表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風味織(ふうみおり)~焦げついた執念は、世界を香らせる~  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/40

第26話_即興キムチ―さくら、白衣を脱ぐ

 釜山滞在三日目、朝。

  海沿いの簡易キッチンで、チーム〈風味織〉は韓国の食材を使った練習試作に取り組んでいた。

 「白菜、ニラ、大根……塩がわりにアミの塩辛は?」

  健斗の指示のもと、里実が刻み、祐輝が混ぜ、丈が配分を整える。

  だが、どこか味に“芯”が足りない。

 「ちがう、なんかこう……味が立たねぇ」

  健斗が唇を噛む。

  釜山ブロックでは即席キムチを前菜にして“地域の香り”をプレゼンするルールがある。

  オスカーが英語交じりに言った。

 「It’s too calculated. Everything’s precise, but not alive.」

  リリアンが訳す。

 「計算は完璧だけど、命がないって」

  そのとき、さくらが静かに白衣を脱いだ。

  代わりにパーカー姿で、一歩前に出る。

 「……じゃあ、私にやらせて。感覚だけで」

  驚く一同。

  さくらは普段、調理には直接関わらず、サポートや後方管理に徹していた。

 「昔、おばあちゃんと毎年漬けてたの。“味見の顔色”で塩を足すの」

  彼女は言いながら、大根の厚みを変え、手で塩をまぶし、刻みニラに唐辛子を合わせて“笑った目”のような色味に仕上げていく。

  何も測らず、何も書かず、ただ手と目と鼻と舌で進める。



 さくらはまるで、目の前の白菜と語り合っているようだった。

  切り口を見て、硬さを手で感じ、重みを確かめながら唐辛子粉の量を決めていく。

 「……これ、ほんとにレシピないのかよ」と祐輝が呟いた。

 「ない。でも、顔色でわかるんだよね。味見した時に、ちょっと眉が下がったら、辛味が足りないってことでしょ?」

  そう言いながら、さくらは自分の舌よりもチームの表情を見て塩梅を調整した。

  丈が一口つまんで、口元にゆるく笑みを浮かべると、彼女はうなずいた。

 「うん、今のが正解」

 「味って、人の中にあるんだな……」

  里実のつぶやきに、健斗が腕を組む。

 「俺は、全部測って確実に作るのが正しいと思ってた。でも……こんなキムチもあるのか」

  リリアンがつぶやく。

 「“あなたの顔を見て味を決める”って、日本語でも韓国語でも訳しきれないけど、伝わる」

  そして即興キムチは、釜山ブロックの提出料理として採用された。

  審査会場で、さくらは白衣ではなく私服で試食の補助に立ち会った。

  それは料理人としてではなく、“気持ちの翻訳者”としての姿だった。

  審査員の一人が手を止める。

 「このキムチ、変な言い方だけど、“目を合わせてくる”味だ」

  そう語った彼の顔を見て、さくらは静かに微笑んだ。

  その微笑みが、即興で漬けられた味に、最後の“心の発酵”を加えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ