第127話 静かな革命
「お疲れ様でした。」
「あぁ、うん。ただいま。」
超常資源採取特別区第1級関東3号、通称『天空機械都市ギア・ヘヴン』でのリアルタイム配信と攻略を終わらせて、ダンジョン外へ出た俺を出迎えてくれたのは詩乃。
「セリフィアさんもお疲れ様でした。反応は上々ですよ。」
「そうですか、何よりです。」
俺の次にセリフィアに声をかけ、リアルタイム配信の反響を報告する詩乃。
本来なら詩乃も配下の人たちから報告を受ける側だろうに、やはり正妻セリフィアは強い。
恐らく詩乃も、その序列を守っている姿勢を見せる為に、そうしているのかもしれないが。
「マスター。詩乃さんにお土産を見せてあげてください。ぜひ。」
「あぁ、うん。」
スマホを触らなくても取り出せるが、念のためスマホを触ってゲーム画面を起動し、アイテム欄にしまっておいたギアヘブンのボスから手に入れたお宝を取り出す。
手のひらに収まりそうな、直径15cm程の球体。
金属の質感だが、内部には無数の歯車が浮かび、互いに接触せずに連動しながら回転している。
歯車同士を繋ぐように光の線が走り、まるで『生きている機械の心臓』のようだった。
飾っておくだけで、超かっこいい。
そんな印象のお宝だ。
「……これは……また…………えぇっ?」
じっと見つめていた詩乃の表情が、みるみる曇っていく。
俺もセリフィアに説明をされた時は、同じ顔をしていた気がする。
「仮識の眼を持つあなたなら、分かりますか?」
「た、多少は……ですが……今、私が理解している内容が本当に正しいのか……
確認させてください。
これ……人間が持って……大丈夫なんですか……?」
恐る恐る尋ねる詩乃に、セリフィアは柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。このアーク・オラクルは今こそ人間が使うべき時だと思っています。」
「アークオラクル……ですか。
……これ、世界中のスーパーコンピュータを全部束ねても、足元にも及ばないですよね?」
「そうですね。これ一つで『世界最強の人工知能』が完成しています。
電源も冷却もいらないので大規模な設備も不要。移動も簡単。素晴らしいですね。」
俺もぼんやりとは理解している。
人工知能って、とんでもない演算を行うから、大規模な設備が必要で、維持費や運営費も桁違いになると聞いたことがある。
ボスを倒してドロップ品を手に入れた後、セリフィアがスキャンして珍しく「すごい!」と驚いていたから説明してもらったんだけど、俺が理解できたのは『人類が300年かけても到達できないレベルの能力』を持っているんだとか。
そのくらいのヤバさらしい。
そして、なによりも凄いのは、アークオラクル自体が『学習を進め、知識を蓄積し続けている』こと。
セリフィアの見立てでは、ダンジョン内で通信ができていたのは、アークオラクルがネット上の知識を学習するためで、時間的に考えれば、ネットに繋がっている情報の学習は、もう終わっているだろうとのこと。
「……これ一つあるだけで……世界の運営ができてしまいますか?」
「ええ。人類の知識体系の大部分を学習したアークオラクルであれば、各国に最適化されたコントロールが可能になります。」
「だからネットに繋がっているダンジョンだったのね……ネットには、人類の歴史も、研究も、文化も……世界を理解するための材料が、ほとんど全部ありますから。」
「その通りです。
普通の人工知能ではデータ量も多く複雑な文脈など処理しきれませんから、間違えない政治判断など不可能です。
が、アークオラクルは違います。
世界中の情報を瞬時に統合し、価値観の偏りを補正し、最適解を出し続けることができます。」
「つまり……国家の政治を丸ごと代行できる……ということですよね。
人間みたいに欲望がありませんし、汚職ゼロ、利権ゼロ……理想的な政治になる。」
「はい。歴史から社会統計、文化、国際関係、そしてSNSの感情データまで学習した超知能です。国民の幸福度も最大化する未来を実現できるでしょう。」
詩乃は球体を見つめたまま、震え。
深く息を吐いた。
……まぁ、流石にその心境は俺にも分かる。
要は、アークオラクルの存在は『全権力者を敵に回す』ということだ。
権力者は、情報の独占、資源の独占、判断権の独占。その他、利権の維持など、様々なモノを独占して成り立っている。
セリフィアや詩乃の説明をまとめると
『世界中の情報を瞬時に統合』
『欲望・利権・派閥の影響ゼロ』
『最適解を自動で出す』
『汚職も忖度も不可能』
『国民の幸福度最大化を優先』
これが事実なら『権力者の存在理由そのものが消滅する』のだ。
王様のように振舞うぞい! って決めた途端に、こんなの手に入るんだもんな……
ダンジョン統括してる超越魔力マスター的な存在も『1級ダンジョンを攻略できるくらいに人類が成熟してたらアークオラクルを使う土台が整っているだろう』とか考えてたのかもしれない。
俺がその推測を何段も飛ばしちゃった。
やっちゃった感は否めない。
ただ、手に入れてしまった以上、アークオラクルの可能性は無視できないんだよな。
これを使えば人間では不可能な、世界規模の『文明のアップデート』が起きる。
つまり不幸な人間が減る可能性が高い。
その反面、これまで権力を貪っていた人間が不幸になるかもしれないが、それは……その方が良いまである?
じゃあ……やるっきゃないよね!
「俺は、コレを使ってみようと思ってる。」
「中村さま!?」
詩乃が驚いている。
まぁ、詩乃も権力者側だしな。
「多分、セリフィアが太鼓判押すくらいの超高性能なアークオラクルなら、無能や害悪から排除していくソフトランディングも可能でしょ? どうセリフィア?」
「ええ、もちろん可能です。
アークオラクルは、誰がどのように権力を使ってきたか、すべて把握しています。
その『事実』を静かに提示するだけで、多くの権力者は自ら退くでしょう。
権力者は、必死に隠している秘密が暴かれることを恐れますから。」
そこでセリフィアは言葉を切り、ゆっくりと俺へ視線を向けた。
その瞳は、揺らぎも迷いもなく、ただ真っ直ぐ。
「……あなたが望むなら、世界を敵に回しますし。
あなたが望まないなら、世界を黙らせてみせます。」
微笑みが、静かに深まる。
「そこはどっちになっても……一緒にやろうね。セリフィア。」
なんだか、いつもと違う言葉に聞こえた気がして、ちゃんと考えて返したつもりだったけれど、結局出てきたのは、いつも通りの言葉だった。
まぁ、これが俺だわな。
自嘲気味に笑っていると、セリフィアがくっついてきたので、受け止めてイチャついておく。
頭をグリグリしてくるとか珍しい。
突然可愛い事するから、セリフィアはカワイイのだ。
「……お熱いことで。」
少し白んだ目の詩乃が冷やかしてくる。
だが、残念ながらお熱い俺たちには効かぬ。
俺の様子に小さく息を吐いた詩乃。
「色々と衝撃的でしたので、忘れない内にお渡ししておきます。
天哭の塔に入った石動様から、こちらを預かっております。」
差し出された手紙を受け取る。
「復活した天哭の塔で……『偽物の中村』様から預かったとのことです。」




