど!
どっちかって言うと、俺も子供を持って、親に孫の顔を見せてやりたいし、友達と子供談義したい!
そう! 元々やる気だったんだ!
ここでヒヨってたまるか!
「大丈夫! 覚悟は決まってる!」
「そうですか……では皆さん私の後ろに来てくださいね~。危ないので。」
セリフィアが少し躊躇いながらも詩乃と移動していく。
ヤッベぇ、心細い!
「ゴメンね……本物のご主人様。
私もこんなことしたくないんだけど、納得も覚悟もしてるみたいだし。」
ルミナを中心に、闇が広がった。
「……ッワァ。」
一目見て分かる『ヤバイ』って、こういう事だったんだ。
蛇に睨まれたカエルって、こういう事だったんだ。
動物的な降参反応みたいなのが、頭の奥でスイッチONを連打してる。
自然界の順位が強制的に理解させられる。
闇が海のようにうねり、その中心でラスボスルミナが浮かび上がる。
全てが闇に溶けていくのに、ルミナの目だけが『捕食者』の光を宿していた。
その目が、俺を捉えて離さない。
「……ゥワぁ……ァっ」
ただ、ただ、恐怖。
すごい。こんな時なのに、砂浜ダンジョンでイレギュラーモンスターをルミナ越しに見たことを思い出しちゃった。
でも、あの時より、もっと『終わった』感がある。
闇の海から水柱が立ち、魔人の腕へと変化してゆく。
あぁ、アレ。
アレが俺に振り落とされるのか。
「……ぁ、ぁぁ……あ」
黒い奔流が迫る。
顎がガクガク震え、歯がカチカチと鳴るが、止められない。
「ちょっとオマケしてあげるね。真・冥き波の終焉」
ラスボスルミナが両手を組むと、魔人の腕がさらに巨大化した。
「…………ぅわあ」
俺は泣いた。
そして視界が黒に染まった。
★ ☆ ★ ☆彡
気がつくと、俺は元の場所に立っていた。
「……あれ?」
体を触る。
「あれ? え、俺、復活した? 死んだ!?」
「魔力干渉解析!
……はぁ、良かった。マスター!」
すぐ横に居たセリフィアが胸に手を当てて深く息を吐き、抱き着いてきた。
「痛みや違和感、意識の混濁はありませんか?」
「あ、うん。なんもない……いや、え?
……逆になんも無さ過ぎて怖いんだけど。」
そんな俺に、スーツ姿のラスボスの俺が親指を立てている。
「一瞬だっただろ?」
「いや、それはそうだけど!
っていうか必殺技強くなってなかった!?」
「優しさ分、盛っておいたゾ♪」
「いらん優しさやてっ!」
まだ心臓がバクバクしている。
必殺技を食らう直前に戻ったみたいだ。
「……これで、俺も、超越魔力の仲間入りしたのか?」
「あ? うん……そうだな。うん!」
笑顔のラスボスの俺。
……なんか違和感。
今のいい方とか、なんか変な気がする。
「……おまえ――」
「では、私もお願いします。」
ラスボスの俺に言葉をぶつけようとした瞬間、詩乃が声をかけた。
俺がグダったというのに、そして、どんな目に合うか見ているというのに、なんという覚悟の決まりっぷりか。
ほんと肝の据わり方に感心するわ。
「お、鷹司さんもか。じゃあ――」
詩乃は微動だにしない。
むしろ、ほんのり笑ってる。
いや、なんで笑えるの?
「あ……それなら詩乃、『黎明の誓装』出すよ。」
「あぁ、大丈夫、大丈夫。」
「えっ?」
ラスボスの俺がスーツのポケットから何かを取り出す。
「はい。これ舐めて。」
「……これは…………飴? ですか?」
キャンディ包みにされている何かが、詩乃の手の平に乗る。
「うん。特製のイチゴミルク味、美味しいよ。
噛んでもいいし舐めきってもいい。それでOK。」
は?
「「は?」」
俺とセリフィアの声が重なる。
ラスボスの俺は、満面の笑み。
「……おまえ?」
「うん! 腹いせ目的だわな。
あん時めっちゃ腹たったの思い出したから!」
は?
「……おまえっ!」
「まぁまぁ、メリットは本当だし安心しろ。」
「……っ! …………っ!!」
感情を抑え込む。
マジで行き場のない感情が溢れるところだった。
もうちょっとで俺が俺を殴るなんてヤバイことが起きかねない所だった。
「まあぶっちゃけ?
お前の身体は結構超越魔力に染められてたから、そのまんまでもコッチ側に来てたんだろうけど、まぁいいじゃん。」
………………はーん。
…………ほーん?
……ふーん。
「ぁあああああああーーーーー!! クソがぁあーーーーーーーっ!」
気が付けば叫んでいた。




