第121話 婚約破棄! ……か~ら~の?
「私は、貴女と婚約はしません。」
言った。
ちゃんと言ったぞ。
一度しっかり口に出して伝えると、なんだかもう全て怖くなくなるな。
「……理由をお伺いしても?」
「理由ですか……そうですね……」
そもそもなんで婚約しないんだ? って言われると……まぁ、色々理由は思いつく。
財閥とか面倒くせぇとか、利権絡みの婚約ヤダーとか……
……でも、詩乃が聞きたいのは、きっとそういう事じゃない。
しっかり、誠実に答えよう。
「まぁ、あれですね。俺は婚約できるなら……セリフィアとしたいので。」
チラリとセリフィアを見ると、成り行きを静かに見守っていたのだろうが、声を出さないようにしているのか、口を両手で押さえて両目を見開いて俺を見ている。
「左様ですか………ただ、戸籍などが問題では?」
「その辺は……些細な問題にできるでしょうから。」
セリフィアが珍しく慌てて無言で右往左往しているが、その様子も可愛いので、とりあえず放置して様子を楽しんでおく。
ヨウコは自分に関係ないと判断したのか、食事の時は両目が開いてたのに、今は片目で半分寝てる。
流石ニンジャ。こんな場面でも動じない。
多分『カイセキ』食べて満足したんだ。
そろそろ勝手に俺の影に入って寝る。
そんなフリーダムな子。それがニンジャヨウコ。
俺の様子を、じっと見ていた詩乃が一つため息をつく。
「私が嫌いなワケではないのですよね? ……私よりセリフィア様が大事。というだけで。」
「それはそうです。むしろ、好きな方だから、こんなオッサンに執着して婚期をのがしてほしくないって思ってます。」
「あら、そうなのですか? てっきり告白など急ぎ過ぎて嫌われたのではないかと気を揉んでおりましたが……私のことは嫌いではない?」
「いえいえ、全然、むしろ好意の方があります。」
俺がそう言うと、詩乃は一瞬だけ目を伏せた。
「……では、中村様。」
「はい。」
「婚約の件は、これで『白紙』ということで構いません。」
「……ありがとうございます。理解してもらえて嬉しいです。」
詩乃は静かに頷いた。
その所作は、まるで長年のしきたりを守る令嬢そのものだ。
だが――次の瞬間、雰囲気が変わる。
「ただ、一つだけ……お願いがございます。」
「……お願い?」
詩乃は、視線を落とし、悲し気に口元へ手を添えた。
普段の彼女からは想像できない、弱々しい雰囲気だ。
「婚約を破棄されてしまうと……私は……」
「う、うん?」
「家での立場は悪くなるでしょう……が、そんなことは大したことではありません……
それよりも、惚れた男に家の力を盾に婚約を迫ったくせに、無残に振られた女として……嘲りの的となるでしょう。」
およよ……
という擬音が聞こえてきそうな、涙を滲ませていそうな雰囲気。
普段とのギャップに内心で慌ててしまう。
チラっと横目で見たセリフィアが、驚きなど忘れたように冷めた目で詩乃を見ていた。
え? なんで?
「ですので……その……」
詩乃は両手を膝の上で揃え、和装の袖がふわりと揺れる。
「婚約はいたしません。
ですが……つながりだけは……どうか、残していただけませんでしょうか?
惚れた男に縋る哀れな女、家の為に足掻くみっともない女と思っていただいても構いません。」
「いや、え? つながり……まぁ、繋がり?は、別に。
俺も繋がりはあった方が良いと思ってますし。願ったり叶ったりです。」
俺が聞き返しつつ様子を伺うと、セリフィアが目を閉じて眉間に皺を寄せている。
え? なんで?
「願ったり叶ったりですか。嬉しい限りです。では――」
詩乃がニッコリ微笑んでいる。
……これは。
この笑顔は……知らぬ内に何か『良からぬ了解』をしたと解釈されてるパターンのヤツか!?
「待ってください。マスターの返答に他意はありません。」
俺の予想が正しい事を証明するように、セリフィアがとうとう口を挟んだ。
セリフィアの言葉に詩乃が小首を傾げる。
「他意……とは?」
「マスターは『協力関係としてのつながり』を肯定しただけです。
それ以上の意味はありません。そういうことです。」
セリフィアが淡々と言葉を放つ。
その声は冷静だが、眉間の皺は深い。
「ニンジャ、理解した。ニンニン。」
ヨウコはそう呟いて俺の影に沈んでいく。
いや、理解したなら教えてよ! それ以上ってなんなのよ? 教えてニンジャ!
完全に置いてけぼりを食らった俺。
詩乃は、静かに俺へ向き直る。
「中村様。では、少し言葉を改めさせていただきます。」
和装の袖が揺れ、三つ指をついた姿勢のまま、
詩乃はほんの少しだけ顔を上げた。
「婚約はいたしません。
ですが私自身の未来のために……
『血筋』を私に、分けていただけませんでしょうか?」
……
…………
……………………は?
俺の思考が完全に停止した。
「もちろん、私が責任を持って育てます。
中村様にご迷惑はおかけしません。
ただ、未来に残る形のご縁を……どうか……」
未来に残る形のご縁。
いや、育てるって言ってるし、それもう完全にアレだよね?
「ちょ、ちょっと待って詩乃。それってつまり――」
「はい。子を授けていただければ、と。」
why?




