第27話_黒潮の恵み―裕美と海の一分間
2025年12月7日、釜山・広安里ビーチ。
冬の海風が頬を刺す午後、裕美はひとり、岩場に立っていた。
足元には網から揚げられたばかりの小ぶりな魚たち。クロソイ、スズキ、イシモチ。
地元漁師が「黒潮の端っこが触れてくるこの季節は、旨味が一段濃くなる」と教えてくれた魚たちだ。
その日、チーム〈風味織〉は海産物の選定を任された裕美の提案で、市場ではなく浜に出てきた。
現地の漁師と並んで潮の香りを浴びる。素材と“今”を繋ぐ時間だった。
「一匹、ください。頭も骨も、何も捨てませんから」
裕美はそう告げると、自前の出刃包丁を取り出し、岩場に臨時のまな板を置いた。
その手つきに漁師が驚く。
「兄ちゃんたちより上手いな……」
包丁の動きは、海と向き合うリズムに近かった。
無駄にしゃべらず、内臓を傷つけず、血のにおいを残さず。海を“尊重する一分間”がそこにあった。
健斗が後ろからそっと声をかける。
「今日の魚、任せていいか?」
「もちろん。私……たぶん、魚に教わってるんだと思う」
裕美は穏やかな笑みを浮かべた。
調理場に戻ると、裕美は誰よりも早く準備に取りかかった。
釜山大会では、地元食材を使った「魚料理一品勝負」がルールとなっていた。
彼女が選んだのは、イシモチ。脂が少ないが、焼くと身がほぐれて香りが際立つ。
「三枚おろしじゃなく、背開きにするんだ?」
里実が問いかけると、裕美はうなずく。
「黒潮の流れに逆らわず、魚の“軸”を活かす方が香りが逃げないの」
さらに彼女は、骨と頭を無駄なく出汁に取り、その出汁を使って塩麹ベースのソースを作った。
祐輝がつまみ食いして目を丸くする。
「……なんか、口の中が一瞬、海になった」
丈も腕を組んで深くうなずいた。
「雑味がない。感情で言うと、“透明な理解”って感じだな」
「……なにそれ、名言かよ」と祐輝が笑った。
プレートには、皮目をパリッと焼いたイシモチ、発酵香を活かした麹ソース、炙り魚骨の粉を添えた。
審査員の前に出す瞬間、裕美は深呼吸する。
「一分間、海の中にいるつもりで食べてください」
その一言に、会場は静まった。
皿の上の香りが潮風に似ていたからだ。




