第25話_釜山前哨戦―韓国屋台で火を囲む夜
2025年12月2日、韓国・釜山。
港にほど近いチャガルチ市場の夜は、海風と炭火のにおいに包まれていた。
「すげぇ……こっちの屋台、全部本気だ」
祐輝は屋台の群れに目を丸くしていた。
鉄板の上でジュウジュウ焼かれるサムギョプサル、真っ赤に煮立つスンドゥブ、真っ黒なイカ墨炒飯……どれも、香りだけで勝負を挑んでくる。
釜山ブロックの親善試合を数日後に控え、健斗たちは“現地の火”を知るべく夜の屋台を巡っていた。
チーム〈風味織〉の全員がそろって屋台に立ち寄るのはこれが初めてだった。
さくらが手を伸ばしたのは、巨大な鉄鍋で煮込まれているタッポックムタン(鶏の甘辛煮)。
「これ……あったまるね。火って、ただの熱じゃないんだなあ」
そう呟いたのをきっかけに、屋台のアジュンマ(おばちゃん)が笑いながら割り込んできた。
「火は“心の味付け”。怒ってると焦げるし、楽しいと甘くなるよ」
「へぇ、それって科学的根拠あるんですか?」と祐輝が茶々を入れる。
「あるよ、“人生”って科学に」
一同、笑う。
気温4℃の夜、赤々と燃える屋台の炭火は、心の距離をも縮めていた。
そのとき、突然、健斗が屋台の奥にいた少年の鉄板技に目を奪われる。
健斗の目線の先にいたのは、まだ十代とおぼしき少年だった。
炎の扱いが尋常でなく、鉄板上のホルモンを無駄なく踊らせていた。
「見たか、あの火加減……」
少年の動きには躊躇がなく、油を回すタイミング、肉をひっくり返す角度、香辛料を散らすリズム、すべてが整っていた。
そして決定的だったのは、火と笑顔のバランスだった。
「彼、楽しんでる。火と一緒にさ」
健斗は屋台の前まで足を運び、ジュッと音を立てている鉄板の前で少年に話しかけた。
「兄ちゃんの火、めっちゃ上手いな。何年やってんの?」
「……四年。中学からずっとここで手伝ってる」
少年は照れたように肩をすくめながら、鉄板の端にあったニラをさっと加える。
「火は……料理の一番手前にある感情だと思う」
健斗はその言葉に、息を呑んだ。
厨房では技術が重視されるが、彼が今まで見てきた“執念の火”とは違う何かがそこにあった。
「今夜、火の味をちゃんと知った気がする」
チームに戻ると、オスカーがビニール椅子に腰かけながら言った。
「日本の夜もいいけど、こういう火の使い方、僕は好きだ。どこか詩的で」
リリアンも頷く。
「火って言葉、どの国でも“心”の比喩になるのは、偶然じゃないのかも」
やがて皆で囲んだ一皿の“鉄板ホルモン”は、チームにとって忘れられない「火の記憶」となる。




