第1話 きっかけなんて、ありふれたもの
カクヨムで同タイトル作品を先行投稿しています。
現在、約7万文字まで進んでいるので、頑張って書いていきます!
「1兆4000億!」
「おぉ、初めて兆ダメージいったな」
9年もの長きにわたってプレイしているソシャゲで、自パーティが叩き出したダメージレコード。
偶然リリース初日に見つけ、暇つぶしで始めたゲーム。これまで無課金で続けてきたが、ランクはそこそこ悪くない。
もちろん、課金勢には勝てない。
が、そもそも勝つつもりも毛頭ない。
ただ、空いた時間を気楽に楽しめれば、それで十分だった。
それにしても──
「オーバーキルすぎんだろ……」
始めた当初は、確か9999ダメージが最大だった。
それが年々インフレし、1万、100万、1億、100億……そして今では兆ダメージ。
廃課金勢ともなると1000兆ダメージを目指している始末。
もはや数字の意味がわからない。
「中村さん、休憩中に申し訳ないんですが……」
「お、どした?」
私用スマホの画面を消し後輩に顔を向ける。
『どうした?』と聞きながらも後輩が助けを求める内容の見当がついてしまうのは、四捨五入で切り上げると20年になってしまう社会人生活の長さの成せる技だろう。
このまま仕事を再開のヨカンがビンビンするなぁ……まぁ、ソシャゲのデイリークエスト消化は終わったし、それに今日は腐れ縁どもと徹夜で麻雀する予定もある。
終業時間ピッタリ退社目指して頑張るぞい!ってな――
★☆ ★ ☆
夜。個室レンタルルーム。
ジャラジャラと全自動麻雀卓が牌を混ぜる音、そして負け犬の遠吠えが響く──
「親のハネマン直撃はイテーようっ! 東2なのに、もう辛うじてリーチできるくらいしか点棒が残ってねぇっ!」
なお、負け犬はオレである。
「ドンマイ。アレはしゃーないよ。」
「へっへっへ……ゴチ!」
「スジ引っ掛けするヤツは大体エロ」
三者三葉の声。
励ましの声が田辺ことナベ、憎たらしいヤツが杉本ことスー、謎の解説枠が小野ことオノ。
20年以上の付き合いになる腐れ縁どもだ
「ナカムーは相変わらず怖い者無しの強気よな。」
「上がっといてなんだけど、親の一発は危険すぎるよ?」
「向かってくくらいには、いい手できてたんやろ」
俺は天を仰ぎ、そして静かに囁く。
「タンヤオ・ドラ1」
「「「……おう」」」
「さらにイーシャンテン」
3人の視線が俺に向く。
「アホなの?」
「アホだね。」
「ノーコメントで。」
「なんとでも言え。俺も自分でアホなことしたと思ってるから同意しかない。」
いやいやちがうちがう。そうじゃなぁい。
俺はこの『気の置けない雰囲気』この空気を楽しんでいるのだ。麻雀の勝ち負けなんぞはオマケ。スパイス。エッセンス? そんな感じの何かなのだ。大事な事は勝敗ではないのだ。
「まぁ! 次ぃっ?? 俺がドラ8とか上がるんでぇぇっ!! 逆になんで飛んでないのか! その理由を見せつけてやるから刮目して見とけやぁあっ! 来い神配牌ぃっ!」
「完全運任せ笑うわ」
「役つくる努力くらいせんかい」
手配を開き、俺は静かに微笑む。
当然ドラ8の気配はない。むしろ九種九牌も微妙に見えない七種七牌だ。十三不塔も見えそうで見えない。なんだコレ? クソ中のクソ配牌かな?
「はい終わった」
「乙」
俺のターンは終わった。もうだめだ。
「話は変わるけど、ナカムー」
「なんやナベ、このクソが!」
「口わるっ! 俺に怒りをぶつけんな! いやな、うちの娘がなぁ、とうとう言い出してなぁ……」
「お父さんクサイって?」
「「ご愁傷様」」
俺の推測に、スーとオノがすかさず乗ってくる
「違うわっ! 『ダンジョン行ってみたい』って!」
「「あ~……」」
『お年頃ねぇ……』『中学二年生……』
そんな感情を含んだ相槌が漏れる。
「ナベんとこも? 実は俺の息子も言ってるんだわ……」
「マジか?」
「「あら~……」」
俺と独身仲間のオノが『お疲れ様です』を含んだ声を漏らす。
子持ちコンビは大変ねぇ――
――20XX年。
世界各地に突如として“異空間”が現れ始め、社会の在り方は大きく変化した。
異空間の内部には、モンスター、罠、宝、そして未知が存在し、やがて人々はそれを『ダンジョン』と呼ぶようになる。
ダンジョンで手に入る特殊な宝石には、これまでに存在しなかった未知のエネルギーが宿っていた。
そのエネルギーは、現代社会に不可欠な電力や燃料へ容易に変換可能であり、クリーンエネルギーとしての実用化も世界各国で瞬く間に進んだ。
・旧来のエネルギーから新資源への移行。
・新たな脅威として現れたモンスター。
・未知に溢れたダンジョン。
これらの要素が世界を混乱させる一方で、各国は対策に追われ、国同士の争いは減少。
皮肉にも、世界はかつてないほど平和になった。
元々平和だった日本においては、他の国よりも当初の混乱は大きかったが『未来に生きている』『ファンタジーの住人』などと揶揄される日本人だけあってゲーム世界のような環境への順応は異常に早かった。
法整備などが整うより先に、動画配信サイトなどで『ダンジョン攻略で一攫千金』コンテンツが爆発的に人気を集めるようになるほどに。
その影響は、思春期の子供の心にザックリと刺さり、現在の子どもたちの『なりたい職業ランキング』は男女問わず『ダンジョン探索者』が不動の1位である。
こうなると政府は世論に押されるしかなく『ダンジョン探索』は比較的簡単なルールの下、一般開放されることになり、今現在、少し頑張れば誰でもが挑戦できるエンターテインメントのような存在として定着している。
「スーの息子もっていうなら提案しやすくなったわ。子供を安全に連れてく為の予行演習に付き合ってくんねぇかな?」
「おう、いいよー。俺も実は一回はダンジョン行ってみたいと思ってたし。」
少し真面目な相談事。
間髪いれずに即答するとナベが笑顔に変わる。
こういうのは肯定の返答がすぐ来ると嬉しくなるもんだ。
スーとオノの顔を見ても当然参加するという顔。
腐れ縁ながら、ちょっとしたやり取りに『友達』を感じ、心が温かくなる。
「よっしゃぁ! 実は、きっとそう言ってくれるんじゃないかと思って、ダンジョンの当ては考えてあってな、近場に10級ダンジョンがあるみたいで、そことかどうよ?」
「10級ってアレだろ? 素人でも複数人で頑張れば大丈夫ってレベルのヤツ?」
「そうそう『お試し』とか『初心者向け』とか言われているヤツ。しかもモンスターが動物とかの生き物系っていうよりは、スライムとか鉱物系とかで忌避感も少な目! ……ただなんか宝が無いハズレダンジョンらしい。逆に言えば人が来なくて入りやすいとも言える!」
「おいおいなんだ? オッサン達が、こっそり頑張って初体験してみるには丁度良さそうなダンジョンすぎんか?」
「なんかワクワクしてくるな。いつにする?」
予定の検討、ふと思う。
オッサン達が集まるというのは、意外とタイミングが難しかったりする。
なんなら……実は俺はダンジョンに興味が結構あった。かなりあった。むしろチャンスがあれば行ってみたかった。
麻雀も楽しいけど、負けてると辛い気持ちが勝つとか思ってない。
そんな気持ちが俺の口を勝手に動かしていた――
「……今からとか?」
俺の提案に全員が黙ってさらに検討を始める。
これまでになかった挑戦。友達と一緒に冒険。なんとも楽しそうな気がする。そんな空気だ。
「……アリかも」
「むしろアリ?」
「ほな……」
「「「「 行くかっ! 」」」」
俺は燃えてきた心に従って勢いよく牌を切る。
「あ、それロン。マンガンね」
「ダブロンありだったよな? こっちもロンでオヤッパネね」
「はぁ? 俺さっき辛うじてリーチできる点数だって言ったよね? ねぇ? 聞こえてないの? ねぇ?」
「よっしゃ! ナカムーのぶっ飛び終了でキレイな区切りついたなっ!」
深夜テンションのオッサン達は、急遽予定変更し初心者向けダンジョンへと向かうのだった。
クソが!




