第110話 奇跡の光景
-- 第三者(探索者)視点です --
霧島は、カメラの前でぎこちなく姿勢を正した。
やつれた頬、落ちた肩。
かつて『黒鋼』と呼ばれた男の面影は、そこにわずかに残るだけだった。
「……っ!」
俺は思わず目を背けた。
俺よりずっと第一線で戦い続けていた男。
その末路が、こんな姿だなんて――見たくなかった。
「こんな動画、悪趣味が過ぎる……」
思わず独り言ちる。
白衣の少女が霧島の前に歩み寄り、カメラは2人が映る位置に落ち着いた。
「霧島剛斗さん。本日は、お越しいただきありがとうございます」
霧島はわずかに顔を上げる。
その目には、疲労と諦めが滲んでいた。
「……いや。こちらこそ……すまない。
こんな……情けない姿を晒すことになるとは思わなかった。」
自嘲気味に笑う霧島。
だが、セリフィアは首を横に振った。
「情けない、とは思いません。
あなたほどの方が今回のお話に乗るという決断をしたこと自体、とても勇気のいることです。」
霧島の表情がわずかに揺れる。
「さて、右脚の欠損については医療機関で最善の処置が行われていますね。
痛みや不便さについて、今の状態を簡単に教えていただけますか?」
淡々とした口調。
だが、そこには同情ではなく尊重があるような気がした。
霧島もそれを感じたのだろう。息を吐き、短く答える。
「……痛みは、もう慣れた。
だが……歩けないのは……やっぱり、きついな。
仲間はいつでも戻ってこいと言ってくれているが……足を引っ張るのが怖くて……戻れなかった。」
白衣の少女が静かに頷く。
「失ったものを悔やむのは、当然のことです。
ですが――あなたが生きているという事実は、まだ終わっていないという証拠でもあります。」
霧島の目が、わずかに見開かれた。
「……終わっていない、か」
「はい。少しだけ担当者が説明をしているとは思いますが、私たちが行うのは医療行為ではありません。ですが、あなたが前に進むための『選択肢』を増やすことはできます。
それを受け取るかどうかは、あなた次第です。」
霧島は、しばらく黙った。
その沈黙は、苦しみと葛藤があるように見えた。
そして、静かに笑って口を開く。
「ここに来ている時点で覚悟は決まってる。どうなろうが文句は言わんよ。好きにしてくれ。」
探索者の。
覚悟が決まっている漢の目。
動画越しでも、そう感じた。
「そうですか。では、カグヤさん。お願いしますね。」
「はい。」
巫女コスプレの少女が映像の中に入ってくる。
どこか不満げな表情に見えないでもない。
「もう……セリフィアさんは冷た過ぎます。この方はお仲間を守ってこうなったという立派な方じゃないですか。もっと、優しくして上げた方が良いと思います!」
「……ふふっ」
クルっと回って眼鏡の少女に一言放つ少女。
セリフィアと呼ばれた少女は、文句を言われて、視線を外して笑っている。
その様子にカグヤという少女が『まったくもう!』と言わんばかりの動きをみせ、すぐに霧島に向き直った。
「ご安心ください。私がすぐにお仲間の所へ戻れるようにして差し上げます。」
そう一言告げ、目を閉じた。
カグヤという少女が目を閉じて何かと呟き始めると、淡い光が漂い、髪先がフワフワと浮遊し始める。
「……は?」
ゲームなんかで魔法使いが魔法を使う時に詠唱をしているような雰囲気だ。
ただ、魔法というか、巫女の衣装のせいか神聖な雰囲気があるように見える。
固定されているカメラに映る霧島の態度を見ても、その場でも同じことが起きているような驚きを見せている。
探索者が、ここまで自然な驚く演技なんてできるはずが無い。
だとすると、映像を撮影している時に、同じような光景が見えていたということになる……
「……そんなバカな。」
嘘だと思う気持ち。
だが目が離せない。
光の質はどんどんと変化していくように見える。
「『月祈の癒光』――戦う者の傷を癒して――」
巫女の言葉と共に、光が霧島を包んでゆく。
その表情は驚いていたが、やがて脱力しているような、力の抜けた表情に変わっていく。
「………え? ………え?」
思わず言葉が漏れる。
集まっていた光が霧島の無い右足を強く形作っていたのだが、それが肌色を帯びてきているように見えるのだ。
「………そんな………まさか……」
嘘だ。
まさか。
否定と信じたい気持ちが絡み合う。
動画の中で光が落ち着くと、霧島の無かった足に、本人の物としか思えない足が復活していたのだ。
「ふぅ……霧島さん。癒しましたよ。」
「あぁ……ありがとう。」
霧島がどこかスッキリしたような顔で巫女を見て微笑んだ。
「なんだか、ぐっすり寝たような。これまでの疲れが全部吹き飛んだような。そんな晴れやかな気分だよ。」
「それはそれはお役に立てたようで良かったです。」
満足そうに微笑む巫女に、霧島も笑顔を返している。
ちがう。そうじゃないだろう。
「いや、本当になんだか、これから心機一転、頑張れそうな気がしてきたよ。」
「なによりです。お仲間も、きっとお待ちだと思いますよ。」
だから、ちがう!
「そうだな……一度顔を見せに行ってみるよ。
恥ずかしい話だが……見舞いも断ってしまってたんだ……」
「お辛かったんですね……皆さんご理解されていますよ。きっと。」
ちがう! そうじゃない!
「足だ! 足だろう!」
思わず口に出ていた。
「カグヤさんお疲れ様でした。私が代わります。」
白衣の少女が巫女の肩に手を当てて、下がらせた。
「さて霧島さん。右足をご確認ください。」
「ん? みぎあ―――あぁ? あっ!? あぁああっ?!!??」
霧島が驚きのまま、立ち上がった。
立ち上がって、驚き、座り。
また立ち上がった。
「流石ですね。無かったはずの足が復活しているのに、もう対応できているのですね。」
声をかけられて視線が少女と足の間で泳ぎ、呆けたような顔に変わる。
暫く動いた後、脱力したように椅子に座り、そして、両手で顔を抑え俯いた。
「……動く…………歩ける……」
震えた声。
「……ありがとう……ありがとうっ!」
その声は大きな涙声。
「さて、では次ですね。今日は、あと腕を失った男性探索者、指が数本無くなってしまった2名をポーションで……最後に顔が二目と見れない状態になってしまった女性探索者のお手伝いをします。」
ニコリと微笑んだ白衣の少女。
「現在は探索者に限定した形ですが、動画のどこかでお問合せ先なども用意しておりますので、どうぞ最後までお付き合いくださいね。」
その笑顔は、希望のように見えて俺の心に強く刻まれた。




