第109話 痛みの夜、希望の動画
-- 第三者(探索者)視点 --
夜。
部屋の灯りを消し、布団に横になった瞬間だった。
――ジリッ。
右手の指先が、まるで熱した鉄板に触れたように焼けつく。
「……っ、あ……っ!」
息が漏れる。
存在しないはずの手が、指先が痛む。
痛みは一瞬で広がり、指の腹、爪の先、関節の奥へと波のように押し寄せてくる。
右手は無い。
肘から先は、もうどこにも存在しない。
なのに、そこに『ある』指先が、確かに焼けている。
「熱い……っ! っ、クソっ!」
思わず右腕を振ろうとする。
だが、振るべき腕は空を切るだけで痛みは消えない。
むしろ、脳が『動かした』と誤認して、さらに強くなってゆく。
胸の奥がざわつくが、この痛みは、どうしようもない。
冷やすことも、押さえることも、揉むこともできない。
冷静に、冷静にと心を落ち着け、病院で教わった対処法を思い出す。
「……深呼吸……意識を……」
左手で、右腕の残っている部分をそっと包む。
そこだけが現実だ。
ゆっくり息を吸い、吐く。
脳に「ここまでが腕だ」と教え込むように、
残っている部分を軽く押し、撫でる。
「……大丈夫……ここまで……ここまでだ……」
何度も繰り返す。
痛みはすぐには引かない。
むしろ、焼けるような痛みが、じりじりと皮膚の下を這い回る。
額に汗が滲む。
歯を食いしばる。
涙が出る。
それでも、深呼吸と残っている部分への刺激を続けるうちに、痛みの波が少しずつ弱まり、やがて、遠くへ引いていくように薄れていった。
「……はぁ……はぁ……」
布団の中で、しばらく動けなかった。
痛みが去った後の静けさは、逆に胸に刺さる。
今夜は、もうしばらく眠れそうにない。
気を紛らわせるために、左手でスマホを探る。
片手で扱うのは不便だが、もう慣れた。
画面が光り、暗い部屋に小さな明かりが灯る。
「……はぁ。なんか……動画でも」
注目を集めている動画をスワイプしていると、眼鏡をかけた美少女が眼鏡に手を当てているサムネに目が留まる。
その横に書いてあった文字が強く目に刺さった。
『四肢欠損した有望探索者を動けるようにしてみた』
眉をしかめる事しかできなかった。
だが、目を留めたせいか、動画が再生を始めていた。
「おはようございます、こんにちは、こんばんは。『マスターと一緒チャンネル』へようこそ。マスターの忠実な下僕。セリフィア・アークライトです。」
美少女が挨拶をしているが、そのことが返って怪しさを倍増させているように思える。
治ると謳う治療系の詐欺か、それとも高額な義手なんかの宣伝か。
あるいは慈善団体を装った寄付詐欺か。
腕を失ってから、こういう人間を狙う詐欺が存在することを知ってしまった。嫌というほど。
そもそも詐欺は、弱い人間を狙うものだ。
色々と不安を持ちやすく、心が弱った状態の人間は狙われて当然なのかもしれない。
そう、思いながらも『もしかすると』という希望から、続きを見てしまう。
「本日は、怪我で引退を余儀なくされてしまった有能な探索者の方々を、治療……オホン、すみません間違えました。医療行為ではないので、再び探索ができるようにお手伝いをさせていただく様子を撮影していきます。」
どこか、わざとらしい言い間違いに聞こえた。
「今日のお手伝いはミカヅキ・カグヤさんです。」
「ど、どうも。はじめまして。え、えっと、ごすじん様のちう実な下僕の、カグヤです。」
大きく頭を下げる純朴そうな少女。
あからさまなどほどに緊張している自己紹介に、少し笑ってしまう。
「尚、本日は、鷹司アーカイブス株式会社さんにもご協力をいただいています。
ご担当いただいた鷹山 霞さんです。」
「鷹山と申します。本日は貴重な機会をありがとうございます。」
黒髪のショートボブ、切り揃えた前髪。細身の黒スーツの女性が画面に入ってくるなり、深く礼をした。
普通に見れば美人だ。
だが、隣の白衣コスプレと巫女コスプレの美少女たちの美しさを際立たせているように感じてしまう。
ただ、企業の名前、その担当者が出てきたことで、すぐに詐欺だと断じる気持ちが薄くなり、動画を見ようという気になってゆく。
カメラが白衣の眼鏡少女へ戻る。
「魔石というエネルギーが使われるようになったことで、魔石を採取できる優秀な探索者は国にとって大きな意味を持っています。優秀な探索者は探索者自身が、その国の『国力』と言っても過言ではありません。
ですが、探索者も人間です。
怪我など重傷を負って、引退を余儀なくされた方々が多くいらっしゃいます。これは大きな損失です。」
眼鏡をクイと直す少女。
「そんな方たちの未来を取り戻してみましょう。では鷹山さん。お願いします。」
「はい。では今回お手伝いいただきます方についてお話させていただきます。」
カメラが鷹山という女性を中心に置いた。
「まずは『黒鋼』の異名を持つ、霧島 剛斗氏です」
その名前を聞いた瞬間、胸が跳ねた。
霧島剛斗。
中堅以上の探索者なら、誰でも一度は耳にしたことがある。
高い突破力と、仲間を守る立ち回りで知られた前衛。
俺も、何度か動画で見たことがある。
「……あの霧島が?」
確かに、数ヶ月前に『足を失って引退した』という噂を聞いた。
だが、詳細までは知らない。
動画の中の鷹山が、淡々と続ける。
「D2免許保持者である霧島氏は、2ヶ月前に熔岩峡谷ダンジョンの中で、爆発による衝撃で右脚を膝下から完全に失いました。」
息が止まった。
「……膝下から、完全に……」
自分は右腕だが、欠損しているからこそ、酷さが想像できてしまう。
「探索者としての復帰は絶望的とされ、現在はその時のその他の治療と義足を使用してリハビリに取り組まれています。」
「D2免許保持者ということは、優秀な方なのですね。」
「はい。探索者の中でも人望が厚いことで有名な方だと認識しております。」
「それは、癒して差し上げたいですね。」
巫女コスプレの少女が真剣な顔で両手を握っている。
「現在別室で待機いただいております。」
「では早速、向かいましょう。」
そういって動画が切り替わると、そこに映っていたのは、やつれた中年の探索者の姿だった。




