第111話 覇王、海を征く
カラオケボックスの一室。
男が四人、テーブルを囲むL字のソファーに腰かけ、モニターに映る動画を無言で見つめていた。
「おはようございます、こんにちは、こんばんは。
『マスターと一緒チャンネル』へようこそ。マスターの忠実な下僕、セリフィア・アークライトです。本日は趣向を変えて海上からお届けします。」
画面に映る美少女は、クルーザーの甲板に立っていた。
「海上ということで、私もマスターのご要望にお応えして……きちんと水着です。」
くるりと一回転して見せるセリフィア。
普通であれば口笛の一つでも聞こえてきそうな光景だが、モニターの前の男たちの反応は驚くほど薄い。
「水着と言えばルミナさん。ということで、ルミナさんにも来ていただいています。」
「はぁい。お色気枠に入ったつもりはない、ルミナ・ノワールです。」
ビキニ姿の美少女が増えたというのに、男たちの表情は変わらない。
むしろ、苦い顔をしている者すらいる。
「さて、今日はちょっとしたデモンストレーションの為に、ここに来ています。」
「セリフィア一人で喋らせると説明動画にしかならないから、私と話す感じの方が見やすいでしょう? 私はただの賑やかし。」
砕けた口調と柔らかな雰囲気。
だがルミナがちろりと舌を出した途端、妖艶な色気が可視化されたように漂う。
「私は、ご主人様の為なら……賑やかしでも、なぁんでもヤルわよぉ?」
その色気に引きずられるように、カメラも自然とルミナを中心に捉えていた。
「はい。というわけで、今日はデモンストレーションです。ルミナさん。『デモンストレーション』って何かわかりますか?」
「バカにしてる? 説明とかを実際にやって見せることでしょ?」
色気など知ったことかと言わんばかりのセリフィアに、ルミナの調子も普通に戻っていた。
「その通りです。言葉だけでなく、実際にやって見せること。それがデモンストレーション。見た人が理解しやすい、ちょっとしたショーのようなものですね。」
「で? こんな海上に来て、いったい何を見せようって言うの?」
「見る人が見れば分かる、そんな『力』を見せようという趣旨ですね。」
「それは楽しそうね。それで……えっと、そのために彼女がいるの?」
画面外をチラリと見るルミナ。
セリフィアがしっかり、ゆっくり頷く。
「ええ、彼女をご紹介する前に、とりあえず現在地の説明をしますね。
詳細は言いませんが日本のEEZ、排他的経済水域にいます。」
「排他的経済水域?」
「海の資源を独占的に利用できる海域のことです。領海の外側から200海里と定められていますね。」
「ふぅん。面白いのね。他の国が入ってきちゃダメなんだ。」
「ルールの下、通るだけなら問題ありませんよ。その他はダメですが。」
セリフィアがカメラに向き直り、画面の中心に収まる。
「さて、この時間帯、この海域では日本側の活動が何も行われていないことを、関係各所に確認済みです。
漁業関係者の皆さまにもご協力いただきました。ありがとうございます。」
しっかりとお辞儀をし、そして指を2本立てる。
「本日は2つのデモを行います。一つは水上歩行。もう一つは……ショーになるでしょうか。」
「ねぇ……ねぇ、なんか、もう威圧感がスゴイんだけど……」
ルミナが画面外を見ながら、セリフィアの腕をつつく。
「お待たせし過ぎてしまいましたね。では一つ目のデモを始めたいと思います。
覇王院 マッスル子さん。お願いします。」
――その瞬間、空気が変わった。
彼女が歩いてくるだけで、クルーザーが一歩ごとに揺れているように感じる。
足元から重低音が響く錯覚。
筋肉の塊――いや、『筋肉でできた覇王』がそのまま動いているかのような迫力。
肩幅は成人男性二人分。
鉄製と思しき棘付きの肩パッドと胸当て。
上半身はそれ以外何も身につけておらず、割れた腹筋が芸術品のように露わになっている。
肩パッドから伸びた腕は、成人男性のいやラグビー選手の太ももより太く、血管が浮き上がっているのに、なぜか肌はツヤツヤ輝いている。
下半身はホットパンツとブーツ。
だが、その脚は成人男性の胴ほどの太さがあり、筋肉の名称がすべて言えそうなほど、くっきりと形が浮かび上がっている。
身長もおそらく二メートルを超えている。
圧倒的な体躯。
圧倒的な筋肉。
そして、それに負けない覇王の顔つき。
鋭い眼光。
力強い眉。
通った鼻筋。
真一文字の口元。
完全に『歴戦の覇王』そのもの。
黒く艶のあるロングヘアを高く結い上げたポニーテールが、風に揺れた。
画面を見ている男たちの間にも、この登場に誰かが息をのむ音が聞こえる。
「皆さま、ごきげんよう。
覇王院マッスル子……参上ですわ。」
響いた声は、清楚なお嬢様そのものだった。
「お呼びいただき、光栄でございますわ。
本日は全力で務めさせていただきますわ。」
礼儀正しく頭を下げた。
ただし視線は一切外さない――その所作が、どうしても“戦場の礼”を思わせる。
声の質と外見の落差に、脳がバグるような違和感が生まれる。
「さて、ではデモを始めますわ。セリフィアさん。確認いたしますわ。
海上で力を見せればよろしいのですの? そして、この付近に味方は居ない……そういうことで?」
「はい。その通りです。この付近の私たちの味方は、この船だけです。」
覇王院が不敵に口角を上げた。
「では参りますわ――覇ぁっ!」
掛け声と共に海上に飛び出す覇王院マッスル子。
着水と同時に巨大な水柱が上がる。
「水に沈む前に足を踏み出せば沈まない――古来より伝わる秘儀ですわ!」
高速で動く足がドドドドドドドドドと連続音を響かせ、海上を疾走していく覇王院マッスル子。
「それでは行きます覇ぁっ!」
そのまま猛スピードで移動する。
下手な高速船など相手にならない。
むしろ地上でも車では追いつけないほどの速度で、海面を駆け抜けていく覇王院マッスル子。
カメラが必死にその姿を追っていると、覇王院は大きく跳躍した。
「むぅんっ! そこですわッ!
砕け散れぇッ!
筋肉・一点・突覇ァっ!」
叫び声と共に、覇王院マッスル子の拳が海へと突き立てられた。
拳が海面に触れた瞬間――
海がドォンッッッ!! と大きな音を立てて爆ぜた。
空気を震わせる重低音が、クルーザーの船体まで響く。
海面は一点から白く泡立ち、
巨大な水柱が真上へと突き上がる。
水柱が海に戻っていくと、雨のような水飛沫が甲板に降り注ぎ、
波でクルーザーが揺れる。
そしてドドドドドドドドドと連続音が近づいてくる。
「覇ぁっ!」
掛け声と同時に海上からジャンプし、クルーザーへと戻ってくる覇王院マッスル子。
「……これが、筋肉の一点突破ですわ。」
腕を組んで仁王立ちになり、覇王は微笑むのだった。




