これだから競艇はやめられねぇ
仕事終わりに喫煙所に寄ると、明らかに仕事をしていない生活能力が無さそうなやせ細った男に出会う。競艇配信を見ているのか、3-1-5と何度も連呼している。……当たった。それがよほど嬉しかったのか、彼はスマホを持ちながら小さくガッツポーズをして、勝利の煙草を吸った。ずっと口元が緩んでいるがその笑顔は人懐っこい印象で可愛かった。
「お兄さん、見て」
とその彼に手招きされた。一部始終をずっと見ていたのがバレてたようだ。
「3-1-5。俺が一点買いしたのも3-1-5。すごくね?」
「へぇ、すごいね。何円貰えるの?」
「百万」
「百万!??」
「うん。神がまだ俺に生きろって言ってんだよ」
彼は競艇だけで食い繋いでいて、本当にこれでお金が無くなるって状態の時だけ、何故か高配当で当たるという。彼曰く、神のご加護らしい。
彼から競艇の話を聞いていると、少し興味が湧いてきて、喫煙所を出たその足で飲み屋に向かって、二人で賭け飲みをした。負けたら一杯飲むという単純ルール。
その日は二人で負け続けて、べろべろになって帰った。3時間飲み放題2980円の店だったから、全然財布的には痛くなく、ただ彼が面白い男だとわかった日だった。
半年が過ぎた頃、彼と飲んだことも忘れていたある日、また彼から連絡がきて「俺の生死が分かれるレースがある」と誘われた。
さすがに無視できなくて、出会った喫煙所に集まって、その競艇配信を二人でドキドキしながら見ていた。
「今日は5-4-1に賭ける」
「5ってまだ実績全然ないじゃん」
「でも、モーターと技術が良い。まくり差しで抜かすよ」
と彼の予想を聞いて、何となく納得した。
そして、レースが開幕する。
「5-4-1、5-4-1!!」
と彼は必死に番号を言っている。彼の言った通り、5はまくり差しを決めてトップになった。それに胸を熱くして、僕も
「5頑張れ!そのまま逃げろ!」
と応援していた。
その結果、着順は5-1-4になった。
1のベテラン選手がやっぱり強かった。
彼は放心状態でスマホを床に落とした。
「あれ?5-1-4じゃなかったっけ?」
「俺が賭てたのは5-4-1。着順が違う」
3連複で買ってれば良かったのに。3連単にこだわる馬鹿だ。
「あーあ、お疲れ様」
「あぁ、神は俺を見捨てたんだな」
と彼は哀愁漂う姿で煙草を吹かす。
「これからどうするの?」
「死ぬよ。神が俺に死ねって言ってるから」
と言い、彼は煙草を吸い終わるとため息を付いてから、駅まで歩くと、駅の改札を飛び越えた。
僕は急いで、交通系ICを読み込ませ、駅のホームに駆けていくと、彼がホームのギリギリに突っ立っていた。
「死なないで。きっとまだ生きていけるから」
「俺にはもうマグロ漁船か死ぬしか残ってないんだよ」
切羽詰まった彼の表情を見て、ふっと笑ってしまった。
「笑うなよ。惨めになる」
「僕さ、月に一万円を銀行に貯金してるんだけど、利息で端金しか貰えないの。君に預ければ一万円が百万になるかもしれないんでしょ?」
「可能性は低いけど、」
「ふふっ、君に投資しても良いかな?」
「……変な奴」
彼は僕の手に引かれ、黄色い線の内側まで来てくれた。
「あ、俺家賃滞納してて家無いんだった!」
まだ死にたいように彼は自身のデメリットを提示する。
「あははっ!こんな面白い男を見捨てるなんて、神は阿呆だな」
「お前のがおもしれぇ男だよ。ゴミを拾うなんて」
何故だろうな、僕も不思議だ。
電車に乗り自宅に向かいながら、彼の話を聞いた。
「俺、ホストやってたんだよね。その時に姫から競艇を教わってハマったんだけど、その姫、俺の他に違う店のナンバーワン推しててさ、そいつと結婚したんだ。俺はその姫しか指名客いなくてさ、淡い恋心なんてのもあったからちょっとショックでね……」
「女に媚び売るのも苦手だったから、ホスト上がって、普通の職に就こうにも中卒はどこも雇ってくんなくて、金なくなったら死のうと思ってたんだけど、神は意地悪で最後の最後で俺を当てるんだよ」
「あははっ、死ぬにも死ねないね!」
「そう!それで、今日やっと死ねると思ったのにな……」
「僕も学生時代にいじめられて、死のうとばっか思ってたけど、何か生きれちゃってるからさ、生きれるところまで生きてみようよ」
死にたい気持ちを抱えて、社会人になってつらいことばかりだけど死には踏み切れなくて、生きれちゃってる。
「じゃあ、俺はお前に賭けるよ。お前がいなきゃ生きれないし」
最近、家に帰ると彼がスマホ貸してと強請ってくる。何だか競艇YouTuberを始めたみたいで、まだトータル負けしてるけど、彼なりに頑張ってるんだと嬉しく思う。
「やっぱ競艇は人生だよね」
煙草を吹かして彼がそう言う。
「何で?」
「たまに勝てるから面白い!」
その人懐っこい笑顔が煌めいていた。