第117話 トランセンド・アーク株式会社☆爆誕
「おはようございます。」
「あ、うん。おはようございます。」
切り揃えた前髪の黒髪のショートボブ、細身の女性。
鷹山 霞さんが丁寧に頭を下げてくるので、俺もつられて同じように頭を下げてしまう。
頭を上げた鷹山さんが口元に手を当ててクスリと笑った。
「社長がそんなに頭を下げなくとも。」
「いや、うん。どうにもつい条件反射で。」
彼女が『社長』と呼んだのは俺のこと。
どうにも社長と呼ばれることに慣れない。
「マスターはどなたにも礼儀を欠かさない方ですから。鷹山さんにとっても良い事でしょう?」
「そうですね。仰られる通りです。」
秘書然としたセリフィアの言葉に、鷹山さんは柔らかく微笑む。
「どうぞ、会議室はこちらです。」
カードキーの認証も、廊下の案内も、すべて鷹山さんがスムーズにこなしていく。
立派な廊下を歩きながら、俺はセリフィアに小声で話しかけた。
「ね、ねぇセリフィア。俺、とりあえずまだ全容把握できてないんだけど?」
「事業内容の把握はされていますか?」
「それはまぁ、うん。把握してるよ。」
指を折りながら思い出す。
「まず、ポーションの販売でしょ? 次に病気向けの万能薬の販売。武器とアクセサリのレンタル。こんな感じだよね俺の仕事って。」
「マスターが関わる大きな事業はその三点ですので、それだけ把握していただければ問題ありません。
今日は部下に顔を見せるだけです。」
「部下……ねぇ。」
俺が会社員だった頃、この地区に来るとなれば気合を入れまくらなければ来れなかったような場所だ。
商業地区の一等地の立派な建物。
そのワンフロアを、詩乃の伝手で借りる事になったのだが……流石財閥というべきか、立派な所に、立派な持ちビルがあるものだ。
「あ~……なんだか鷹山さんもすみませんね。突然で驚いたでしょう?」
「いえ、光栄に思っております。当面は出向という形になり申し訳ございませんが。」
進みながらも振り返って会釈をする鷹山さん。
その笑顔から、無理や嘘は感じられない。
本心で光栄と思ってるように見える。
が、彼女ほど有能な人であれば、本心を悟らせないことくらい容易いだろう。
やがて、立派なドアの前に到着した。
「こちらに部下となる者が集まっております。よろしいですか?」
「あー、ちょっと待って。」
声をかけてくれたので、社会人モードに切り替える。
こちとら何年社会人してたと思うんだ。
この程度の挨拶、どうとでもないわ。
軽く自己暗示をしてから鷹山さんに頷くと、彼女がドアを開けた。
会議テーブルについていた20名程の人々が、一斉に席から立ち上がり姿勢を正す。
思ったよりも多い人数に少し戸惑いながら、鷹山さんの案内に従って上座へ向かう。
すれ違う人々は皆、礼儀正しく、そして『できる人』の雰囲気をまとっているように見える。
……見え……
…………ん?
「……あれ?」
歩きながら思わず声が漏れる。
だが足を止めず一旦上座の席に向かう。
席につき、全員の顔が見える位置で確信した。
見知った顔がいるぞ?
ただ、おかしい。
なんでここに居るんだ? と思う人がいる。
「さて、この度トランセンド・アーク株式会社、代表取締役に就任されました中村大輔様です。」
鷹山さんが宣言し、拍手をする。
全員が一様に拍手で続いたので、軽く頭を下げる。
「それでは秘書のセリフィア様。よろしくお願いします。」
バトンを渡すと、セリフィアが礼をして進行を引き継いだ。
「初めましての方もいらっしゃいますね。セリフィア・アークライトです。
さて、皆さま、どうぞご着席ください。」
セリフィアの声に皆が着席しはじめたので、俺も座っておく。
いや、やっぱり知った顔があるよなぁ。
「さて、まずこの『トランセンド・アーク』という社名ですが――
トランセンドは『超越する』、アークは『方舟』を意味します。
つまり『守護し導く』そういう理念の基に生まれた会社です。」
……そうだったのか。
てっきり『超越者の俺』とセリフィアの『アークライト』をくっつけたのかと思ってた。
セリフィアの『いつでも一緒』ってアピールだと思ってた……恥ずい。
……いや、ワンチャンあるやろ。
だってセリフィアだもん。
「守護し導く。その対象は探索者です……が、人類全ても指してもいます。」
……えぇ……またデカイこと言ってるよ。この子。
「現在、確立している事業は、3つ。
一つに、四肢欠損など人体の損傷を癒すポーションの販売事業。
一つに、病気の治療に使用可能な万能薬の販売事業。
一つに探索者のダンジョン攻略効率を上げる装備品のレンタル事業があります。」
これは知ってるヤツだ。
俺がさっき言った内容だな。
「この3つの事業を当面の柱とします。
が、既に今月の単月の売上だけを見てもポーションと万能薬の販売事業のみで50億円以上が約束されています。
資本金は1,000万円の中小企業ではございますが、皆さまの給金についてはご心配なく。思う存分お力を発揮してください。」
…………え?
会議室に拍手が広がる。
「その他の事業展開として、まずは直近では、ダンジョン資源の精製・流通事業、そしてポーション・万能薬の国際展開事業に取り組みます。
そして、そう遠くない内に、ダンジョン安全管理事業、ダンジョン保険・探索者保険事業、またそれらの国際展開も視野に含め実行していきます。」
……………しらんぞ。
「これらの事業には鷹司財閥の全面支援も約束されており、今挙げた全てが実行可能な領域にある事を約束します。」
…………いや、しらんて!
俺の内心の不安が爆発しそうだ。
「現在の主力の事業。これらは全て、我が社の社長である中村様お一人の力に寄るものです。
ここに何一つ嘘はございません。」
やめてて!
全員の視線が一斉に俺へ向く。
セリフィアは声を落とし、空気を締める。
「現在の主力であるポーションや万能薬、レンタル事業は中村様あっての事業です。
収益の柱は中村様なのです。」
だから、やめてて!
「つまり、これから展開していく三つの事業――
ダンジョン資源の精製・流通事業、
ダンジョン安全管理事業、
ダンジョン保険・探索者保険事業。
これらは皆さんあっての事業となります。
皆さまの能力があれば、そう遠くないうちに軌道に乗せられると信じています。
どうぞお力をお貸しください。」
……………おん。
おん?
あ。
なるほど。
俺に依存しない会社を作るぞ宣言だったのか。
……焦ったー。
まじ焦った…………
完全に『おんぶに抱っこで依存します』宣言かと思ったわ。
「それでは、当面の主力事業を担っていただく我らの社長より、一言いただきたいと思います。宜しいでしょうか。中村社長。」
「ん゛ん゛っ」
変な声が出る。
だが、この空気……なんか言わなきゃ締まらない事だけは分かる。
「……あ~。今、セリフィアから話があった通りです。
当面は私が支えますので、一日も早く、それらの事業が動き出すよう頑張ってください。」
とりあえず礼をすると。
拍手が起きる。
なんというか、アレだ。
とりあえずの拍手って感じだ。
……アレだな。
これで終わりでも良いんだろうけど……アレだ。
なんか単月の売上を聞いてたら……少し風呂敷を広げるくらいは言っても良いよな?
「あ~……まぁ、なんです。
私も勤め人だったんで色々と思う所がありますので、もっと皆さんのやる気が出そうな事を言うとすれば……結果を出した人、いや、結果を出すために欠かせなかった人。
そういう人には……あー……何だ。エクスポーションくらいあげますよ。」
どよめきが走る。
ざわめく中、セリフィアが俺の話が終わったのを察し、言葉を拾って引き継ぐ。
「流石です中村社長。
『功労報賞』――成果を上げた者には必ず賞が与えられる。
そしてその賞は、瀕死の怪我でも完全に回復するポーション。
つまり計り知れない価値を持つ賞であるということです。
皆さまもやる気になったことでしょう。どうぞ張り切って取り組んでください。」
全員の返事が揃い、大きな拍手が響く。
「さて、それでは会議は終了です。皆さん、どうぞ業務に戻ってください。」
「あ。セリフィア。」
俺の声に、セリフィアは『分かっています』と頷き、数名を指さした。
「あなた方は残ってください。」
指名された者以外は退出していく。
そして、会議室に残ったのは――
永井さん、松村さん、そして神代さんと九重さんだった。




