第131話 超越への誘い
「ちょっとお待ちください。」
セリフィアが声を張った瞬間、空気がビシッと締まった。
ラスボスの俺も、営業スマイルのまま固まる。
「ちょっとお待ちください。」
二度目はさらに鋭い。
言い方が、口調が……かなりの真剣さを滲ませていて、俺に言われたわけじゃないのに、背筋が伸びる。
普段、優しい人がガチギレするような空気感が怖い。
「まず確認させてください。
マスターを……一度、死なせる、とおっしゃいましたか?」
声は丁寧なのに、背後に黒いオーラが見える気がする。
「いやいやいや、違う違う違う! ちょっと違う! そう、語弊がある! 語弊があるからな!?
安全に一瞬死んで復活するって意味で――」
「死なせる、のですよね?」
「…………はい」
「…………」
ひぇっ……
「うん。アカン。」
ラスボスの俺の輪郭が歪み、お姉さんセリフィアへと変わっていく。
逃げおった。
「まぁまぁ、落ち着いて……実際に、この塔で私のマスターで検証したのを覚えているでしょう? 同じことですよ。」
お姉さんセリフィアが、少し呆れたような、諦めたような声で言う。
その呆れはセリフィアに対してなのか、それともラスボスの俺に対してなのかは分からない。
「『死ぬ』という行為を軽々しく扱うのは、倫理的にも、医学的にも、そしてマスターの精神衛生的にも問題があります。」
それはそう。
俺の精神衛生上、大変よろしくないです。はい。
「はぁ……これが本来の私とは。まぁいいでしょう。ひとまず落ち着きなさい。
決して危険に晒す意図はありません。むしろ逆に守りたいからこその提案です。」
その言葉に、セリフィアがゆっくりと頷いた。
「伺いましょう。」
「まずメリットを挙げますね。
マスターの私も言っていたと思いますが、あなたたちの間で子供を設けることができる可能性が高くなります。
理由は簡単。『人と猿』の組み合わせから、『人と人』の組み合わせに変化すると言えば分かるでしょう?」
うん。分かりやすい。
ただどっちが猿? とは思うけど。
「次に『守りたい』の説明ですが、色々ありますよ?
まず能力面が強化されます。現在はダンジョンからの魔石を取り込まないと外で使用できませんが、その制限がなくなります。
ゲームにストックしている大量の魔石やアイテムが、外で使い放題になりますね。おめでとうございます。」
お姉さんセリフィアが拍手する。
これは、大きなメリットだ。
今はダンジョンで魔石を手に入れて、残量を気にしながらアイテムを使用している。その必要がなくなるのであれば、影響は大きい。
「ダンジョンから出られなくなったり、個性に影響は?」
あ。
そういえば……セリフィアとかルミナ。魔石を持ち出すまでダンジョンの外に出られなかったな。
それにラスボスたちは混じっちゃったって言ってるもんな。
さすせり。
「大丈夫ですよ。問題なくダンジョンから出られます。
これまでもダンジョンの外にモンスターが放出された実例があるでしょう?
あれと同じで、こちらの意思次第です。
個性への影響もありません。というか微塵も影響が出ないように全力を注ぎます。それこそが私たちの目的の一つ、確固たる個性を確認する事に繋がりますから。」
そういえば、ダンジョンが怒るような使い方をすると、モンスターが放出されるってのは聞いていた。ダンジョンの意思次第っていうのは分かる気がする。
個性の影響も、それが本当に目的なら信じられるだろう。
だが、まだ嘘の可能性も排除すべきじゃない。
「説明を続けますね。
次に肉体が変化します。毒や病気への耐性が上がりますし、この世界ではあまり関係ないかもしれませんが精神耐性・精神防御も各段に強化されます。
あと、時間の流れの影響を受けにくくなります。イメージは『不老』です。」
……おっと。
アラフォーの身の上としては、ちょっとではなく惹かれるワードが出てきたな。
「不老ってことは……若返りとかも……できたり?」
つい聞いてしまう。
「急激に変化させると精神に影響が大きいですからね、1年に1歳若返るくらいなら検討できますね。」
なるほど。
精神への影響を検討してるってことは、俺の個性を守る気はありそうだ。
「あと単純に死ににくくなります。
毒・病気以外にもストレスや疲労にも強くなりますし、通常なら即死のダメージでも魔力体としての余力が残り、瀕死で済みます。
ポーションを使うチャンスが生まれるのは大きいですよ?」
……そんな危ない事をする気はないんだけど、保険としては大きいな。
「まだメリットはありますが、あまり人間離れしてもアレですから、この辺りをメリットと捉えてもらえれば良いかと。」
ふむ……
「では、デメリットは?」
セリフィアが問うと、お姉さんセリフィアは指を2本立てた。
「この世界のルールから外れること。
あとは、私たちへのフィードバックが大きくなること。
この二つね。」
あー……
ぶっちゃけ『この世界のルールから外れる』っていうのは、もうすでに半分はみ出している気がするんだよな。
それを完全に飛び出すってイメージだな。
「不老ひとつにしても、友達と同じような人生を歩むことは不可能になるってことかな?」
「望めば老いることも可能ですが、実際に老いれば若さを望んでしまうでしょう?」
それはそうだと思う。
現に、すでに若さを求める発言しちゃってるんだものね。
「フィードバックが大きくなるっていうのは?」
「今は『監視カメラ越し』に見ているような状態だけど、超越魔力体になると『ライブ配信』になるイメージですね。行動・思考・感情が、こちらに筒抜けになります。
これは、色々混じってしまっている『こちら側』に間違っても来ない様にするためにも、必要なことなの。」
うーん……
そもそもラスボスの俺も、俺の記憶を持っている。
恥ずかしい思い出や隠したいことなんかも元々、全部知られている状態なんだよなぁ……今更隠すようなことでもない気がする。
メリットとデメリットを比べると、メリットの方が圧倒的に大きい。
死に難くなること、老いなくなること、能力が使い放題に近くなること。
なにより――
セリフィアに目を向けると、珍しく迷いの色が浮かんでいる
検証済みとはいえ『死ぬ』という重みが違っているのだろう。
でも、彼女との子供が出来るっていうのは、彼女にとっても、俺にとっても大きい。
――アレだよな。
ラスボスの俺、いや、偽物の俺が、ルミナの攻撃をくらって一度死んだ。
あの攻撃を、俺も食らうってことだよな。
…………いや、よく決断したよな。偽物の俺。
「……ルミナの必殺技?」
俺が聞くと、お姉さんセリフィアは頷いた。
「他の技でも良いですけど、何度か見ている分、安心でしょう?」
うん、まぁ、なんかどれも迫力あるからなぁ……
でも偽物の俺が腹を括って経験したことを、俺が知らぬままっていうのも、なんかアレだ。
ただ……死ぬ……か。
えぇ…………復活前提とは言え、現実味ねぇなぁ。
どうにも悩んでしまう。
「あの。私もそちら側になれますか?」
詩乃の声だった。
「一度死にますよ?」
「でも復活が出来るんですよね?」
「えぇ。それは必ず。」
「では、私は許されるのであれば、そちら側になりたいです。」
……さすが、肝が据わりまくりの、覚悟が決まった、ちょっと線のイカれたお嬢様ですわ。
そして俺は主人公の器じゃねぇなぁ。
つい、笑ってしまう。
「なにか?」
「いや、流石だなと思って。俺とは覚悟が違うなって。」
詩乃が首を傾げる。
「鷹司さんに関しては、中村さん次第ですね。
彼がしないのに、貴女をこちら側に引き入れる意味は薄いので。」
わぁ。後押し来ちゃった。
まぁ流石に俺も腹が決まった。
というか、ここで逃げると後悔するだけだと思う。
「いや、いいよ。俺も必殺技受けるよ。
だって、セリフィアとの子供欲しいし。」
「マスター……」
セリフィアが複雑そうな表情だが、嬉しそうな声。
お姉さんセリフィアの輪郭が、スーツ姿の俺に変わる。
「よく言った。安心しろ。俺も食らったけど、一瞬っちゃあ一瞬の出来事だったからさ!」
嬉しそうな顔で、笑った。




