第100話 ダンジョンとは?
ダンジョンの外に出ると、既にリムジンは待機しており、従者が開けたドアから乗り込む。
ドアが閉じると外の賑わいが遮断され、車内に静けさが満ちた。
だが俺の胸の内は、ミスをした子供のようにざわついて落ち着かない。
「中村様。」
詩乃の言葉に促され、俺はスマホを操作する。
スマホを触ると、どうしても考えてしまう。
――セリフィアがいる時は、彼女が常に俺のスマホを気にかけてくれていたのだろう。
そう思うと、自分の無頓着さが少し恥ずかしくなる。
ゲーム画面を呼び出し、セリフィアを編制に組み込むと、すぐに彼女が現れた。
「マスター……ふむ。」
召喚された瞬間、セリフィアは自分が車に居る事で全てを察したような表情をした。
俺の方に向き直り、どこか安堵したような、そして慰めるような表情を向ける。
「……彼女の策に引っ掛かってしまったようですね。」
「うん……ごめん」
「いえ、マスター。落ち込まないでください。
私はマスターが『いざ』というときは行動できると信じています。
それに、彼女が敵対はしないだろうと考えておりましたので、今回のことは『勉強になった』と理解していただければ、それで十分です。」
セリフィアは言葉の後、胸に手を当て、深く息を吐いた。
その仕草が、内心でどれほど俺のことを心配していたかを物語っている気がした。
やがて、セリフィアが詩乃へ向き直る。
「……さて、詩乃さん。あなたが急いで『こうした』ことには、なにか理由があるのでしょう?」
お?
……そうなんか?
いや……セリフィアが、いやにあっさり詩乃の要請を受け入れたのは気になっていたが、単純に俺に調子に乗るなよ的な忠告じゃなくて、何か理由があってのことだったのだろうか?
詩乃は頭を下げ、口を開く。
「はい……色々と急ぎ足で危機感を煽ってしまい、申し訳ございませんでした。
中村様の周囲について、少しお話ししておきたいことがあります。」
顔を上げ、俺をまっすぐに見た。
その声は、先ほどまでよりも低く、慎重だった。
「少し遠回りにはなりますが、まずは『ダンジョンについて』お話させていただきます。
これは私が財閥の力を使い、長年調査してきて辿り着いた結論です。」
詩乃は指を一本立てる。
「ダンジョンは『人類のために存在する』と考えています。」
「人類のため?」
「はい。まず、発生当初の恩恵として、旧エネルギーから魔石という新エネルギーへの転換が起きました。
混乱もありましたが、魔石以外の資源を採取できるダンジョンも現れ、国ごとの資源格差がほぼ消えました。」
これは誰もが知っている事実だ。
人間に都合が良いな。とは思ったことはある。
「領土や資源を巡る戦争は起こりにくくなり、経済・政治的な戦争も、ダンジョン対応のために沈静化しました。
世界から『大きな戦争』が消えたのです。」
「……いまだに小規模な紛争は、それなりにあるみたいですけどね。」
「それは仕方ありません……政治、経済、歴史、宗教など争う理由は尽きませんから。
ただ『大規模戦争の理由』が消えたことは大きいのです。」
「人間は愚かですからね。」
セリフィアの言葉に『それは……まぁ、そう』と思う俺は、苦笑するしかなかった。
「また、旧エネルギー依存から脱したことで環境破壊も減りました。
採っても売り先がないのですから、取る価値がなくなったのです。」
ダンジョンが人類に良い方向で大きな影響を与えた。
これは事実として間違ってはいないと思う。
だが「人類のため」と言い切るには、弱い気もする。
「ダンジョンは世界中に出現していますが、どこも『人口に応じて』出現しています。
人口が多い都市ほど、ダンジョンの数も規模も大きくなっています。」
「……人口に応じて?」
「はい。そして、内紛地域にあるダンジョンは“避難所”として機能することがあります。
日本でも、自然災害時にダンジョンへ逃げ込むと、なぜか安全に過ごせるケースが多いのです。」
俺は洞窟ダンジョンが好きで入り浸っていたから、想像がしやすい。
温度も快適で過ごしやすい。化石カニ対策だけしてしまえば寝ようと思えば簡単に寝られる環境だった。
地震大国の日本として、緊急避難先としてダンジョンは悪くないように思える。
「……私は、ダンジョンが『人を保護し成長させようとしている』と考えています。」
俺は眉をひそめた。
セリフィアは無表情のまま聞いている。
「今日視察した罠ダンジョンでは罠の察知能力が上がり、人形の巣では戦闘力が上がります。多数の敵への対応力も、驚くほど向上するのです。」
詩乃は、確信持って続ける。
「……人を成長させる……それが本当だとして、いったい何のために?」
「マスター。その前提に立つなら『ダンジョンには意思がある』か『意図をもってダンジョンを作った存在がいる』ということになります。」
「おぉ……そっか。そうなるのか。」
「ええ。天哭の塔を経験した私たちなら、納得できるのではないでしょうか?」
「まぁ、それは……確かに。」
天哭の塔は『力をもつ人間は正しい人間であれ』というような意思があったように思う。
「さらに――ダンジョンに『無礼』を働くと、そのダンジョンは消えます。」
「えっ? ダンジョンが消える?」
あまり聞いたことのない。というより初耳だ。
「諸外国では、政府が主導して通常破棄できない品物を捨てる為のゴミ捨て場にしたり、無暗に破壊行為をしたりしていた国が、それなりの数ありました。
そのような扱いをされたダンジョンは、ある日突然、モンスターを放出し、その後、跡形もなく消えるのです。例外なく。」
セリフィアが眉をひそめる。
「……ダンジョンが消えると、どうなるのです?」
詩乃は、そこで初めて表情を曇らせた。
「……公表はされていませんが……私が調べた限り『日本に新しいダンジョンが増えています』あるいは『既存のダンジョンが拡張されています』。」
「……え?」
「世界のどこかでダンジョンが消えると、日本で出現するのです。」
車内に、沈黙が落ちた。
「中村様。私は、ダンジョンが『人類を選別している』可能性を疑っています。」
「選別……?」
「はい。ダンジョンが消えている国と比べ、日本はモラルが高く、善良です。
ダンジョンは『良し』とする人間を選び、育て、強くしている。
まるで――何かに備えているかのように。」
背筋が少し冷たくなる。
詩乃は、俺の目をまっすぐ見た。
「そして……現在の日本において『最も強い者』の筆頭が、あなたなのです。」
セリフィアがそっと俺の手を握った。
「つまり……マスターはダンジョンが減っている国からも狙われるということですね。」
「はい。その通りです。」
「えっ? そうなの?」
なんで?
なんでそうなるの?
「既に手が入ってきている可能性が高いのです。
本来、通常のD1試験では『天哭の塔』や『深淵の水宮』などの死亡リスクの高いダンジョンが選ばれることはありません。他国の為に動く勢力が手を回した可能性が高いです。」
詩乃は淡々と言い、セリフィアが首を傾げる。
「あなたの財閥が仕組んだのかと思っていましたが?」
「逆です。私達は助けに来た側です。」
「そうですか。その割には楽しそうでしたが?」
「せっかく出した助け船も無意味でしたからね。楽しくもなりますよ。」
セリフィアと詩乃が談笑している横で、俺は『他国から狙われている』という点が頭から離れない。
「本腰を入れて仕掛けてこない内に、中村様に自覚していただく必要があった。というわけです。あなたが倒れれば――日本が、世界が、何かを失う可能性がある。そう、私は信じています。」
詩乃の真剣な声。
俺は、スマホを握りしめ、深く息を吸った。
「分かった……いや、分からんけども!
でも、俺も、ちゃんと自覚できるよう向き合って考えてみることにするよ。」
詩乃は微笑む。
「ええ。よろしくお願いします。」
「さて。」
セリフィアが手を叩く。
「必要な情報は得ました。
外敵に対してマスターの手を煩わせないよう、私も対策を立てます。
……鷹司詩乃さん。あなたは、どのように役立てるのです?」
……………さすセリ!
なんか、久しぶり!
頼りになる!
さすセリ!
「ふふ、そうですね。
まず、ゲームアプリを『ブラウザ化』にも対応させるのはいかがでしょう?
これにより、どんなスマホでもログインできるようになります。
セリフィアさんが2台目、3台目を持つこともできますし、最悪、適当な店で端末を買っても能力を使えるようになります。」
「なるほど。それは良いですね……いいでしょう。私は貴方を仮の『味方』と認めてあげます。」
その言葉に、詩乃はふっと微笑んだ。
どこか誇らしげで、しかし礼を失さない絶妙な表情だ。
「光栄です、セリフィアさん。
そして――中村様のために、私はこれからも全力を尽くします。」
――俺の意見は?
あ。必要ないですか。
さいですか。




